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鬼さん、こちら

兵士から奪うように借りた剣も宣伝をしながら返していきたかったが、今のユキを連れて街を歩くのはよろしくない。また日を改めて俺一人で来ればいい。

今は一度、ガーディウムに帰ろう。仕事が残っているのも本当のことだしな。


「サイトーさま」

「ん、どうした?」


いつもよりも沈んだ声のユキに努めて優しく応える。

俺が話を受けるかもしれないという不安や、リラのにじみ出てしまった悪感情に思う所があったはずだ。それを受け止めて、吐き出させてやらないと。


「申し訳ありません。サイトーさまのお知り合いに、あのような態度を取ってしまいました」

「気にしなくていい。他の街で召喚された勇者には、調子に乗って召喚者やそれ以外の巫女にもっと酷い態度を取る奴もいる」

「それでも人と接する職に就く者としても、サイトーさまの御付きとしても相応しいものではありませんでした」

「次から気をつければいい。接客業をしてたって、我慢ならないことはあるさ。ユキにとっては今がそれだったんだろう?」


客と店は対等であるべきだし、俺は此処に娼館の主人として来たわけじゃない。元勇者としてのケジメをつけにきただけだ。

ユキの態度は褒められたものではないが、それはリラも同じこと。ユキが重く引きずるようなことじゃない。


「村を追放されてからガーディウムに、タマモさまに出会うまで、ユキはずっと見下されてきました。折られた角に気付かれる度、侮蔑と軽蔑の視線に晒されてきました。彼女も最初はそんな奴らと同じで、けれど頭を上げた後はタマモさまたちやサイトーさまたちと同じ目でユキを見ていました」


俯きながら、それでも足を止めないユキと手を繋いだまま、話に耳を傾ける。

ユキが何を思ったのか、何を感じたのか、それを聞き逃さないように。


「……ユキはそれが堪らなく腹立たしかったのです。ただ偶然にサイトーさまが浜辺に流れ着き、偶然にもユキがそれを見つけて、ただそんな偶然が重なっただけでユキを見る目を変えるのが」

「うん」


相槌だけで、口を挟むことはしない。

否定も肯定も、最後まで聞いてからだ。


「ユキは特別な事は何もしていません。ただ当たり前のことをしただけなのに、それだけでユキをただの鬼と同じに見てくれるのなら、それならどうして今までユキのことを。……そんな風に思ってしまったのです」


自分は何も変わっていないのに、たった一人、俺を助けただけで見る目を変えて、手の平を返されて、か。

……辛いよな。ムカつくよな。それじゃあ幼いユキは何も信じられなくなってしまう。


「そして、そうやって感情だけで誰かを否定して、拒絶して、それではユキを見下してきた奴らと何も変わらない。そんなユキ自身が堪らなく嫌になったんです」


それなのに、その怒りでリラ一人を責めるのではなく、自分に向けるのか。

嫌ってもいいだろうに、当たってもいいだろうに。ユキはそう考える自分を責めてしまうのか。

それは、あまりに抱えすぎだ。


「誰かを助けたことを当たり前だと言えるユキは、優しくて立派な子だと思う」


タマちゃんと出会うまで、誰からも助けてもらえなかったはずのユキ。俺が彼女だったら、同じようには考えられない。

きっと誰彼構わず嫌って、呪って、恨んで、そんな子供になっていたはずだ。


「それにその悩みを一人で抱えないで俺に話してくれたユキは偉いし、強い子だ」


俺の人生経験じゃ、その悩み全部を解消してやれる言葉は思いつかない。

気に入らないことがあったら人のせいってことにして、適当に吐き出して、そうやって自然と消化するような奴だからな。


「俺に話すのも怖かっただろ?」

「……はい。でもサイトーさまには嘘をつきたくありませんでした」


足を止めて、手を放して、ユキの前に回り込んで目線を合わせる。

俯く頬を両手で包んで、笑ってみせる。


「話してくれてありがとな。嬉しいよ。自分をあんまり責めるな、嫌いになるなって言っても多分優しいユキには難しいよな」


間違った考えなら叱って、諭して、一緒に考えてあげられる。

けれどユキのその考え方は危うくとも、決して悪い考えじゃない。だったら、こう言ってやるぐらいしか思いつかない。


「だけどユキが自分を責めて、嫌っていたとしても、俺はそんなユキが好きだぞ」


自分なんか、と責めるそんな自分を好いて、受け入れてくれる奴が此処にいるのだと、教えてやるぐらいしか。

ユキたちを認めない世界は今の俺ではすぐには変えられない。それが出来るとしたら、旧き王を倒した勇者だけだろう。だけど勇者を頼って待ってるだけなんて御免だ。それにすぐには世間までは変えられない。

