表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/140

02-2:不穏

 ルファに家から閉め出されたサキュバスは、バンと派手な音を立てて扉を勢いよく開けた。


「ひどぉぉぉぉぉいっ! なんで、置き去りにするのぉぉ?」


 室内へ入ってきたサキュバスは、先ほどの細身で筋肉質な男の体型とは打って変わり、腰までストンと落ちた亜麻色の髪の妖艶な女になっていた。



 夢魔サキュバス――男の姿でいるときの名はインキュバスと呼ばれ、女の姿でいるときにはサキュバスと呼ばれる。ただ、子供のハルが混乱するといけないからと、ルファたちの中では男でも女でも『サキュバス』と呼ぶことになっていた。

 夢魔とはどんな意味なのかと、ハルがルファに訪ねたことがある。だがルファからは「今は知らなくていい」とだけ言われ、ハルは夢魔が悪魔であるということ以外はよく知らない。


 そう、ハルの目の前にいるこの二人ルファとサキュバスは『悪魔』だった。

 二人はもともと『地獄(ゲヘナ)』という悪魔の住む世界にいた。しかし、ルファは随分前からそこへは戻っていないらしい。

 サキュバスはというと、ハルの父グレイが亡くなったあと、ハルとルファが二人きりで生活していることを心配して、地獄(ゲヘナ)から押しかけてきた。そして今は、この家の家事全般を担っている。

