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異世界初出店

 リラへの報告、ラースとの再会から翌日。

 その二つを経て、ようやく俺は本腰を入れてオーナーの仕事に取り掛かることが出来るようになった。

 まだエリシアやルティのことは気掛かりだが、そちらはラースに任せよう。俺はオーナーとしてこの街のみんなの魅力を高め、広め、世界一のフーゾク街にするという目標に向かって邁進しなくては。

 というわけでタマちゃんと相談し、朝食の後で広間に名指しして五人を集めた。


「俺がオーナーとなるに当たり、俺が考える新しいフーゾク店を実現のため、今集まってもらったみんなには他のみんなより先駆けてやってもらいたいこと、覚えてもらいたいことがたくさんあるんだ。そのために俺とタマちゃんで草案はまとめたけど、それをいきなり全員で始めるのには不安も多い。考えたのは俺だけど、実際に働くのはみんなだからな。まずはこのメンバーで話し合い、試してみて、改善していきたい」


 上座に座る俺とタマちゃん、そしてユキ。

 その視線の向こうに集結した五人の代表者たち。俺の描くフーゾク街は此処から始まるのだ。

 と、草案に触れる前に一人の手が上がった。


「その前に一つ確認したいことがあります、よろしいですか、旦那様?」

「ああ。なんでも聞いてくれ」


 おずおずと手を上げたのはエルフ族のフェオラ。

 エルフ族らしい横長の耳、タマちゃんより色素の薄い金髪……そしてこの街の住人の中でもトップクラスの巨乳を持つ美女だ。一体どうなってるんだあの胸は。


「旦那様が私たちの主人となってくださったあの夜、旦那様は仰っていました。──旦那様は童貞だと。それは真実ですか?」

「今それ関係ある?」


 真顔で何言ってくれてるんだこいつは。

 俺が童貞なのはネタでも何でもなくガチだしそれを叫んだのは俺自身だけどだからって他人からそれを指摘されて傷つかないわけじゃないっていうか他人がネタにするのは我慢ならないというか流石の俺もそんなこと言われたら冷静でいられなくなるかもしれないので口を慎んでほしいみたいな。


「重要です!」


 鼻息荒く、前のめりの姿勢で俺を見上げるフェオラの胸が揺れる。それはもう物凄く揺れる。耐えきれず、俺は視線を逸らした。


「その反応、本当に童貞なのですね……」

「そ、そそそそれがなにか?」


 しかし目を逸らすなど戦場では死も同然。顔を背けながらもちらちらと窺えば、前のめりから戻るとまたどたぷんと揺れて俺を惑わすフェオラの乳。


「この歓楽異人街の主が童貞など、みなに示しがつかないのではありませんか? つきましては僭越ながら(わたくし)が筆おろしの手伝いを──」

「ふでおっ!?」

「お待ちくださいフェオラ姉さま、それは聞き捨てなりません。ユキとサイトーさまは生まれた時は違えど、初めてを捧げる時は同じと誓い合った仲です。その役目は私が果たすべきもの」

「誓ってないし!?」


 とんでもないセクハラを受けている! それを聞き立ち上がろうとユキを座らせ、咳払いを一つ。

 ええい、これはいい加減はっきりとさせておかなければならない。


「フェオラの懸念ももっともだ。童貞の話など聞く価値がないと切って捨てられても仕方ないことだと思う。だけど草案は俺とタマちゃん、二人で立てたものだ。かつての一番人気、タマちゃんのお墨付きも貰ってる。まずは話を聞いてみてほしい」

(わたくし)は別に旦那様を疑っているわけではありませんが……」

「それとみんなを安心させるためにも、はっきりと此処で誓っておく。……俺はこの街で童貞を捨てるつもりはないッ!」

「──ッ!?」


 息を呑む音は一体誰のものだったのか。

 部屋の空気が変わったのを感じる。

 ……みんなを不安にさせてしまったのは俺の落ち度だ。

 俺の常識はこちらでは常識ではないと失念していた。あえて言葉にする必要はないと思い込んでいたんだ。


「オーナーとなった俺はみんなの雇用主ってことになる。それに俺はタマちゃんが思っているように、みんなはもう家族だと思っている。その立場を利用してみんなに手を出す真似はしないし、家族にそんなことは絶対にしない。だから安心してほしい。俺の童貞はこの街に居る限り、絶対に失われることはない──!」


 卒業を諦めたわけじゃない。だけどそれは二の次三の次だ。

 俺は信頼できる雇用主として、そして父としてみんなに接していくと決めたのだから!


