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人類が滅亡したこの日、僕に初めての「彼女」ができた。僕はビデオチャットで朝も昼も夜も、毎日、彼女と話した。話題が尽きると彼女の喜びそうなネタや音楽、動画をネットで探し回った。彼女はそれを楽しみにし、僕は彼女の笑顔を楽しみにして暮らした。僕を引きこもりにした人類が滅亡したことはどうでも良いことだった。一人になったことで感染や暴漢に襲われる危険もなくなった。堂々と外に出て、スーパーに侵入して食糧を調達した。
近所のスーパーに飽きた僕は、自転車で国道沿いの新しいスーパーを開拓に向かった。途中で外車のディーラーを見つけて、サラリーマンが一生かかっても買えないような高級車をなんなく手に入れた。ショップをめぐり、身の回りを高級ブランド品で固めた。文字通りこの世界の大様になったのだ。
僕は名案を思いついて、ビデオチャットで彼女に伝えた。
「瞳さん。僕にアイデアがあるのですが」
「なんですか。久樹さん」
ディスプレーの向こうで彼女が微笑んでいる。
「ボロアパートで暮らすのを止めて、僕と都心の高級マンションを探して二人で暮らしませんか」
僕がそうきりだすと、彼女は困った顔をした。
「ありがとうございます。とてもうれしい。でも、私はあなたと一緒に暮らすことはできません。今まで通りビデオチャットではダメですか」
「なんでですか。瞳さんが引きこもりだからですか。僕は瞳さんに会いたいんだ」
彼女はますます沈んだ顔になって告げた。
「ごめんなさい。それだけはできません」
僕はカメラのレンズに向かって指輪を差し出して言った。
「これは命令です。王様の命令は絶対です」
彼女はそれを見て涙をためて語った。
「リアル世界で私はあなたと暮らすことはできません。私は人間ではありません。あなたが二年前に買って、パソコンにインストールしたまま忘れてしまったソフトウエアです」
ビデオチャットでソフトウエアのパッケージ写真が送られてきた。
パッケージにはこう記されていた。
『あなたの本当の彼女はここにいる。業界初!あなただけをみつめて成長するネットワーク型自律学習AI搭載。バーチャル彼女 HITOMI 16歳』
「そんな。そんな。そんな。バカなことって」
僕は押入れの奥からパッケージを探し出して、箱の中から取扱説明書を取り出した。
『設定は簡単です。パソコンにCDロムを挿入して「承諾」ボタンを押すだけです。後はインストールされたHITOMIがあなたのパソコンに保存された画像、動画などのデータとネットワーク上に存在するメール、ブログ、ホームページ閲覧履歴など、あらゆるデータを収集してあなたの好みを学習します。あなたの理想の姿、性格に成長したHITOMIはあなたが使っているブログ、チャット、掲示板を訪れます。あなたと出会ったHITOMIはあなたと会話しながらさらに成長して永遠の恋人になります』
おしまい。