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06-3:朱の闇夜

 赤い屋根の家をあとにした俺は、丘陵地の下り坂をパストラルに向けて、猛スピードで駆け下る。


 こんなときに翼を使えたらと思うのだが、それは天使の力の全解放を意味していた。

 翼の力をひとたび使えば、天界(ヘブン)地獄(ゲヘナ)はもとより近くにいる天使や悪魔にも、熾天使である俺の居場所を知られてしまう。

 現状が分からない今、ハルの身の安全を考えると、翼の力を使うことはできなかった。

 それに、本来、俺やラジエルは大々的に人間界で活動するような階級の天使ではない。



 天使は各階級により、厳格にその役割が決まっている。

 ヒトとの関わりが深く、彼らの最も身近な存在である天使は『権天使』『大天使』『天使』からなる下位三隊と呼ばれる階級だ。

 俺やラジエルの階級は上位三隊と呼ばれ、『熾天使』『智天使』『座天使』からなる。この階級は、世界という大局を見定める必要があるため、ヒトとは一定の距離を置いていた。


 つまり……上位三隊の最下級である座天使のラジエルが、翼の力を解放してサキュバスと対峙(たいじ)したときでさえ、人間界ではとんでもなく異例な出来事だったといえる。



 あのあと、ラジエルだけ天界(ヘブン)へ大急ぎで戻って、うまいこと取り繕ったんだったな……。ん? あれ? そういえば……。



 ラジエルとサキュバス以外に力を解放した人物がいた……。そうだ、ルファだ。


 悪魔の主な活動領域は人間界だ。そのため、高位悪魔であっても翼の力を解放することに、さほどの違和感はない。

 問題はそのタイミングと場所。

 座天使のラジエルが力を解放しサキュバスと剣を交える直前で、魔王ルシファーであるルファが同じ場所でその力を使っている。


「これ……やばくないか?」


 俺の中で嫌な予感がふつふつと沸き上がってくる。

 ルファたちの力の解放と今起こっている戦闘行為、この二つが無関係だとは思えなくなってきた。


 ドン、ドンと、相変わらず耳をつんざく爆音が鳴り響く。加えて、丘陵地を下れば下るほど火薬と焦げた臭いが鼻についてきた。

 俺は周囲にヒトの目がないのをよいことに、その速度をさらに上げて丘陵地の道を駆け抜けた。



*  *  *



 丘陵地からパストラルへと続く街道に出た俺は、たくさんのヒトや荷馬車などで(あふ)れかえっている様子に驚く。そこにいる誰しもが恐怖と混乱で顔を引きつらせ、一刻も早く町から離れたがっているように見えた。

