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11-1:旅立ち

 サイロの外からバサリバサリと翼の羽ばたきが聞こえ、サキュバスとハルがビクリと体を強張らせた。

 俺は二人に向かって人差し指を立て、静かにするようにと合図を送る。そのとき、外から俺の腹心の部下である座天使ラジエルの叫ぶ声が聞こえてきた。


「ミカエル様! いらっしゃいますか!?」


 俺は息を殺したまま、引き戸の隙間から外を(のぞ)き見る。


 サイロの外では、パストラルで悪魔と戦ったためか服があちこち裂け、乱れた藍色の長髪と顔に擦り傷のあるラジエルが、辺りをうろうろしながら俺の姿を探していた。

 ラジエルが一人きりであることを確かめた俺は、ギーっと悲鳴のように鳴る引き戸を開け放ち外へと飛び出した。


「ラジエル、無事だったか!」


 突然開いたサイロの戸に驚いて、ラジエルは身構える。しかし、そこから飛び出してきたのが俺だと分かると、心底ほっとしたよう大きく息を吐いた。


「ミカエル様……ご無事でよかった……。それで……ハルたちは?」


「あぁ、みんな無事だ」


 そう言うと俺は後ろを振り返る。

 サイロの暗がりから、サキュバスとその横にピタリと寄り添うハルが、辺りを警戒するようにそろりと出てきた。

 彼女たちの姿を見たラジエルは安堵(あんど)した顔を見せたが、ルファの姿がないことに気がつき険しい表情へと変わる。


「複数の高位悪魔の気配を感じたので、大変心配いたしました。その中のひとつはルファでしたか」


 俺は事の成り行きを、今この場でラジエルに説明すべきか迷った。だが、その迷いはすぐに消え去る。



 俺たちの頭上から、また、バサリバサリと羽音が聞こえてきた。

 見上げると、アルゲオネムスの原生林に浮かぶ巨大な満月からやって来たかのように、熾天使ウリエルがふわりと大地に降り立った。


 少し癖のある赤い短髪のウリエルは、俺を見てニコリと笑う。


「あー、いたいた。見つからないと思ったら、ミー君こんなところにいたんだ?」



 出た……元祖『ミー君』



 天界(ヘブン)で唯一俺をこの渾名(あだな)で呼ぶウリエル。俺は顔を引きつらせながら、彼に微笑(ほほえ)み返す。


「ウリエル、すまない」


 謝る俺に、ウリエルは笑顔のまま首を(かし)げた。


「ん? 何のこと?」


「えぇっとだな……」


 自分の予想とずれたウリエルの返答に、俺は困惑しながら説明しようした。だが、それを遮るようにウリエルが先に口を開く。


「あぁ、あれかな? 帰還要請の書簡のこと? 僕のほうこそ、ごめんね。あんな回りくどいことしてさ。ミー君に直接会えばよかったんだよね。まぁ、隠密行動をしているところに、大々的に会うのもどうなのかなぁと思ってさ」


 ラジエルとあまり変わらない身長180㎝のウリエルは、後ろ手に組んだ姿勢で俺の顔を覗き込む。

 ウリエルの口元は確かに笑っていたが、俺の視線とぶつかった垂れた目元はまったくと言ってよいほど笑っていなかった。



 これは、相当ご機嫌斜めだな……。



 俺が何に対して謝罪しているのかを知っているくせに、ウリエルはわざとそこから外れたことを言う。その露骨な嫌味に、俺は内心ウンザリしながらも申し訳なさそうな表情をした。


「いや……そうではなくてだな……」


「あれ? 違う? ふぅーん。じゃぁ、ミー君の隠しごとのほうかな?」


 笑顔のウリエルは屈めた体を起こし、考え込むように首を傾げながら上を見る。



 ホントはわかっているくせに……。



 俺は心の中でつぶやいた。

 ウリエルは俺の心を見透かしたのか、ニヤリとする。


「まぁね、僕もこーんな重大な話をミー君本人からじゃなくて、ラジエルから……しかも、大ごとになってから聞くなんて思ってもみなかったよ。はぁ……、僕、結構ショックだったなー。あ、ラジエルはぜんっぜん悪くないからね?」


