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33-1:虚像

 アジダハーカが破壊したサタンの居城は、マモンが呼び寄せたグールたちを取り込みながら急速に復元されていく。

 マモンは魔力を必要としない『影』で己の身を守りながら、その場を何とか切り抜けた。

 ゼーゼーと肩で息をしながら、痛めたわき腹を押さえる。


 臆病者のアジダハーカが、まさかルシファーを連れて(ろう)から出るとは思ってもみなかった。

 それに、ルシファー付きの夢魔が連れていたあいつらは、一体何者なのだろうか?

 しかし誰であろうとも、マモンにとって都合がよかった。ルシファーを完全に排除できる理由は整ったのだから。



 サタンの城から出たマモンは転移ゲートを作りだし、クリンタ宮殿の中庭へと戻ってきた。

 宮殿の重厚な扉の前で、ボロボロになった紫色のローブを脱ぎ捨てる。

 扉のそばにいるはずの衛兵の姿が見当たらなかった。

 マモンは気にすることなく、親指の爪をガリガリとかじりながら扉へと近づく。

 このあと、どうやって七十二柱を()きつけようかと考えながら、自らの手で両開きの黒い扉を押し開けた。


 ギギギギギギ……。


 鈍い音とともに、エントランスホールの灯りが漏れ広がる。それと同時に、マモンの視界に、ベルゼブブの後ろ姿が入ってきた。

 好都合だとマモンは歩み寄ろうしたが、すぐさまその場で立ち止まる。ベルゼブブの周りには、彼を囲むように複数の悪魔が群がっていたのだ。


 マモンの気配を察し、その場にいる全員がこちらを向く。最後に、ベルゼブブがゆっくりと振り向いた。


「マモン様、そのようなお姿でいかがなされましたか?」


 特に驚いた様子もなく、ベルゼブブが尋ねる。

 われに返ったマモンは、慌てたように口を開いた。


「ベッ……ベルゼブブ! ルシファーがサタンの居城から逃げ出した! すぐに……」


 そこまで言いかけて、やはり何かがおかしいと感じる。


 ベルゼブブの周りには、従者はもとより、最近、彼の腰巾着であるアガリアレプトがいた。

 異様なのは、三支配者の一人アスタロトもいるうえに、七つの罪源『怠惰』を(つかさど)るベルフェゴールが、毛嫌いしているはずの彼女の傍らにいることだ。さらには、七十二柱のバアルとアガレス、序列五十四位のムルムルもいる。


「おまえたち……なぜ、このようなところに集まっている?」


 いつもの慇懃(いんぎん)な態度が抜け落ちたマモンは、エントランスホールに集まる悪魔たちを(いぶか)し気に見回した。こちらを見る彼らの表情から、動揺や(さげす)み、(あざけ)りが読み取れる。

 最後にベルゼブブと目が合った。マモンに対し、決して向けることのなかった冷淡なまなざしを、隠すこともなくぶつけてくる。


「ルシファー様がサタンの居城で襲撃に遭い、お逃げになられたのです」


 ベルゼブブが、感情のこもらない口調でそう言った。


「襲撃?」


 マモンは眉間にしわを寄せる。

 確かに、サタンのグールを使い、マモンはルシファーを亡き者にしようとした。だが、それを知っているのは、あの場にいた者だけ。なぜ、ベルゼブブがそのことを知っている?


 すると、ベルゼブブはマモンの無言の問いに答えるかのように、体を軽く折り曲げて斜め後ろへと下がる。

 そこには、膝辺りまでの長さのある銀髪と、線の細い体躯(たいく)のヒト型のアジダハーカがいた。


「こっこいつは、ルシファーの脱獄に手を貸した張本人だぞ!?」


 アジダハーカを指差しながらマモンは叫ぶ。

 白銀のローブを(まと)うアジダハーカは、マモンを無言で(にら)みつけた。

 ベルゼブブはアジダハーカを代弁するかのように口を開く。


「いいえ。アジダハーカ様は、わが君をお救いくださったのです。あなた様から」


 マモンは心の中で舌打ちをした。アジダハーカが単独でクリンタ宮殿へ戻るとは、予想していなかったのだ。

 大きく首を振ったマモンは、すがるような目つきでベルゼブブを見る。


「違う。おまえは(だま)されている。ルシファーはサタンの居城から脱獄しようとしていた。俺はそれを止めようとしたんだ。だが、アジダハーカ(そいつ)によって、まんまと逃げられた。ルシファーとそいつは地獄(ゲヘナ)を欺いている」


