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はじまりの街

 俺の始まりの街、人族の首都ブレーメンへは何も問題もなく、俺はあっさりと到着していた。

 まあ、勇者の中でも顔が売れていたから、その道中で色々と声は掛けられたが。

 下手にもう勇者じゃないと全員に告げたら混乱させると思い、街の人々にはまだ話していない。

 俺を召喚した巫女、リラが待つ神殿を最初の報告地とすると決めていたしな。どういった対応をしてくれるかは分からないが、俺が吹聴するよりは上手くやってくれるだろう。

 ……こうして神殿の前に立つと色々と思い出が蘇ってくる。

 巫女のリラに召喚されて、彼女や他の神官たちから魔法の使い方を教わって。最初の仲間のラースと会ったのは剣の素振りをしてた時だったな。新しい勇者の力を確かめさせろって乗り込んで来たんだっけ。

 近接戦では歯が立たなかったけど、魔法のおかげでどうにか勝負には勝って、でも加減を間違えて怪我をさせてしまった。それを治療してくれたのが見物していたエリシアだったんだ。

 そこからラースが修行をつけてくれるようになって、エリシアもそれに付き合って、いつもボロボロになった俺に治癒魔法を掛けてくれた。そして俺がラースから剣で一本を取った時にパーティーを組もうと誘われて、自然とエリシアも加わって三人で街を出たんだ。もう一年か。


「サイトー様!?」


 神殿を見上げて思い出に浸っていた俺を呼ぶ声。そちらに目を向ければ、神殿の入口からリラが走り寄ってきていた。

 一年前よりも少し、髪が伸びただろうか? 薄緑の髪は相変わらず太陽にきらきらと反射して綺麗なままだ。


「久しぶり、リラ。今戻ったよ」

「よくご無事で……! ひと月前に傷ついたラース様たちだけがこの神殿に転移されてきて、サイトー様だけが旧き王の前に残ったと聞いて私はもう生きた心地がしませんでした……!」

「ああ。……言うまでもないけど、悪い。俺、負けちまった」

「いいえっ、サイトー様は仲間の皆さんを逃す為、勇敢に戦われたと聞かされております! それに道中のご活躍も聞き及んでおります! 今はただ、ご無事でよかった……」


 涙を流しながら俺の生還を喜んでくれるリラに救われた気持ちになる。「使命も果たせないまま、おめおめと逃げ帰ってきたのですか?」とか言われたら泣いちゃう所だったぜ。


「それでみんなは今、どうしてるんだ?」

「みなさん命に別状はありません……すぐにでもサイトー様を助けに戻ると仰っていましたが、私たちがそれを止め、治療に専念していただき、転移されてきて一週間ほどで回復しました」


 目を伏せ、申し訳なさそうにリラが答えてくれた。

 みんなと再会したら一人残ったこと、絶対に怒られるだろうな。


「サイトー様を助けたい気持ちは私も同じ。ですが怪我人を死地に送る事など出来ず……申し訳ございません。結果として、私たちはサイトー様を見捨てたも同然です」

「いいんだ。みんなを止めてくれてありがとう。おかげで犠牲を出さずに済んだ。俺もこうして生きてるしさ」

「サイトー様……っ!」

「それで今、みんなはどうしてる?」


 あの時の俺たちじゃどうあがいても旧き王には勝てなかった。リラが止めてくれなかったら俺がみんなを逃がした意味がなくなっていた。

 みんなを助けてくれたことを感謝こそすれ、恨むことなんてあるわけない。


「治療中にも説得を続け、ラース様はサイトー様の敵を取る為に別の勇者様のパーティーに合流し、今は旅をしながら自分を鍛えなおしているいる最中のはずです。エリシア様は治癒魔法の使い手として各地を巡りながら、サイトー様の無事を信じて探すと仰っておりました。ルティ様は故郷に戻ると書置きを残し、その後どうしているかは……」

