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12-1:過去の片鱗

 ルファがまだルシフェルと呼ばれ、熾天使として天界(ヘブン)にいた頃の話……これは『あの時』のほんの一端――




 天界(ヘブン)は、神が住まう奥の神殿を最上層とし、上層・中層・下層の大地が階段状に広がっている。

 最上層の神殿と上層はまさに階段で繋がっているが、各層は陸地の中央にそびえ立つ連絡塔で繋がっている。そして、その連絡塔を守る魔法障壁を構築する砦が、下層は五カ所、中層は七カ所、塔を囲むようにそれぞれ陣を構えていた。



 混乱は前触れもなく起こった。


 天界(ヘブン)の中で最も広い大地を有する下層の陸地の突端と中央の連絡塔との中間地点で、突如、巨大な火柱が唸りをあげて空に突き上がったのだ。


 下層には権天使・大天使・天使の下位三隊の居住区と、悪魔と戦うことを主な任務としている中位三隊の能天使・力天使の軍の一部が配置されている。

 下層は地獄(ゲヘナ)と接しているため、当初は悪魔たちが攻め入ってきたのだと思われた。

 だが、それにしては火の手の上がる場所が不自然だった。そのうえ、悪魔軍が攻めてきたのであれば、『狭間』を監視している能天使小隊からの報告があるべきなのだ。



 なぜ、誰も報告してこない?



 下層の軍を指揮する主天使ザドギエルは、能天使小隊からの報告がないことに首をひねった。だが、その理由を彼はすぐに知ることとなる。


 ザドギエルがいる連絡塔のそばで、突然、大きな爆発音が響き渡った。その音とほぼ同時に、彼の指揮官室がガタガタと揺れ、天井から砂埃がパラパラと落ちてくる。

 あまりの揺れの大きさに、ザドギエルは座っていた椅子の両肘に思わず手をつき踏ん張った。その揺れが収まるや否や、彼は外の様子を確認するために窓際へと駆け寄った。


「なっ……」


 目に飛び込んできた外界の変貌ぶりに、ザドギエルは言葉を失う。

 先ほどまで当然のようにそこに存在していた連絡塔を取り囲む五カ所の砦のひとつが、原形をとどめず瓦礫と化し、黒い煙と炎を上げていた。


 これが現実であるとは俄かに信じがたい光景を、ザドギエルは食い入るように見つめる。そして、その瓦礫の山の上空に、一人の天使の姿を彼は捉えた。

 連絡塔と崩壊した砦とはかなりの距離があるうえに、上空には黒煙も漂っているため視界も悪かったが、それでもその姿を見間違えるはずはなかった。



 漆黒の髪……そして、六枚の翼……。あの天使は、まさか……。



 ザドギエルがもっと近くで見ようと反射的に窓から身を乗り出したとき、部下の力天使がノックをするのも忘れるほど慌てた様子で、指揮官室へと飛び込んできた。


「ザドギエル様!」


 部下のあまりの勢いと非常事態であることも相まって、ザドギエルは部下の非礼を叱責することも忘れ、窓枠に手を添えたまま力天使のほうを向く。


「何事だ!?」


「そっそれが……」


 ノックもせずに上官の部屋へと入ったわりに、ザドギエルの顔を見た途端、力天使は躊躇いの色を見せる。そんな部下の態度に苛立つザドギエル。

 二度目の爆音がまた近くで鳴り響く。ザドギエルは外をチラリと見たが、最初に崩壊した砦の上空は、炎と黒煙が躍るだけで他には何も見えなかった。



 見間違い? いや、だが……。



 いまだに動揺し口をパクパクさせるだけの力天使に向かって、ザドギエルは一喝する。


「早く報告しろ!」


 ザドギエルの怒鳴り声を聞いた力天使はビクリとし、背筋を伸ばして大声を張り上げた。


「狭間の監視をしていた能天使小隊が砦を襲撃しています!」


 力天使の言葉に、ザドギエルの思考が停止した。部下が何を報告したのか、すぐには理解ができなかった。


「……今……なんと言った?」


 さっきまでの怒りが急速に消え、呆けた顔をするザドギエルが聞き返す。今度は部下の力天使が怒鳴るように絶叫した。


「ですから、我が同胞たちが砦を襲撃しているのです!! これは()()です!!」



*  *  *



 上層の奥には、最上層にある神が住まう神殿を隠し守るように大神殿がそびえ立っている。

 この大神殿は、天使が神に(えっ)するための謁見の間や、熾天使たちの各執務室、あらゆる知識が収められている書庫、生命(セフィロト)の樹が立つ生誕の間など、天界(ヘブン)の中枢が集まる場所であった。


 神が不在の玉座がある謁見の間に、智天使を除いた熾天使・座天使の上位三隊が集まっていた。

 本来、天使軍を指揮するはずの銀髪の熾天使ミカエルは、謁見の間に用意された大テーブルから少し離れた場所で、革張りのダイニングチェアにうなだれるように座っていた。それは、時間の経過とともに、詳細な状況が判明してきたことが原因だった。



 下層で指揮する主天使ザドギエルからの報告によると、下層の陸地の突端と中央の連絡塔との中間地点で上がった巨大な火柱は、あっという間に四方八方へとその炎を広げた。大地を焼くその炎は魔力が宿っているようで、現場にいる天使たちでの消火は不可能とのことだった。


 下層に住む天使たちの恐怖と混乱は伝染病のように波及し、中層へ逃げようとした天使たちが雪崩のように連絡塔へと一気に押し寄せた。

 その混乱を治めようと砦の守備兵が連絡塔へと増援される。だが、そこを見計らったように、炎の波とともに砦を襲ってきたのが、下層の狭間の監視に当たっていた能天使小隊だった。


 同胞の襲撃に動揺した砦の守備隊の対応は後手に回る。しかも、能天使小隊の襲撃を合図に、守備隊内部でも同胞に刃を向ける天使が現れ、現場はさらに混乱した。

 そうして、下層の魔法障壁を構築する五カ所の砦のうち、二カ所があっという間に陥落。敵味方の区別がつかない兵士たちに追い打ちをかけるように、彼らの目の前に現れた一人の天使によって、兵士たちの戦意は完全に喪失したのだった――



 謁見の間にある大テーブルに広げられた天界(ヘブン)の地図を、睨みつけるように見つめるウリエル。彼の横に直立する部下の座天使から下層の指揮官ザドギエルの報告を一通り聞き終え、ウリエルはため息をついた。


「で、その情報は間違いないの?」


 全てを報告し終えた座天使の最後の言葉を、眉間にしわを寄せたウリエルは再度確認するように聞き返す。

 顔を強張らせた座天使は、ウリエルの問いに何度も頷いた。


「間違いございません。現場にいた主天使ザドギエルがはっきり見たと……」


「その主天使は、熾天使の顔の見分けがつくんだろうね?」


 念を押すように問うウリエルに、座天使は悲鳴のように声を荒らげた。


「当たり前です! 我らが首領、熾天使()()()()()様のお顔の見分けがつかない天使など、この天界(ヘブン)に存在するわけがございません!!」


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