 ハルにとって、ルファとサキュバスはかけがえのない家族だった。

 悪魔といえども、二人はハルの前で、()()()()()行動をしたことが何ひとつない。そのため、ハルにとって『悪魔』というのは人種の一つに過ぎなかった。



 ハルは、放牧地で会ったミカエルの「ともに戻る」という言葉を、再び思い出した。

 彼はルファとサキュバスに危害を加えるかもしれない。ならば、この二人を、この生活を守るためにはどうすればよいのかと、ハルは考える。



 もし『ミカエル』のことを聞いたら、ルファは悲しむかな? でも……。



 ハルはルファとサキュバスに気づかれないよう、不安そうに二人を見た。



*  *  *



 サキュバスが作った遅めの夕食と食後のデザートも食べ終わり、ハルはリビングにあるソファーに身を沈めていた。サキュバスがいれたカモミールティーをゆっくりと口へ運ぶ。

 ソファーの正面に見える書棚が詰め込まれた部屋で、ルファはロッキングチェアに座っていた。すっかり暗くなった夜空を窓辺から眺めている。

 ロッキングチェアの横にある小さな丸テーブルに、ルファがティーカップを置いたのを見計らい、ハルが思い切って話を切り出した。


「ねぇ、ルファ」


「うん?」


 夢でも見ていたかのようなルファのぼんやりとした視線が、窓の外からハルへと移る。


「夕方に会ったミカエルという人は、ルファの知り合いなの?」


 ルファが反応する前に、サキュバスの悲鳴にも似たような声が聞こえてきた。


「えぇぇぇ!?」


 サキュバスは、クッキー入りの器を載せたトレイをテーブルの上にガシャリと置く。そして、慌てたようにハルの隣に座ると、目を剥いて彼女に顔を近づけてきた。


「みっミカエルって、まさか、()()ミカエル?」


 サキュバスの動揺する姿にハルは驚き、体を少し()け反らせながら尋ねる。


「え? えぇっと……サキュバスさんも知っているの?」


 近づきすぎたと気がついたサキュバスは「えぇ、まぁ……」と歯切れの悪い言い方をしながらハルの隣に座り直した。そして、あらためてハルを見る。


「ねぇハルちゃん。あなたが会ったミカエルに翼は生えていた?」



 ハルには生まれながらにして不思議な能力がある。

 それは、普通のヒトなら見えるはずがない、天使や悪魔の姿が見えてしまうという能力。しかも、翼を隠してヒトに紛れている彼らも見抜けてしまうのだ。

 この能力のおかげで、ハルは、放牧地で会ったあのミカエルの背にも、彼の近くにいた藍色の髪の男にも、純白の翼が生えていることに気がついた。

 つまり、その翼を持つ彼らは『天使』と呼ばれる者となる。


 悪魔であるルファとサキュバスは、彼らとはまったく違う翼を持っていた。

 ルファの翼は、コウモリの飛膜のような黒い翼が六枚。サキュバスも、ルファと同じ翼が二枚生えている。



「私が見たミカエルは、真っ白な翼が六枚も生えていたよ。あの人は天使なんだよね? すごい人なの?」


「すごいも何も……」


 ハルの問いに、サキュバスは少し困った顔をして、正面の部屋にいるルファをチラリと見た。

 しかし、ルファはこちらを見向きもせず、丸テーブルに置いていたカップを手に取ると、何ごともなかったかのように口へと運んだ。

 彼女のその姿を見たサキュバスはため息をつく。


「そいつはね、熾天使ミカエル。天界(ヘブン)で神の次に力のある天使で、神の軍隊、つまり天使軍の総司令官なの」


 ハルは『天使軍』という言葉に驚き、サキュバスを見る。


 つまり、ミカエルの「ともに戻る」という言葉は、天使軍の前にルファを連れて行く、という意味なのだろうか? そもそも天使と悪魔は敵対する者同士。やはり、ルファたちに危害を加えるかもしれない。

 そう考えるハルだが、もしかしたら、彼らの目的はルファとは違う別人ではないかという一縷(いちる)の望みを持って、サキュバスに尋ねる。

 

「ミカエルは、ルファのことを『ルシフェル』と呼んでいたわ。ルファは『ルシファー』なのよね?」


 

 ルファの本当の姿は、地獄(ゲヘナ)における三支配者の一人、魔王ルシファーだ。だが、身分を隠すという意味合いもあって、ここでは彼女のことを『ルファ』と呼ぶのが決まりとなっている。

 それだけではなく、ハルとルファの間ではいくつかの約束ごとがあった。その中で最も重要なのは『うそをつかない』ということだ。このことから、ルファはハルに対してうそを言うことがない。答えられない、または答えたくない場合は素直にそう告げていた。

 そういったこともあり、ハルは父のグレイが亡くなったあと、悪魔や天使、地獄(ゲヘナ)天界(ヘブン)のことをルファからひと通り教わっていた。



「……」


 ハルの問いに、サキュバスは何も答えずルファを見た。ハルも彼女に(なら)うようにルファを見る。

 二人の視線を受けたルファは深くため息をつくと、なぜか寂し気な目をして微笑(ほほえ)んだ。


「とうの昔に捨てた名だわ。今の私は『ルファ』よ」


 それを聞いたハルは「でも……」と、躊躇(ためら)いがちに言う。


「ミカエルは『ルシフェルとともに戻る』と言っていたわ。それって、ルファを天界(ヘブン)へ連れて行くということでしょ?」


 ハルの言葉を聞き、サキュバスが驚き青ざめる。


「それって大変なことじゃない! 一刻も早くこの場所から移動しないと。ハルちゃんの身にも危険がおよぶかもしれないわっ」


「あ……そうか……。あの人たち、私を……」


 ハルはそれ以上の言葉が続かなかった。

 ルファのことばかりを気にしていて、彼女は根本的なことを忘れていた。そもそも、この家の住人は、誰一人として()()()()()()()()()()のだった。


 時が止まったかのように固まるハルを見たルファが、ロッキングチェアから立ち上がる。そして、ハルのそばまで行くと彼女をふわりと抱きしめた。


「大丈夫よ。私は天界(ヘブン)へ行くつもりはないし、ハルにも指一本触れさせはしないわ」


「ルファ……」


 ハルの心は騒めき、波のように押し寄せる不安でいたたまれなくなる。それを打ち消すように、彼女は自分を抱きしめるルファの胸元に顔を押し付けた。

 ハルに応えるようにルファの腕に力がこもる。


「あなたのそばを離れることはないわ。ずっと一緒よ、ハル」


 

 ルファの首筋から漂う金木犀(キンモクセイ)の香りが、ハルの鼻腔にほんのりと香った。

 そんな二人の姿を、隣に座るサキュバスは不安そうに見つめていた……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