「そっか……みんなにも無事を知らせたかったんだが、すぐには無理そうだな」


 だけど死に急ぐような真似はしていなさそうで安心した。

 ラースが少し心配だったけど、あいつも実力差は理解したはずだ。その勇者を無駄死にさせないよう、すぐリベンジに行くような真似はしないだろう。

 エリシアも俺を信じて待つんじゃなく、探しに行くのがエリシアらしい。実際、俺は漂流してこっちの大陸に戻ってきたんだから、あいつの信頼には応えられたのかもな。

 行方も目的も定かじゃないのはルティだけか。魔族、ヴァンパイアのルティは旅の途中で出会った仲間だ。モンスターに追い詰められているところを助けて、俺たちに同行してくれた。勇者の血液が目当てだった部分もあるが、俺の血を吸ったその実力は折り紙付き。故郷が何処にあるのか、どうして旅をしていたのかは教えてくれなかったから、こっちから会いに行くのは難しそうだ。


「サイトー様、旧き王の居城で何があったのか、教えていただけますか?」

「ああ。色々と話しておかなくちゃならないことがあるんだ」





 ◇◆◇◆




 リラに案内され、神殿の中にある応接室で俺はみんなを転移させた後の顛末と勇者ではなくなったことを語り終える頃にはもう、夕方近くになっていた。

 リラは大層驚いていたが、それでも俺が無事でいただけでも奇跡だと労りの言葉を口にしてくれた。


「俺はこれからどうなるんだ?」

「私の独断で決められることではありませんが、サイトー様はもう十分に戦われました。勇者としての待遇を続けることは難しいかもしれませんが、サイトー様のこれまでの功績に報いることが出来るよう、高位神官様や国王陛下にお願い申し上げます」

「ありがとう。<勇者の加護>も消えて、成長も限界の俺じゃ旧き王には勝てない。それでも俺に出来る事があれば言ってくれ」


 将来、新しく召喚される勇者たち後身の育成とか、ベルカ大陸から攻めてくるモンスターたちと戦うぐらいなら出来る。

 勇者以外の生き方だってたくさんあるんだと今の俺は前向きに考えられるようになっていた。

 さて、俺自身の話はここまで。もう一つ、リラに話して聞きたいことがある。


「それで、俺を助けてくれた人たちのことなんだが」

「……ガーディウムの事ですね」


 歓楽異人街ガーディウム。その単語を口にした時、リラの表情が曇った事には気付いていた。しかもそれが明らかに負の感情によるものということも。


「城塞都市カイルの目と鼻の先、だけど鉄壁と呼べる城塞の外で、カイルにまでモンスターたち近づけないように監視しているとはいえ、もしもその監視を抜けて水際まで押し寄せてきたら、防衛戦に適したカイルはともかく間違いなくあの街は巻き込まれ、甚大な被害が出る。どうしてそんな場所を、そこで暮らしているあの人たちを放置しているんだ?」

「それは……」


 口淀むリラだが、追及しないわけにはいかない。

 初代勇者はとっくの昔に死んでるんだ。いつまでもその命令を守る必要はないだろう。それに今でも勇者が重要な存在とはいえ、基本的には召喚された種族の指揮下にあり、協力関係にある六種族の決定に従う立場に変わっている。


「……サイトー様が聞いた通り、歓楽異人街の利用を禁じたのは初代勇者であるソーラ様です。確かに既にソーラ様は天命を全うされ、その命令も今は解かれており、四大陸全てに敷かれた法でもその利用を禁じているわけではありません」

「だったらどうして今もあの街は地図に載らないままで、保護も何もしていないんだ? 彼女たちが自分たちの種族から追放されたのは六種族が友好を結ぶ前、力こそ全てみたいな時代の話で、今は罪人であっても追放ではなく法で裁くようになっているだろう」


