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34-1:裏切り

 サキュバスが作り出した転移ゲートで、俺たちはルシフェルとともに人間界にあるエクノール邸へと戻ってきた。


 人間界へ時折降りては、ヒトに紛れて暮らす熾天使ウリエルのために建てられたエクノール邸。屋敷の背後にある丘陵地には、領地の特産品であるワインを作るための葡萄(ブドウ)畑が傾斜一面を埋め尽くしている。

 しかし、早朝ということもあり、屋敷の周辺は朝(もや)が立ち込めていて、丘陵地の畑も俺たちの姿も薄ぼんやりと(かす)んでいた。



 周りに人影がないことを確認したカマエルが、俺のほうを振り返る。


「ウリエル様へ帰還の報告をして参ります。それと……」


 暗黒色のローブを(まと)っていたカマエルは、おもむろにそれを脱ぎルシフェルへと差し出した。


「これを。今、外界との干渉を遮断する結界を創れば、おまえがここにいると公言しているようなものだからな」


「……」


 暗黒色のローブは、天使の力を外から感知されないように施されてある。悪魔が身に着けたとしても、その効果は同じだった。


 ルシフェルは無言で受け取ると、カマエルのローブを羽織る。

 それを見届けたカマエルは「今しばらく、こちらでお待ちください」と俺に一礼し、エクノール邸の中へと消えていった。



 ルシフェルから少し離れていた俺は、彼女のそばへ歩み寄る。

 彼女を守るようにそばにいたサキュバスが、心配そうにこちらへ視線を送っていた。俺は無言で彼に(うなず)く。


「ルファに聞きたいことがある。おそらく、話が聞ける機会は二度とないだろう。だから、きちんと答えてくれ」


「……」


 ルファと呼ばれたルシフェルは、眉間にしわを寄せて俺を見上げた。

 俺は軽く深呼吸すると、単刀直入に切り出す。


「おまえは、ハルの母親と祖母の魂を喰った。それだけじゃない。ハルの母方の血族すべてを滅ぼしている。なぜだ?」


 驚いたような表情を見せたルシフェルは、動揺するように視線を彷徨(さまよ)わせた。

 サキュバスはこの事実を知らなかったのか、目を見開いてルシフェルを見る。


「それ……は……」


 言葉に詰まるルシフェルに対し、さらに俺は尋ねた。


「二人と何らかの『契約』を結んでいた。その対価としてか?」


「……」


 ルシフェルは(うつむ)きながらも頷く。


「そうか……。じゃあ、ハルとは? ハルと何か『契約』をしているのか?」


 俺の言葉にルシフェルは顔を上げて、首を大きく左右に振った。


「していない! あの子には何もしていないわっ」


 語気を強めるルシフェルに向かって、俺は確かめるように再度尋ねる。


「本当か? おまえは、ハルの出生に何らかのかかわりを持っているんじゃないか?」


「!!」


 ルシフェルは驚いたような顔をした。俺は続ける。


「ルファ。あの子は、本当に『無垢の子』なのか?」


 その言葉に、ルシフェルの隣にいたサキュバスが驚きの声を上げた。


「ミー君!? 何を言っているの? ハルちゃんの座位はないんだよ? それは無垢の子だからでしょ?」


 サキュバスの言う通り、無垢の子には魂が戻る場所である『座位』を持たない。そして、ハルにはその座位がない。この事実から、彼女は無垢の子ではあるのは間違いない。

 だが、神が創り出す『無垢の子』とハルは、別のように俺には思えて仕方がなかった。


 そもそも、地獄(ゲヘナ)の支配者であるルシファーとハルが一緒にいること自体が、不自然なのだ。

 世界の均衡を重んじる神は、天界(ヘブン)地獄(ゲヘナ)どちらかに偏るように、無垢の子を人間界へ降臨させることはないはずだ。

 ハルが『真』の無垢の子であれば、こんな風に地獄(ゲヘナ)の支配者と直接出会うようなことにはならない。


 そして、無垢の子を手に入れたはずのルシフェルの行動も不可解だ。

 ハルの命を奪い悪魔の子に転生させれば、地獄(ゲヘナ)は人間界を手に入れられる。それにもかかわらず、ルシフェルは『ルファ』と名乗り、ハルを大切に育てていた。

 今までの言動からも、彼女がハルに特別な情を持っているのは確かだ。

 しかし、そうなった原因は?