 ウリエルは「全然」を強調しながら、横に控えていたラジエルにニコリと微笑んだ。

 ラジエルは顔を強張らせながらも、左手を自分の胸に当て無言のまま一礼する。



 ラジエルも、ここに来るまでに相当絞られたな……。



 以前からラジエルは『無垢の子』の報告を天界(ヘブン)へするべきだと、強く主張していた。それを拒んだのは上官である俺の判断。それを考えると、ラジエルに対し申し訳ない気持ちになる。

 ばつが悪くなった俺は、慌ててウリエルに頭を下げた。


「ほんっとうに申し訳ないっ」


 その姿に満足したのか、ウリエルは(あき)れ気味に笑う。


「相変わらず自由だねぇ、ミー君は。で、一体どうする気?」


 腕を前に組み直したウリエルは、俺の背後にいるハルとサキュバスをチラリと見た。

 俺は振り向きこそしなかったが、彼女たちの視線を背中で感じていた。それだけではなく、ウリエルの横に立つラジエルも、どこか不安げに俺を見ている。


 俺は一度大きく深呼吸してから、ウリエルを見た。


「無垢の子は『神の子』にはしない」


「まぁ、そうだろうね。……で?」


 予想通りの言葉にさほど興味を示さないウリエルは、次の言葉を俺に促す。


「もちろん『悪魔の子』にもさせない」


「へぇ……、で?」


 口元は相変わらず笑みを浮かべているが、ウリエルのたれ眼がわずかに鋭くなった。彼がこの目つきをするときは、相手の出方を見定めるときと決まっている。



 どんなに親しい仲だろうと天界(ヘブン)の中で最も厳格な態度で物事を見るのが、この熾天使ウリエルだった。だからこそ彼は『破壊天使』『懺悔(ざんげ)の天使』と、表面上のへらりとしたイメージとはかけ離れた呼ばれ方をされている。まぁ……俺の職務怠慢には、幾許(いくばく)か目を(つぶ)ってくれてはいるのだが。


 一応、俺も天界(ヘブン)では『最高位天使』と呼ばれている。それに、四大天使の長兄として、わずかばかりのプライドだってある。

 俺は眼光が鋭くなったウリエルに臆することなく、爆弾のような内容を言い放った。


「ルシファーと一時的な休戦協定を結んだんだ」


 ウリエルはもちろんラジエルさえも、予想だにしない俺の言葉をすぐさま理解はできなかったらしい。しばらく沈黙したあと、彼らは同時に声を上げる。


「は? 本気で言っているの?」


「なんですって!?」



 まぁ、その反応になるよな……。



 地獄(ゲヘナ)と協定を結ぶ場合、独断で行うことなど、まずあり得ない。通常ならば、熾天使である四大天使を中心に、智天使と座天使を含めた上位三隊の合議によって決することになる。故に、ウリエルとラジエルの反応は当然だった。

 俺は二人の驚きをよそに話を続ける。


「この協定に立ち会ったのは、そこにいるサキュバスだ」


 そう言って俺は、斜め後ろにいるサキュバスを見た。それに(なら)うように、ウリエルとラジエルもサキュバスへと視線を移す。そして、俺たちに釣られるように、ハルも横にいる彼女を見上げた。

 その場にいる全員の注目を集めたサキュバスは、黒のロングドレスの両裾を広げ、無言のまま少し体を屈めた。

 サキュバスを見ていたウリエルの視線が俺に戻る。


「立ち会ったって、まさか契約(コントラクトゥス)魔法(・マーギア)?」


 眉間にしわを寄せたウリエルに、俺は「あぁ」と短く(うなず)き、右腕を彼の前に突き出した。そしてサキュバスも、ウリエルが目視できるように右手の甲を上に掲げる。すると、俺の腕とサキュバスの手の甲に、光の鎖で描かれたバツ印が浮かび上がった。

 この印は契約(コントラクトゥス)魔法(・マーギア)を行った証であり、ここにはいないルファの右腕にもついている。


 それを見たウリエルは、手で顔を覆い左右に頭を振りながら盛大なため息をついた。


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