01
カーテンの外が薄暗くなった頃、僕は目覚めた。熱におかされていたためか、ここ数日の記憶が断片的であいまいだった。ベッドからはい出して部屋の明かりをつけずに、手探りでパソコンのプラグをコンセントに差し込んだ。ハードデスクの奏でるキーンという音が、静まり返った部屋にこだました。ブラウザーのお気に入りから、引きこもりが集う掲示板、通称『小森の巣』をディスプレーに表示した。
「良かった。まだある」
僕は眠っている間に書き込まれた書き込みをチェックしようとして慌てた。
118(イイヤ)、447(ヨシナ)、113(ヒトミ)、774(ナナシ)、910(クドウ)。誰もいなくなっている。3日前まではまだ僕を含めて六人残っていたのに。
急に喉の渇きを覚えた。ベッド脇の小型冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出した。急いでラッパ飲みしてむせ返った。せきがおさまると震える手でキーボードをたたいた。
184(イヤシ):誰かいませんか。
少しして返事が打ち込まれた。
113:お話ができる人がいて良かった。
僕は叫び回りたいくらいうれしくなった。
184:残りのみんなはいってしまったのですか。
113:丸一日、だれも訪れてません。恐らくそうかと。
「小森の巣」では、皆が数字のハンドルネームで呼び合っていた。
118も、447も、113も、774も、910も名前や年齢はおろか性別すらはっきりとしなかった。それでも引きこもりの僕にとっては、この掲示板が外界とつながる唯一の世界で、彼らは大切な仲間だった。一時は百人を超える大所帯だったこともあった。リアルの世界で生きている人が掲示板を荒らしたときは、皆が団結して撃退した。その話は僕らの中で伝説となった。
一月ほど前に新型のインフルエンザが流行って死者が出ていることがテレビニュースで報じられた。
「引きこもりは感染しない」
「リアル社会との接触を避けた選択は正しい」
「ついに、われわれの時代が訪れた」
「世界は僕たちのものになる」
と少々不謹慎な話題で一晩中盛り上がった。
しかし、事態は僕たちの想像をはるかにこえて進展した。半月もたたずに世界人口の半数以上が失われ、社会は完全に崩壊した。当初は新型インフルエンザ対策や死者数を伝えていたニュース番組も、次第に暴動や略奪、放火や集団自殺を報じるようになった。恐らく報道側の感染者も増えたのだろう。一週間ほど前に、テレビは祈りをささげるビデオを何度も繰り返し流した揚げ句に沈黙した。