 俺が無言でルシフェルを見つめていると、彼女は苦しそうな表情で何とか言葉を絞りだす。


「あの子……は……」


 すると、俺たちの横から突然、声が聞こえてきた。


「私は、本物の無垢の子じゃない」


 しばらくぶりに聞く少女の声に、俺たちは驚き、そちらへと顔を向ける。

 見ると、(くり)色の髪を横に流すように結わえたハルが、薄靄の中から現れた。



「ハ……ル……?」


 突然現れたハルに驚いたルシフェルは、彼女の名をなんとか発する。

 俺が口を開こうとしたとき、エクノール邸一帯があっという間に薄紫色の半円の膜に覆われた。それと同時に、殺気立った気配が俺たちを囲む。


「!!」


 俺は瞬間的に、帯剣していた剣を抜いた。サキュバスも、いつの間にか剣を構えている。

 ドクンドクンと、俺の鼓動が耳障りなほど高鳴った。この殺気は、俺に向けられているものではないと分かる。すべては、俺の目の前にいるルシフェルへと注がれてた。



 まさか……。



 いつもあどけない笑顔を見せるハルは、感情のない表情で俺たちを見ている。

 彼女の背後に広がる靄の中から、薄紫色のうねる長髪を後ろに束ねたガブリエルが、暗い赤紫色の軍服姿で従者の座天使を引き連れて現れた。

 それを合図に、甲冑(かっちゅう)に身を包んだ能天使たちが、俺たちを包囲するように姿を見せる。


「これは一体どういうつもりだ? ガブリエル」


 ハルの後ろに立つガブリエルを、俺は(にら)む。

 だが、ガブリエルは俺をちらりと見ただけで、ハルの肩に手を添えると、ルシフェルに向かって顎をしゃくった。


「あれが、あなたからすべてを奪い、苦しめ続けた悪魔の姿です」


「は……?」


 サキュバスが剣を構えたまま、あぜんとした表情でガブリエルを見る。

 ガブリエルはそれを無視して続けた。


「あなたの母君の魂を喰らい、あなたの祖母君の魂を喰らい、あなたの血族の魂を獣のような悪魔どもに喰わせた。それが、あの悪魔の本当の姿」


「ガブリエル!!」


 思わず怒鳴る俺に、ガブリエルは冷淡なまなざしを向ける。


「おまえ()知っていたのだな?」


「……」


 俺は言葉が出なかった。目の前で起こっている事態が理解できない。

 射るようにこちらを見つめるハルと、俺の視線がぶつかる。


「ミカエル」


 ハルが(りん)とした声で俺の名を呼んだ。


「あなたは私に『天使に転生するかどうかを考えてほしい』と言っていたわ。その時から知っていたの?」


「……」


 そう、俺は知っていた。知っていて、ルシフェルとの過去が、彼女が大人になるまではハル本人に伝わらなければよいとも思っていた。

 何も答えない俺に、ハルは苛立った口調で言う。


「ねぇ、答えて」


 俺は構えていた剣先を下へと降ろす。そして、肩で大きくため息をついた。


「あぁ……知っていた」


「……知っていて……。私が(だま)されていると知っていて、ずっと生き続けるかどうかを考えてほしいと、私にそう言ったの?」


「違う! それは……」


 そこまで言って、俺は言葉を飲み込む。ハルの表情には『裏切られた』という感情が広がっていた。


 ルシフェルがハルの血族を滅ぼしたことは、確定している事実だ。ハルの母親の命を喰らったことも。

 だが、ルシフェルのハルに対する愛情も、うそ偽りない真実だと俺は確信している。

 しかし、今それをハルに伝えられるだけの『答え』を、俺は持ち合わせていない。



 わからない。なぜ、こんなことになった? そもそも、ガブリエルがこの事実を知っているはずがない……。



 俺は、ハルからガブリエルへと視線を移す。

 ガブリエルは、俺にしか分からないほど微かに口角を上げた。


「なぜ、このような事態になったのか、()せぬようだな?」



 俺は、今までのことを思い返す。


 ハルの母であるラナ・カーディフは、イリーナという偽名を使って生きていた。

 偽名では、魂の歴史書ともいえる『系譜』を俺たち天使は見つけられない。

 彼女の魂の系譜に辿(たど)り着けなければ、ルシフェルがハルの母ラナの魂を喰ったことはおろか、祖母たちのことまで分かるはずがない。


 ラナという本名を知るには、すでに亡くなっている彼女の夫でありハルの父グレイ・エヴァットの魂に触れる必要がある。

 冥界のグレイの魂に触れれば、現世の未練が彼の中に(あふ)れ、輪廻(りんね)転生の歩みを止めてしまう。

 だが、俺が冥界でグレイと接触したとき、彼の歩みは止まっていなかった。それはつまり、ガブリエルはグレイの魂に触れていないことを意味する。


 そう、ガブリエルがルシフェルの秘密を知る術は、なかったはずだった。



「俺は……何かを見落としていたのか?」


 その問いに答えるように、ガブリエルは懐から何かを出すと、俺の足元にそれを放った。

 コロコロと転がる物体は、俺の足に当たって止まる。見ると、朱色の魂の系譜だった。


「これ……は?」


 系譜を拾い上げながら尋ねる俺に答えたのは、ガブリエルを守護者のように従えるハルだった。


「それは、()()魂の系譜よ」


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