時間が掛かっても少しずつ、俺たちの手でみんなの目を変えてやる。返された手の平がもう二度と回らないように、思い切り。


「サイトーさま……」


ユキは頬に触れる俺の手を取り、確かめるように頬と手を擦る。

表情が変わった。初めて見るふにゃりとした笑顔。年相応な無邪気な笑みのはずなのに、なんでか心臓が跳ねた。……いやいや子供らしい可愛い笑顔じゃないか、うん。


「この場合、身請け金の相談はタマモさまにすればよいのでしょうか……?」

「んんんん? なんでそうなった?」


身請けも何も、歓楽異人街ガーディウムのオーナーとなった俺にはもうユキは身内だ。

引き取ったところでやることは変わらない。……そりゃ将来的に、本物の娼婦になる前に別の道を示せたら、ってのは考えていないでもないが。


「現主人のサイトーさまではユキに適正な価格をつけられませんので、前主人のタマモさまに相談するのが一番では……?」


少なくとも俺とユキの考えには重大な齟齬が発生しているのは間違いなく、俺の心臓の調子もおかしいので。


「よっし、難しい話はまた今度にして帰ろう! な!」


とりあえず有耶無耶にして帰路につく事にした。……いやいや、流石に幼いユキ相手にまさかそんな、ねえ?

危ない方向に拗らせる前に卒業してえなちくしょう!



◇◆◇◆




とりあえず調子を取り戻したユキと共にガーディウムに戻った俺だったが、街の中に一歩踏み込んだ瞬間、異変を感じる。

背筋を走る寒いもの、肌が訴えるぴりつき。勇者時代に何度も味わった、敵の巣穴に足を踏み入れた時の感覚だ。

けれど今も作業を続けるみんなに異常はない。つつがなく作業は進行しており、ボロボロだった建物の一つが綺麗に解体されている。


「ユキー、サイトー様ー、おかえりっすー」

「カルラ姉さま、ただいま戻りました」


帰還に気付いた一人、天使族のカルラが人懐こい笑顔で俺たちを迎えた。その様子は出かける前と何も変わってはいない。洗脳されているわけでもなさそうだし、敵襲があったわけではない、のか?


「なんかサイトー様にお客さんが来てるみたいっすよ?」

「俺に……?」

「タマモ様が対応してるっす。出ていったのは見てないんで、今も屋敷に一緒にいるはずっすよ」


ってことはこの感覚は俺の知り合いか? 確かに威圧感を発してくる知り合いには何人か心当たりがあるが……これはもう一波乱ありそうだ。


「分かった。行ってみるよ。ユキ、帰って来て早々で悪いけど、みんなから作業の進み具合を確認しておいてもらえるか?」

「承知しました」


みんなに危害を加えてはいないみたいだが、俺一人で行った方が良さそうだ。

落ち着いたばかりのユキに今また悪い刺激を与えたくない。

カルラにユキを任せ、タマちゃんと威圧感の主が待つ屋敷へ足を向ける。屋敷に近づく度、続く階段の上がる度、肌を刺す感覚が強くなっていく。

まだ屋敷の構造全てを把握しているわけじゃないが、居場所はこの感覚のせいで明確だった。

その部屋へ向かう途中にも屋敷の中を観察したが争った形跡はない。恐らくは尋ねてきた誰かをタマちゃんが自ら迎え入れたのだろう。

一番威圧感を鋭く感じる部屋の前で一呼吸おいて、扉越しに声を掛けた。


「タマちゃん、俺だ。戻ったよ」

「ああ、おかえり。お入りよ。お前さんに客が来てるところだ」


タマちゃんの声は出ていった時と変わらない、平時の声音。ひとまず無事は確認できた。

意を決して扉を開いて、この屋敷では珍しい洋風の室内で目に入ったのは向かい合ったソファ、その上座側に座るタマちゃんの姿とその対面に座る誰かの後姿と立て置かれた大斧。あれ、こいつは……?

見覚えのある、いや見慣れた赤髪と褐色の肌。それが誰であるかはすぐに分かった。その背に声を掛けようとして、俺はその場で一切の動きを止めて静止した。


「よお、久しぶりだな。サイトー」


はらりと落ちる数本の髪の毛。俺の目の前数センチの位置に目にも止まらぬ速さで大斧が振り抜かれていた。

俺の<勇者の加護>のバフがなくなっただけじゃなく、明らかに以前よりも速くなっている。

正直、腰を抜かさなかった俺を褒めちぎってやりたい。前までは見切れてたはずなのに全然見えなくて来ることしか分からなかったぞ、おい……。


「お、おう。久しぶり、ラース……」


斧を肩に担ぎ、揺れる赤髪の中から大きく伸びる一本の角、不機嫌そうに俺を睨むのはかつての仲間、鬼族のラースその人だった。




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