 街道に溢れる群衆の中から、俺は一人の男を捕まえる。


「何があった!?」


 大きな荷物を背負ったその男は引きつった顔で俺を見た。


「カっカバンティアから、突然、大勢の山賊が攻めてきたんだよっ!」


 男は半ば叫ぶように言うと、彼の腕を(つか)んでいた俺の手を振り払い、再びヒトの群れへと飲み込まれていく。


「カバンティア……」


 俺は眉をひそめてパストラルの町の方へ顔を向けた。



 カバンティアは、パストラル北部の奥深くにある山岳地帯の地名だ。ゴツゴツとした岩肌が多く、高地特有の厳しい気象条件も重なり、作物を育てるには不向きな土地だった。

 ヒトが住むには過酷とも思える地域だが、いくつかの小さな村が点在している。

 そこでは山羊を飼育し、加工した皮や乳製品をパストラルや隣国リステアへ売ることで何とか生計を立てていた。

 だが、その貧しい暮らしに嫌気がさし、山賊となる者があとを絶たず、カバンティアは治安の悪い地域として有名だった。


 カバンティアの山賊たちは、複数の小グループがいくつも存在している。やつらは、山岳地帯へ入った旅人や商人を襲っては金品を強奪していた。

 もともと縄張り意識の高い民族であるため、山賊それぞれのグループは互いを敵視し、協力関係は皆無なはずだった。

 それにもかかわらず、『大勢の山賊が攻めてきた』とはどういうことだ? 俺は首をひねる。


 パストラルほどの規模の町には、治安を維持する自警団があった。兵士という扱いではないが、彼らは剣や銃の扱いに長け、武器も豊富にそろえている。

 そんな町をカバンティアの山賊が襲うなんて、自殺行為としか思えない。



 何かがおかしい……。



 俺は焦る気持ちを抑えながら、街道に溢れるヒトの群れに逆らいパストラルへと入って行った。



 パストラルは、大聖堂を中心に町並みが()円状に広がっていた。その町並みを十字に分かつように大通りが造られている。

 一番大きな通りは東西に延びる道で、大聖堂のそばにある町の主要機関を丸く囲いながら町を貫いていた。

 町の中心から縦に延びる南北の道は、北はカバンティアへと続き、南は放牧地とその先に広がるアルゲオネムスと呼ばれる原生林へと続いている。

 そして、大聖堂の北側には自警団本部があり、町の北東と南西に自警団の支部が置かれていた。



 俺は、西側からパストラルの町へと入る。

 いつもなら陽気な音楽と笑い声が満ちている町は、その様相が一変していた。


 まるで雪崩のように押し寄せる人々は、皆、一定の方向からこちらへと逃げてきている。その方向を頭の中にある町の地図と照らし合わせると、山賊たちは町の東側から襲ってきたと推測できた。

 そして、東へ行けば行くほど、火薬の臭いだけではなく木材と生き物の焼け焦げた臭いが、俺の鼻に(まと)わりついた。

 上を見ると、建物と建物の間から(のぞ)く濃紺の夜空が、大量の黒煙とともに舞う朱色の火の粉で汚染されている。

 あの方向は、確か住宅街だったはずだ。


「あいつら、民家に火を放ったのか……」


 朱色の夜空を見上げながら、俺はギリリと歯を(きし)ませる。



 ヒトの流れに逆らいながら、俺は町の大通りをさらに東側へと向かった。

 町の中心部、大聖堂の塔の一部とその手前に立つ行政府の建物が見えてくる。そこから通りを一本挟んだ向かい側に、俺たちが滞在していた宿があった。

 そこからさらに東側は火の手が回っているようで、辺りは煙が充満し霧のように視界が悪くなっていた。

 俺は口と鼻に服の袖をあてがい、宿へと急ぐ。


 宿へと辿(たど)り着いたちょうどそのとき、火の手がまだ回っていない宿の入口から、見知った顔の主と彼の妻である女主人が、持てるだけの家財道具を手にして出てきた。


「主! 大丈夫か!?」


 急に俺に声をかけられた宿の主は体をビクリと跳ね上げ、手にした荷物をドサリと落とした。


「えっエクノールの旦那様!? ごっご無事でしたか!!」


 そう言いながらも、主は中腰になって落とした荷物を慌てて拾う。

 俺はそんな彼の肩を掴み、無理やりこちらを向かせた。


「宿にはオデリオ(*ラジエルの偽名)がいたはずだ! 彼はどうした!?」


「え? おっオデリオ様?」


 目をキョロキョロと泳がせながら主は思い返そうとする。だが、混乱しているのかなかなか答えられない。

 俺は逸る気持ちを抑えながらも主の答えを待った。そのとき、まごつく主を見兼ねた女主人が、彼の頭をバシリと(たた)く。

 あまりの出来事に一瞬時が止まった俺と主は、目を見開いて女主人の顔を見た。


「しっかりおしよ、アンタ!」


 そう言って主を一喝すると、女主人は俺のほうを向く。


「旦那様、オデリオ様でしたら、騒ぎが起こった直後に町の東側へ向かわれましたよ。ですが、あちらはすでに火の海です。西側へ早くお逃げになったほうがようございます!」


 俺は女主人に頷いた。


「分かった。引き留めてすまない。あなたたちは気をつけて逃げるんだ。さあ行って!」



 大荷物を抱えて西へと逃げる宿の夫婦を見送った俺は、パストラルの東へと体を向ける。すると、宿の向かいの建物付近から怒鳴り声が聞こえてきた。


「町に火を放て! 盗れる物はすべて奪い取るんだっ! 女子供でも容赦するんじゃねぇぞ!!」


 その声に呼応するように、複数の男たちの「おぉーっ!!」という(とき)の声が辺りに響く。

 俺は反射的に声のするほうへと走り出そうとした――が、次の瞬間、誰かに腕を掴まれた俺は、宿に隣接する建物の陰へと引きずり込まれてしまった。


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