 かつては力がないものはその存在すら認められなかったかもしれないが、今はそんな時代じゃない。種族、属するコミュニティからの追放なんて起こりえない。彼女たちの存在も認められて然るべきだ。


「それは……彼女たちは今では六種族たちにとっても恥ずべき存在なのです。どの種族も到底受け入れられるものではありません。時代が変わったというのなら、それもその通りです。娼婦などという存在は今の時代に相応しくない。自らの性を、体を、売り物として男性を誘うなど……」

「ッ……!」


 汚らわしい。口にこそ出さなかったが、続く言葉は明白だった。

 思わず声を荒げてしまいそうになって、しかしリラに当たっても仕方がないと思いなおす。

 もう彼女たちの考えは当たり前のことで、六種族の共通認識となっているのだ。それに俺自身、タマちゃんたちの仕事は決して日向の仕事ではないと、そう思っている。元の世界でそうだったように。

 それに娼婦以外の生き方を彼女たちは今も許されていない。職業選択の自由も認めないで、娼婦だからという理由で拒絶するのはおかしいだろう。


「あの街はこのまま地図にも歴史にも記されないままに消滅する。それを全ての種族の指導者たちが望んでいるのです。勇者様たちに救っていただく世界に、彼女たちの存在は相応しくないと」

「……それこそ傲慢だよ。彼女たちだってこの世界に生きている、勇者たちが救いたいと願う人々の一員のはずだ。少なくとも俺はそう思う」


 俺はもう勇者じゃないし、他の勇者たちが同じように思うかは分からない。もしかしたら初代勇者や今の六種族の指導者たちのように軽蔑するかもしれないが、だからといって見捨てて見殺しにするはずがない。同じ世界の現代を生きてきた勇者たちなら、そのはずだ。


「慈悲深きその心、尊きものと存じます。……ですが皆が同じものを抱くのは難しいでしょう」

「それはリラもか?」

「……申し訳ございません」


 神に身を捧げたリラには酷な質問だった。

 それにそういう意識を植え付けたのは環境と教育。常識的な思考となってしまったそれを俺の言葉一つで変えることは出来やしない。

 なら、今の俺がタマちゃんたちにしてあげられることはなんだろう? 世界を救えなかった俺が彼女たちに出来るは残っているだろうか。

 環境は変えられずとも、認識は変えられずとも、今の俺にやれること。何かあるはずだ。そう、たとえば、


「なあ、リラ──」

「失礼いたします! 勇者サイトー様が戻られたと聞き、お頼みしたいことが!」


 リラに尋ねようとした矢先、一人の兵士が応接室に息を切らして駆け込んできた。その様子、ただ事ではない。


「監視網を掻い潜り、カイルの近隣にモンスターが現れました!」

「なっ!?」


 懸念していた事態がこんなすぐに起きるか普通!?


「連絡が取れる勇者様たちに応援要請が届いております! どうかお力をお貸しください!」

「落ち着いてくださいっ、被害の状況は?」

「物的、人的にも被害は軽微ですッ。モンスターは姿は撃退に成功し、姿を消しましたが、しかし同時に海上から押し寄せた軍勢から街を防衛するのに手一杯の状況です! この状況で再びモンスターが懐に現れれば甚大な被害となる可能性があり、至急討伐する必要があります!」


 くそっ、嫌な予感がビンビンしやがる。

 仕留めきれず逃げ出した手負いのモンスター、そのそばには城塞都市の守りの手が及ばない街! 回復する為にも血肉に飢えたモンスターがどうするかなんて考えるまでもなけりゃ、俺がどうするべきかも考える必要はねえ!


「リラ、俺が行く!」

「ですがサイトー様! あなたはもう……!」

「勇者じゃなくても剣は振れるし魔法だって打てる! おいッ、剣を貸せ!」


 兵士が腰に差していた剣を奪い取り、俺は応接室を飛び出す。

 向かうのは転移魔法陣の設置された中央広場!

 頼むから間に合ってくれよ……!

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