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絶空のカーバンクル  作者: 相羽止
2/2

 大きな緑のリングが2つ。二重の円が、変わりばえしない大空の風姿を飾っていた。

 可視光では無邪気に遊ぶ親子鳥に見えるかもしれない。しかし彼らの感覚を覗けば、円の中心からもたらされる電磁の幹線が映っただろう。

 漫然と周回しているわけではない。巣に帰るために、着地可能な速度まで減じる運動である。それは秘境に迷った少女にも分かった。


"ねえ、どこに向かっているの?"


「そりゃあ街さ。僕の家だよ。タラクサカムってところさ」


 ジャクルの視覚にも芥子粒のようにしか映らない点が、回転するごとに拡大していく。徐々にその形が透視できるようになる。


 水滴。大地から伸びた新芽に萌える木の葉に、一滴の水が付いているようであった。

 中央が下に膨らんだ浮遊する土台の上に、涙滴型のドームが乗っている。比べるもののない成層上ゆえに縮尺がつかめないが、少なくとも街というだけの規模はあるようであった。都市の底、中央付近の最下端から管が垂れ、暗雲渦巻く対流圏に接している。


 回転の半径を狭めていき、都市が見上げる大きさになる。透明なドームの中には植物が繁茂して、その間に押し込まれたように腎臓の建築がはみ出していた。ジャクル達の他にも、青や黄色の飛翔体が出入りしている。ドームの下、灰色の浮遊構造体に開いた穴に向けてその身をひるがえした。


 すでに音速以下まで速度を落としていたが、それでも着地するには勢いがつきすぎている。機体を少し下方へ傾けて着地の準備。

 腹に石が乗ったような重さ。空気が濃くなっている。標準大気圧下では風船ばりに飛んで行ってしまう紅蜂を押さえつけて、壁に激突しないよう飛ぶ。


 機体の腹から鉤爪が伸び、空中に張っていたワイヤーにかかった。高度ががくんと下がり、次いで頭が上がったために上向いた揚力によってふわりと上昇。あたりに人がたむろする頃には、蜘蛛の糸に止まった綿毛のように、空中でふらふらと揺れていた。

 密度的には本来浮かんだままのはずであったが、何故だか段々と沈んでいっている。真っ青な服を着た整備員たちが不思議に思い集まってきた。


 機体上部の切れ目なく続く外板が脈絡なく開き、中から赤い布に銀の刺繍が入った人型が出てくる。

少年、ジャクルは投げ矢のような細さの上に腹ばいになり、自身以上に真っ赤な愛機の中に腕を突っ込む。空気より軽やかな蜂に乗った重石を、気合と共に引きずり出した。


「ぷは!」


 銀の笛が声を奏でた。辺りにいた全員が目と耳を疑う。一人で出動したはずの飛翔士が2人になって帰って来た。内分泌系から遺伝子までくまなく改造された飛翔士にも、分裂増殖はできないはずであるが。


 そんな声なき疑問が満ちるのも知らず、ジャクルは格納庫の床に飛び降りる。少女が続くのを待つが、小型の飛翔体とはいえ直径は2m弱。少し浮いている分を含めれば3mの高さは、訓練を受けていないものには辛い段差だ。


 大気の粘性を流すための、微細な凹凸がついた円筒につかまる。全身でくっついて身体を伸ばし、足をつけようと無駄な努力を試みる少女。ワンピースの裾を蹴って落下速度を殺そうとする様は子鴨のようで可愛らしい。

だがジャクルからすれば、まどろっこしい事この上ない動作だ。


「そんなにひっつかないでほしいな。手脂を洗うのは僕なんだぜ」


 少女の腰を両手で掴むと、機体からはがし降ろした。ひゃあ、と、情けなくも美少女の特権で聞こえの良い悲鳴を上げてへたり込む。

 

 さすがにこの無礼は看過できなかったか、切なげに下がった白い眉を吊り上げて睨む。しかしジャクルの方は、妙なものに触ったように自分の手を見つめるだけであった。

 その様子に少女が冷静さを取り戻す。彼女は異邦人なのだ。どこかに少年が怪しむ要素があったかと、恐れに身をすくませた。

しばし目をつむっていた少年は、判決を告げる裁判長の厳然たる声音で告げる。


「君すごい重いね!とんでもなく重い。何を食べたらそんなになるんだい?重元素?」


 少女はその言葉が意味する事をしばらく沈思黙考する。充分に噛み砕き、自らと彼の立場を勘案した上で、なすべきことを行動に移した。

 即ち脚から背中にいたるバネを駆動して接近。腰の捻転を肩肘の関節で加速し、白魚のような指も美しい繊手を打ち込んだのであった。教本にでも載りそうな完璧な平手打ちである。


 ジャクルの体軸は270度傾きながら2m半吹っ飛び、首から滑走。着地した。

 少女が正気を取り戻すと、ジャクルは日向ぼっこをする爬虫類のように床に横たわっていた。野生の肉食獣に当てる視線が彼女にそそがれる。



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