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14-3:死の天使と魂の系譜

 ハルの父親グレイ・エヴァットの魂の系譜を手にした俺は、近くにあったダイニングテーブルにそれを広げた。

 くすんだオリーブ色の巻物には、さまざまなヒトの名と彼らの概要が天界(ヘブン)の言語で記載されていた。

 その巻末に『グレイ・エヴァット』の名を見つけた俺は、右手をかざす。すると、水色に印字された文字が輝きだし、空中にグレイに関する詳細な情報が映し出された。

 目の前に浮かび上がるグレイの情報を確かめながら、俺はその情報を手のひらで横にスクロールさせていく。



「おそらくだが……」


 空中に映し出されるグレイの情報をぼんやりと眺めていたサリエルが、俺のほうに視線を向けた。

 俺はスクロールの手を止めずに話を続ける。


「ハルの出生に、ルシフェルが何らかの形でかかわっていると思う」


「ルシフェル様……がですか……?」



 天界(ヘブン)において『ルシフェル』の名を大っぴらに口にするのは俺ぐらいなものだ。

 サリエルは俺と二人でいる時にだけ、この名を口にする。きっと、俺に気を使って。こういったさりげない優しさをサリエルは持っていた。



 俺は、(くう)に浮かぶグレイの情報画面から、視線をサリエルに移した。


「俺は、ハルを天使に転生させる前に、彼女とルシフェルとの関係をはっきりさせたいと考えている。そうしないと、遅かれ早かれ、彼女は天界(ヘブン)で肩身の狭い思いをしてしまうんじゃないだろうか」



 天界(ヘブン)において『ルシフェル』は諸悪の根源であり、憎むべき存在である。その彼女と深い関係を持つハルが天使に転生すれば、どんな弊害が(あら)わになるか分かったものじゃない。

 もちろん、ハルがそうすると決めたわけではないが、俺は彼女が天使に転生した時に最小限の弊害で留められるよう、できるだけの『備え』をしておきたかった。



「……そう……ですね……」


 俺の言葉を聞いたサリエルは、自分自身を抱きしめるように二の腕を掴んで腕組みをした。

 サリエルは何も語らないが、やはり階級による差別を彼女は嫌というほど感じているのだろう。

 こちらの問題も早急になんとかせねば……と、俺は頭の片隅で思いつつ話を続けた。


「お前にはすべて話してあることだが……。ルシフェルのハルに対する執着は、悪魔のそれとはまったく異なるものだ」


「おっしゃって……おりましたね。『母親のような感情』だ……と」


 俺はサリエルの言葉に頷く。


「単なる『無垢の子』にそんな感情は持たないだろう? ルシフェルにあの感情を抱かせた『何か』があったはずなんだ。それはたぶん……」


 そう言いながら俺は、グレイの情報画面のスクロールを再び始めた。サリエルの視線も画面へと移る。

 グレイの情報は出生から始まり、幼少期、青年期へと進んでいく。そして、水色の文字の羅列が過ぎ去る中、目に飛び込んできた赤色の文字を見つけ、俺はスクロールを止めた。


「これ……は?」


 サリエルが俺を見る。俺は画面の赤文字を見つめたまま口を開いた。


「グレイがイリーナと婚姻関係を結んだときの記録だな」


 ほかの水色の文字とは明らかに異なり、赤く染められたイリーナ・エヴァットの名が嫌でも目に入る。


「なぜ……イリーナの名が……赤く記載されて……いる……のでしょうか?」


 画面の赤文字と俺の顔を交互に見ながら、サリエルは首を傾げる。

 俺は、画面から視線をサリエルへと移した。


「その名が偽りだからだ。そして、グレイはそのことを知らないか、本当の名を知っていても一度も口にしたことがなかったか、のどちらかだろう」


「偽りの名……」


 サリエルがポツリとつぶやく。

 俺はサリエルから空中に映し出されるグレイの詳細情報へと視線を戻した。



 イリーナの名が偽名であるならば、サリエルが彼女の魂の系譜をいくら探しても見つかるわけはない。なぜ、イリーナは偽名を使っていたのだろうか?



 俺は、さらに画面をスクロールさせる。

 程なくして、目的の情報が出てきたため、俺は手を止め、食い入るようにそれを見つめた。

 黙して語らない俺の代わりに、サリエルが画面の情報を読み上げる。


「ハル・エヴァットの出生時……の情報ですね。この時点で、グレイはイリーナと死別……」


 途中まで読むと、サリエルは眉間にしわを寄せた。


「このあとの……この記載はどういう……こと……ですか?」


 イリーナと死別したあとのグレイの詳細情報には、インクが滲んだかのように読み取れない箇所がところどころに点在していた。そして、その記載は彼が亡くなるまで続いていた。


「これが……ルシフェルがグレイと接触していたという証拠だ」


「これが……?」


 サリエルが画面をまじまじと見る。



 天使や悪魔がヒトと接触した際も、通常は、魂の系譜にその事実がしっかりと記載される。だが、高位天使や高位悪魔は、魂の系譜に記載されるべきその事実をおぼろげにする(すべ)を持っていた。

 グレイの情報に読み取れない箇所があるのは、ルシフェルが意図的に彼の記憶を操作したという確かな証拠だった。



 俺は、グレイが亡くなった記載からイリーナとの死別の記載まで画面を戻し、再びその情報に目を通した。そして、それを何度か繰り返し思案する。


「やはり……、ルシフェルはハルの出生に……イリーナの死にかかわっていたんじゃないだろうか?」


「なぜ……そう思われる……のですか?」


 サリエルの問いに、俺は、イリーナとの死別の記載からルシフェルがグレイと接触したであろうインクの滲みが始まる箇所を画面に映す。


「イリーナの死後、ルシフェルがグレイに接触するまでの期間が短すぎやしないか?」


「たまたま無垢の子を見つけた……のかもしれません」


「そうかもしれない。だが……」


 途方もない数のヒトが存在している人間界で、座位を持たない無垢の子を地獄(ゲヘナ)の支配者であるルシファーが()()()()見つけた? あいつは、広大な砂漠の中でひと粒の砂を探し当てたというのか?


「確率はゼロではないが、通りすがりにハルを見つけたというのは考えにくい。むしろ、以前から彼女の両親を知っていたうえで、イリーナの死後にグレイと接触した……と考えるほうが、しっくりくる」


 だが、ここでさらに疑問が出てくる。

 普通のヒトであるエヴァット夫妻の間に生まれてくる子供が『無垢の子』であると、ルシフェルは知っていたのだろうか? それともそれは偶然だったのか? そもそも、ルシフェルは、なぜエヴァット夫妻に目をつけていた?



 空中に浮かぶグレイの詳細情報をスクロールさせ、しつこいくらいに画面を見続ける俺の横顔を、サリエルは覗き込むように見た。


「このあとは……どうなさるおつもり……ですか?」


「グレイの魂の系譜からは、これ以上のことは分からないな。こうなると……やはり、イリーナの系譜を確かめたい」


「ですが……イリーナ・エヴァットの名は偽名……です。偽名では……魂の系譜は見つけられ……ません」


 サリエルは俺の横顔をじっと見つめた。俺は、それに応えるように画面から目を離し、サリエルを見る。


「会いに……行くか」


 俺の言葉の意味が分からないというように、サリエルは首を傾げる。


「どなたに?」


 サリエルを見つめたまま、俺はニヤリと笑った。


「ハルの父親、グレイに……だよ」



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