オーナーはじめました
向こうでは平社員をやって、こっちでは勇者をクビになって、そんな俺が今度は童貞のままフーゾク店のオーナーとは……いや、地図には載っておらず、街全体がフーゾク店とはいえ、ある意味、町長や市長とも言えるのでは? どちらにせよ人生何があるか分からないものである。
ともかくこの第三の人生。俺をオーナーに推してくれたタマちゃんと俺を認めてくれたみんなの為にも絶対にやり遂げて見せる。
「というわけでまずは作戦……いや経営戦略会議だ」
モンスター騒動の翌日。
現オーナーである俺と前オーナーであるタマちゃん、それに今後は事務的な面で俺をサポートしてもらおうとまだ娼婦ではないユキの二人を呼んで会議を開いた。
倒壊した建物の処理や今後の扱いは他のみんなに指示だけして任せてある。というのも種族全員力の強い鬼族や一部の腕力のある部族の娘たちはその種族の中ではひ弱かもしれないが、それでも普通の人族とは比べるまでもないぐらいには力持ちなので、その程度なら俺が手を貸さなくともどうにでもなるようだった。
「その前に、タマちゃんが良ければこれからは経営顧問としてアドバイザーをしてもらいたい。本当は俺がそのポジションに収まろうと思ってたんだが、結果的にオーナーとして認めてもらえたからさ。男相手が主な商売とはいえ、女性の目線だから分かることもたくさんあるのは間違いない。今までこの街を守ってきた実績も確かだ」
「それは勿論構わないよ。ただ、それは兼任になるねえ」
「兼任? 何と?」
あっさりと引き受けてくれたタマちゃんだが、何やら含んだ言い方だ。
オーナー以外の役職も持っていたのだろうか?
「娼館の主人の座を辞したんだ。わしも今日からは一人の娼婦に戻るつもりだったからね。これからはうんと忙しくしてくれるんだろう? なら娼婦は一人でも多い方がいい」
「おお……人気ナンバーワンのタマモ大夫の復活ってことか。そういう事なら分かった。タマちゃんみたいな美女が働いてるならそれだけで宣伝出来るくらいだしな」
「よしてくれよ。男を悦ばせる技術はさび付いちゃいないが、歳には勝てないんだ。若い娘たちには負けるよ」
「そんな可愛い顔して何言ってんの?」
冗談にしたって世の女性を敵に回す冗談だな。
なんか頬が赤くなってるが、ウケると思って言ったんだろうか。笑ってあげた方が良かったのかな……。
「んんっ、まあともかく娼婦としても前任としてもわしに出来ることがあれば言っておくれ」
「ああ、頼りにしてる」
さて、此処の街としての状況とフーゾク店としての状況。その二つはタマちゃんが用意してくれた資料である程度は理解出来た。とてつもない経営難だ。
「まずとにかく人を呼ばなきゃ話にならないが、そこは俺に任せてくれ」
「何か策があるのかい?」
「昨日、モンスター討伐の報告のついでに兵士たちに俺が此処で働く事を伝えてきた。知り合いもいるし、元勇者のお墨付きともなれば、食いつく女日照りの野郎どもは必ずいる。そこからまたその知り合いを呼べるはずだ」
その時はまだオーナーでも何でもなかったが、神殿を飛び出した時点でこの街で働くと決めていたからな。
それと討伐の報告と一緒に俺が勇者でなくなった事も伝えたが、あの大蛇の死骸を持って行ったら勇者じゃなくとも街の恩人には違いないと好意的に受け止めてくれた。
俺が言うなら此処に顔だけでも出すと言質も取った。元々この街の事を先入観だけで判断してたんだ。男ならタマちゃんたちを一目見ただけで手の平を返しても不思議はない。
「成程ねえ。勇者として活躍していたお前さんだからこそだ」
「使えるものは何でも使わないとな。それでまずは一番近いカイルの街に此処を受け入れてもらう。一気に大きく宣伝しても先入観が邪魔して人が呼べるとは思えないし、それにもっと大勢の、広い客層を相手にするための準備を進めたい」
「客層って言っても、昔からうちは限られた一部の層相手の商売だよ?」
「フーゾク店といってもあはんうふんだけの商売だと思ったら大間違いだぜ」
そもそもあちらの世界でフーゾク店とはがっつり男女の関係を持つ店だけを指した言葉ではない。
賭博関係やゲームセンターも、それに一部の条件を満たす喫茶店の事もフーゾク店と呼ぶのだ。
賭博に関しては元手がないので却下だが、それ以外ならこの街でも出来る。
そういった方向の営業も始めれば、一夜であっても男女の関係を結ぶのは……という相手もハードルを下げて呼び込むことが出来る。
「あはんうふん以外……つまり男だけを啼かせればいいのかい?」
「手をすこすこするのをやめなさい」
首を傾げ、手で輪を作り上下に動かすタマちゃんを窘める。今度は俺が頬を染める番だった。
俺が言いたいのはキャバクラや、フーゾク店には含まれないがガールズバーやメイド喫茶のようなものでもいい。飲酒も抜きに考えたら耳かき店みたいな癒し系も潜在需要があるかもしれない。
そういう不健全なようでいて健全な店のことだ。それでライト層に売り込む。