「……」


 しかし、ベルゼブブの冷淡な表情は変わらない。

 どう弁明しようかと考えるマモンは、ルシファー付きの夢魔のことをふと思い出した。


 クリンタ宮殿の内廷部に住むあの夢魔は、アガリアレプトとも接点がある。

 そのアガリアレプトは、ルシファーを解放するよう、七十二柱や七大君主たちと接触を図っていた。

 真偽はともかく、この場をやり過ごすために、アガリアレプトが、ルシファー付きの夢魔に彼女の脱獄を手助けするよう指示した――という筋書きで押し切ろうか? そんなことを考えているときだった。


 ベルゼブブとマモンの間に割って入るように、アスタロトがスルリと前へ出てくる。


「そなた……わが君を()めおったな?」


 マモンはアスタロトを露骨に睨みつけた。


「あ? 一体何を証拠に?」


 アスタロトはさも嬉しそうに口角を(ゆが)める。


「そなたが七十二柱の前で話した『計画』のことだがな。あれはわが君の主導で、わらわとベルゼブブが下準備をしておったのだ。ただ、そなたが話した内容とは幾分異なるがな」


「……」


 マモンは自分の感情を悟られないよう、すぐさま表情を消した。

 目を細めたアスタロトは、顎を少し上にあげて話を続ける。


「そなたは、天界(ヘブン)がどんな世界か分かっておらぬ。悪魔が人間界にどれだけかかわっているかなど、あいつらには関係がないのだ。そなたの計画では、ヒトの座位が一気に地獄(ゲヘナ)へと動く。天界(ヘブン)にとって、神の子を降臨させる理由はそれだけで足りる。原因など意味をなさない。あそこは結果がすべてなのだ」


 地獄(ゲヘナ)で誕生したマモンよりも、元座天使であるアスタロトの言葉は重みがあった。だがそれでも、マモンは微動だにせずアスタロトを見つめる。

 アスタロトはマモンの挙動を楽しむかのように、妙な間を開けてから頭を左右に振りニヤリと笑った。


「だからこそ、わが君はわらわにご所望されたのだ。『ヒトを生きた(しかばね)と化す薬』を」


「薬……だと?」


 マモンは、思わずつぶやく。自分が調べ上げた内容とは異なっていた。動揺を隠しきれず、視線が(くう)彷徨(さまよ)う。

 それを見たアスタロトは、満足そうに相好を崩した。


「怠惰と快楽に溺れる薬がそれだ。ベルゼブブの力により、人間界の豊饒(ほうじょう)の大地を不毛なものへと変える。貧しき者は、飢餓の苦しみから逃れるためにわらわの薬を欲する。こうしてわらわの薬は、下々から湧き上がるように全土へと広がるのだ」


「……」


 マモンは無言のまま、目を見開いてアスタロトを見る。

 アスタロトは得意げに話を続けた。


「だが、生産性が落ち国力が衰えれば、国はわらわの薬を排除しようとするだろう。そこで、そなたが言っておった、小国の次期王と妃の死が必要となる。それは、開戦の口火を与えるためではない。たった一人の後継を失うという、国にとって受け入れ難い『現実』を作るためだ。わらわの薬を欲するほどの『現実』をな。一国の統治者を犯せば、国境を越え、わらわの薬は加速度的に人間界を侵食していくのだ」


「……」


「こうして生きる屍となったヒトの魂は、労せずにもぎ取れるようになる。いわば畑だ。そして、この土台を作ったのが、わが君が長らくまいてきた『恐怖』という種なのだ」


 普段、不機嫌な態度しか見せないアスタロトが、これほどまでに多弁だったことはない。つまり、これは真実であるという裏打ちなのか?

 考えあぐねているマモンを置き去りにし、アスタロトはさらに続ける。


「そなたの『計画』は、天界(ヘブン)にあっという間に鎮圧される。だがわが君の計画は、緩やかではあるが、ヒトの座位を安定して地獄(ゲヘナ)のものとできるのだ」


 ここで一呼吸間を置くと、アスタロトの目つきが、獲物を捕らえるような鋭いものに変わった。それとは裏腹に、白い肌に浮き出るような真っ赤な唇が笑う。



「さて、ここで一つ疑問が生まれる。そなた……この計画をどこで知った?」

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