「……おっ」

「お?」


 俺の宣言を聞いて俯いていたユキが顔を上げ、何やら必死な様子で口を開いた。


「お考え直しくださいっ。そのような誓いに一体何の意味がありましょうかっ? ユキたちとサイトーさまは男と女、それも赤の他人の男女ではありませんか」

「え、そんな赤の他人とまで言わなくても……」


 ユキとタマちゃんは一番俺に心を開いてくれてたと思ったのに……。

 付き合いは短いとはいえ、慕ってくれてると思っていただけにショックが大きい。が、


「他人の男女が一つ屋根の下で暮らしていれば魔の一つや二つは差すものではありませんかっ? いえっ、それはもう太陽の如く燦燦と魔が差すものでしょうっ。であればそのような誓いはサイトーさまを苦しめるだけの無用な物。男女が揃って暮らして間違いを起こさぬなど無理な話っ、そのような誓いは即刻捨て去るべきですっ」

「んんっ、わしもユキに賛成するぞ。どれだけ取り繕っても男と女、そう頑なになることはなかろう。それでも気が引けるというならわしが伽の相手を務めてやってもよい」

「タマモさま、抜け駆けは許せません。タマモさまははじめての相手はユキにと応援してくれたではありませんか」

「あの時とは事情が変わった。わしも娼婦に戻ったのだから名乗りを上げても罰は当たらないだろう?」


 二人の言い争い──と呼べるほど激しいものではないが──を聞く限り、俺が感じていた好意は勘違いではなさそうだ。

 俺が童貞だと知っているから、恩返しとして筆おろしを買って出てくれているのだろう。しかし俺としては立てた誓いを破るつもりはない。

 それに二人の好意はつり橋効果の産物だ。勿論、きっかけが何であれ、二人の好意は嬉しい。だけど誓いがなかったとしても段階も踏まずにそんないきなり肉体関係を結ぶというのは俺のポリシーに反する。

 元の世界と比べて命が軽いこの世界ではそういう段階飛ばしで行為に及ぶのは珍しくないのかもしれないが、勇者でなくなった俺は死地に赴くわけでもなし、じっくりゆっくり関係を育んでいきたい。……勇者時代もそう考えてたけどさ。


「ともかく! 俺は絶対にみんなには手を出しません! 信用してくれ! はい、この話は終わり!」


 まさか俺の宣誓でこんな争いが生まれるとは思わなったが、いつまでも童貞云々について話されるのは俺が辛いので強引に話題を修正し、本題に進むことにする。


「まず今後の方針について。タマちゃん、頼む」

「うむ。かつて賑わっていた頃には一部の上客に限り、この屋敷で六種族全員で持て成していたものだが今はただのねぐらに成り下がり、六種族で分かれて下の店に控えてもらうようになって久しい」


 タマちゃんから伝え聞いた、かつての歓楽異人街。

 今でこそ寂れた横丁へと成り下がっているが五十年以上前、まだ六種族が同盟を結ぶ以前はこの街が最も種族間の交流が盛んな場所だったそうだ。人も魔も鬼も獣も天使もエルフも関係なく、ただの男と女で溢れていた、そんな時代。

 はじまりの勇者によって規制され、客足が遠退き、地図からさえ消されてしまってからはご覧のあり様。訪れる客は上客とは決して呼べない訳ありのあらくれものたちばかり。

 五十年の歳月で四大陸に住む人々の認識も変わり、この街は近寄ってはならない場所となり、みんなはただの追放者、犯罪者の集まりとなってしまった。

 だがしかし、今の時代に彼女たちを咎める法は存在しない。種族からの追放も表向きは認められていない。この街は完全に合法だ。

 けれど追放者という消えない烙印が、体を売る、汚らわしい娼婦という人々に刻まれた認識が今もこの街から客足を遠退かせる原因となっている。


「しかし、今後はその種族による店分けを撤廃すると共に、下の店を娼館としてではなく、特殊な酒場として営業していく」


 だから俺はまず、人々が立てたハードルを下げることにした。

 言葉にするのは不快だが、今の時代に汚らわしいと認識されている娼婦を抱けるというのは長所ではなくなってしまっている。

 今ではどこの街に行っても割合に差はあれど、六種族が共に暮らしている。六種族の交流がなかった時代だからこそ、全ての種族が集まり、自分とは違う種族の女を抱ける事が一番の売り文句となっていたのだ。

 故に俺はあの横丁を娼館としてではなく、酒場へと業種変えすることにした。


「あのー、タマモ様、特殊な酒場っていうのは? 酒場が酒を出す以外に何かすることがあるんすか?」


 手を上げ、この世界では至極当然な疑問を呈したのは天使族のカルラ。

 無論、ただの酒場であればあえて此処に足を延ばす理由にはならない。何処の街にも、村にさえ酒場は存在する。

 そこで登場するのが異世界出身の俺の知識だ。俺の世界では酒場、アルコールを提供する店はこの世界以上に多く存在し、形態も様々だった。居酒屋、バー、なんて大雑把な区切りではない。もっと細分化され、差別化を図られていた。

 そして今回、この世界初出店として選んだのは、


「わしらは娼婦。言い換えて遊女(あそびめ)。お客と一緒の席について、飲んで、遊んであげるだけさ」


 ──キャバクラ、である。


本話で一区切り、連続更新はまた終了となります。


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