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41-2:覚醒

 壇上のウリエルは翼を広げると、床を勢いよく蹴り、ルシフェルの真横まで一瞬で詰め寄った。間髪を容れずに紅蓮(ぐれん)の剣を右上に大きく振り上げると、彼女を目掛けて斜めから一気に振り下ろす。

 しかしルシフェルは体をわずかに傾け、ウリエルの剣をスルリと避けた。と同時に、体勢を崩したウリエルの胴体を目掛け、右手で作り出した黒みがかった深い紫色の球体を解き放つ。


 バウゥゥン!


 近距離で放たれたルシフェルの魔力とウリエルとの間で爆発が起こり、辺りが淡いねずみ色の煙に包まれた。


「ウリエル様!!」


 観客席にいる能天使たちが、悲鳴のように口々と叫ぶ。

 その金切り声が途切れる前に、左腕に青緑色の盾を作り出したウリエルが、煙の中から飛び出してきた。

 彼の盾が、見る間に鋭い剣の形へと変化する。右手の紅蓮の剣と交差させたウリエルは、ルシフェルとの距離を瞬く間に詰めた。

 斜交(はすか)いに構えた彼の剣がルシフェルの体を捉える寸前、両者の間に青紫色の半透明の防御壁が生まれる。


 ギギギギギ……。


 ルシフェルを切り刻もうとしたウリエルの剣は、金属が擦れる耳障りな音を立てながら、彼女が作り出した防御壁に阻まれた。

 ウリエルは、二つの剣にさらに魔力を注ぎ、結界の先へと押し込もうとする。

 壁の内側にいるルシフェルはニヤリと笑うと、手のひらを上に向けた右手を素早く振り上げた。

 それを見たウリエルが、交差する二つの剣を反射的に自分の体へ引き寄せる。その刹那、両者を分かつ防御壁が消え、鎌で切り裂くような五本の空気の刃が彼を襲った。


「くっ……」


 ウリエルは、間一髪のところでルシフェルの攻撃を受け止める。だがそれもつかの間、ルシフェルは体を捻ると、ウリエルの脇腹に勢いよく蹴りを入れた。


「!!」


 対処が遅れたウリエルは、ルシフェルの攻撃をまともに喰らう。

 彼の体は、壇上にいる俺とガブリエルの間を物凄い速さで横切り、床にめり込みながら倒れた。その衝撃による床の亀裂が、壇上の背後にあるモニュメントにまで到達する。

 天界(ヘブン)を象徴する両翼を広げた白いモニュメントは、その片翼が引き千切られるように、ガラガラと音を立てながら崩れ落ちた。


「兄様!!」


 床にめり込んだウリエルのもとへ、ラファエルが一目散に駆け寄った。

 騒めいていた場内は、ピクリとも動かないウリエルの姿を見て、息をのむように静まり返る。


 ルシフェルは壇上にいる俺たちを一瞥(いちべつ)すると、足元にいるハンネスを見下ろした。


「ひっ……」


 目が合ったハンネスは、炎でただれた赤黒い顔を引きつらせる。

 それを見たルシフェルは、さも嬉しそうな顔で身を屈めた。


「しっ……仕方……仕方なかった……んだ……」


 恐怖で声が出ないのか、絶え入るような声でハンネスが言う。

 ルシフェルは笑みを浮かべたまま何も答えず、上半身をわずかに起こしていたハンネスの脇で両膝をついた。


「ゆる……許してくれ……」


 恐怖の表情が色濃くなるハンネスが、震えた声でルシフェルに許しを請う。

 しかし微笑(ほほえ)むだけのルシフェルは、彼の肩に左手を添えると、その体を勢いよく床へと押し付けた。


「ぐっ……」


 加減する気がないのか、押さえつけているルシフェルの手がハンネスの肩にめり込んでいく。ついには、彼女の手の形に合わせ、ハンネスの肩が柔らかな果実のようにつぶれ始めた。


「うわぁっぁぁぁっぁぁっ!!」


 ハンネスの絶叫が、闘技場に響き渡る。

 俺は反射的に、ガブリエルに向かって叫んだ。


「俺の拘束を解け! ガブリエル!!」


 天使の性というやつだろう。拘束を解かれたあとのことなんて、何も考えていなかった。

 ただこれ以上、この惨劇の傍観者でいたくはなかった。何より、俺の目の前で、ルシフェルがヒトの魂を喰うところなんて、絶対に見たくない。


 だが、茫然(ぼうぜん)とするガブリエルは、俺のほうを見るだけで固まったように動かない。


「ガブリエル!!」


 再度叫ぶと、ガブリエルはわれに返り、急いで俺のもとへと駆け寄ってきた。

 だがそのとき、闘技場の中央にある舞台から「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ」という甲高い悲鳴が聞こえてくる。

 俺もガブリエルも、ほとんど同時にそちらへと顔を向けた。



 俺の目に映ったのは、ハンネスの体から抜き取った金色の球体を、周囲に見せつけるように高々と上へ掲げるルシフェルの姿だった。


 悪魔がヒトの魂を喰うと、その魂は地獄(ゲヘナ)の最下層に縛り付けられ、新たな命へ生まれ変わることは(かな)わなくなる。

 ルシフェルは今まさに、ハンネスの魂を地獄(ゲヘナ)へ堕とそうとしていた。


「ルシフェル! やめろ!」


 そう叫ぶ俺を横目で見たルシフェルは、薄っすらと笑みを浮かべた。

 わが子のように慈しんでいたハルを失い、あいつは気が狂れたのだろうか? ルシフェルの(ゆが)んだ笑みは、もはや俺が知っているものではなかった。


 ルシフェルは、これ見よがしに掲げたハンネスの魂をゆっくりと口へ運ぶ。

 俺は慌てて両手を突き出し、ガブリエルに向かって怒鳴った。


「ガブリエル! 早くこれを外せ!!」


 目を見開いてルシフェルを見ていたガブリエルは、苦々しい表情になりながら俺の前で両膝をついた。そして翼を広げ、俺の手首にはめられた魔力を封じる光のリングに触れる。


 ニヤリと笑ったルシフェルは、焦る俺たちを挑発するかのように、光り輝くハンネスの魂に口づけをした。


「ルシフェル……やめてくれ……」


 ガブリエルの肩越しに彼女の姿を見る俺は、自分の中から(あふ)れ出てくる恐怖を追い出すように、体を大きく上下に動かして深い呼吸を何度もする。そして、一向にリングが外れない苛立ちを、ガブリエルへぶつけた。


「ガブリエル!!」


「今やっている!!」


 最高位天使である俺の魔力を封じるため、特別な術を何重にも施された光のリング。ガブリエルは、それを一つひとつ解いていた。

 最後の術がやっと解けると、光のリングが俺の手首から消え去る。床に(ひざまず)いていた俺は、ガブリエルの肩を(つか)んで立ち上がると同時に、六枚の純白の翼を広げた。


 しかしルシフェルは、まるでそれを待っていたかのように、口角を醜く上げる。そして、鋭い犬歯が見えるほどに大きく口を開けると、彼女の右手に握られたハンネスの魂にガブリと(かじ)り付いた。


「ルシフェぇぇぇル!」


 俺は力の限り叫ぶ。『あの時』と同じように。

 ルシフェルも『あの時』と同じよう微笑んでいた。いや、違う。ハンネスの魂を喰らう恍惚(こうこつ)とした微笑みは、醜い悪魔そのものだった……。

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