「ユキにはこれから俺の手伝いをしてもらうつもりだけど、ユキでも働けるような店があってもいいとは思う。俺の世界の萌えを教え込めば勇者を客に取って、現役勇者御用達の宣伝文句だって謳えるようになるかもしれない」
「……それはつまり、サイトーさま以外の殿方と関係を持て、ということですか?」
「だからその手はやめなさい」
不安そうに片手で作った輪に指を入れる動作をするユキを止め、具体的にどういった店をやるかを説明する。
一昨日、俺にしてくれた歓待を思えばここのみんななら問題なくこなせるはずだ。
俺の説明を真剣に聞き入り、理解を示してくれた二人は深く頷き、任せてくれと言わんばかりに二人揃って拳を突き出した。中指と薬指の間に親指が差し込まれていた。
「だからそのジェスチャーやめろォ!」
◇◆◇◆
それからも今後の経営に関して三人で話し合い、お昼が近づいてきた所で現場作業をしているみんなの食事の用意のため、俺とユキで魚を取りに出る事にした。
街の門を出て真っすぐ、森を抜ければカイルの街だが、反対に寮である屋敷の裏手を下ればそこはすぐ浜辺になっている。ユキが俺を見つけたのもこの浜辺だそうだ。
「今まではユキが一人で?」
浜辺に留められた一隻の小さな小舟を漕ぎ、網が仕掛けてあるという沖に向かいながらユキに尋ねた。
「はい、ほとんどは。姉さまたちは普段、この時間は寝ていますので。……夜に起きていてもあまりお客様は来ませんが」
「あの人数を食べさせるだけの量となると仕掛けも結構大きいだろうに……って、そうか、ユキは鬼族なんだよな」
着物から作務衣にも似た作業着に着替えたユキの頭には白い髪から僅かに小さな角が覗いている。
追放者の証として片方は欠けてしまっているが、それは鬼族の特徴だ。魔族にも角を持つ部族は多くいるが、なんとなくユキの雰囲気から鬼族だろうと想像していた。
「はい。これでも力だけは皆の中でも一番あるんですよ?」
「それはまた意外だな」
ということはユキは能力の低さから追放されたわけではないのか?
人族以外の見た目は当てにならないとはいえ、それにしても幼すぎる容姿だから俺よりも年下のはず。その年齢ならもう追放なんてする種族はいないはずだしな、とは思えない。
それなら寿命が短いはずの人族の追放者がいるはずがないのだから。俺が知らない所で、この世界ではまだ古の風習が続いている場所があるのだろう。
「けどいくら力があっても一人で沖に出るのは危険だ。これからは俺が一緒に行くよ」
それに食糧問題についても少し考えていることはある。
ユキも含めて大切な従業員に本業の外で怪我をされては困る。
店の代金としてお金ではなく、労働力を求める方法、漫画とかでよく見る、この世界にも存在する冒険者ギルドのような仕組みを導入出来ればと考えてはいる。
彼女たちの体を安売りするつもりなどないので、対価は酒代か宿代当たりに留めるつもりだが。
それを形にするのはもう少し先の話だけどな。
もし今の段階で導入してしまうと彼らの存在が必要不可欠になってしまう。それは良くない。金を落とす客は必要だが、それ以外の冒険者は便利に使う程度でないと、今のこの街では足元を見られかねない。
「ところでサイトーさま」
「んー?」
小舟を漕ぐ最中、今度はユキの方から口を開いた。
後ろ向きに沖の目印を確認していた俺は、次のユキの言葉に危うく海に落ちかけることになる。
「ユキの夜の指導は今晩からしていただけるのでしょうか?」
「ぶぇっぷ!」
俺がバランスを崩したせいでぐらぐらと揺れる小舟の上でユキは不思議そうに小首を傾げていた。
「よ、よよよよ夜の指導って何さ!?」
「はあ、それは勿論、ユキがサイトーさまの〇〇を×えたり、サイトーさまがユキの〇〇〇〇に××をしたり、そういった実践の事ですが」
とんでもなく具体的かつ直接的な例を出すユキの口を慌てて押さえる。なんて事を言うのこの子は!?
「オーケー、言いたい事は分かった。そしてそれを俺が指導する事はないという事を理解してくれ」
「そんな……!」
ガーン! と無表情ながらも擬音がつきそうな雰囲気でユキが落ち込んだ。
いや、そんな顔されても絶対に手を出したりしないからな俺は!
「次にいらっしゃる時はユキを指名してくれると約束したではありませんか。お客様ではなく主人となったとはいえ、ユキの練習相手になってもらわねば困ります」
「タマちゃんに流されただけで約束はしてないからね!?」
たとえこの世界の法が許したとしても俺の世界の法じゃ幼女はマズイの! アウトなの!
それにタマちゃんも言っていたようにユキにはまだ早い! 本人の気持ちがどうあれ、当分はそういった事は禁止です禁止!
「むう、サイトーさまはいけずです」
「良識ある大人でいたいのっ」
勇者としての功績や名声がない元の世界じゃ、現状も後ろ指さされる大人なんだろうけどさ。
それはそれ、これはこれだ。
わざとらしく頬を膨らませたユキを宥めつつ、二人で引き揚げた網にはみんなの腹を十分に満たせるだけの量の魚が掛かっていた。
みんなは午後もまた肉体労働だし、精をつけてもらわないとな。飯の用意がオーナーの仕事かどうかはさておいて。