表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哀れな堕天使  作者: 弘美
25/40

25

 実家に着くと母が出迎えてくれた。

「あんた、遅かったじゃない。どこで道草食ってたの」

「ショッピングモールで買い物してから行くって言ったじゃないの」

 玄関に洋服と化粧品が入っている大きな紙袋とバッグを置く。

 母はそれを興味深そうに(のぞ)き込む。

「あらそうだった? まぁとりあえずいいから上がりなさいよ。夏美(なつみ)ももう来てるわよ」

 夏美とは私の五歳上の姉だ。

「あぁ、うん。お母さんこれ、うちの店のどら焼き」

「あら、買ってきてくれたの? ありがとう」

 母はそう言って、どら焼きが入った袋を持って忙しそうに奥へ引っ込んでいった。

 母に正月の挨拶をしそびれたが、まぁいいか。と思い直す。

 靴とコートを脱いで居間に入ると、姉夫婦がいた。

「明けましておめでとうございます」

 今度こそ、きちんと正月のお決まりの挨拶をする。それに対し、義兄はにこやかに返してくれた。義兄の隣では姉がソファーですっかりくつろいでいる。

「ふふふ。明けましておめでとう。元気だった?」

 そう尋ねてきた姉を、私は思わずじっと見る。以前よりも胴の辺りが少しふっくらしたような気がした。

「うん。お姉ちゃん、そのお腹、もしかして」

「うん。今、六ヶ月なの。五月に生まれる予定よ」

 つわりが終わって安定期に入り、(おだ)やかに妊婦生活を送っているようだ。

「時々動くのよー」

 なんて言いながら、姉は嬉しそうにお腹を撫でて見せる。

絵里(えり)。あんたもそろそろ良い話はないの?」

「良い話って?」

「その話は後にして、仏壇(ぶつだん)にお参りしなさい」

 父の声と共に、開け放たれた隣の和室から父が姿を覗かせた。今日も父の眉間(みけん)には深いシワが刻まれている。

「あ、お父さん。明けましておめでとうございます」

 父は「おぅ」と短く返事する。

 言われた通りに、私は和室にある仏壇に線香をあげてお参りをすませた。仏壇には私が持ってきたどら焼きが菓子皿に乗せられて、(すで)にお供えされていた。

「絵里。ちょっとこっち来て手伝ってくれる。夏美は座ってなさい」

 今度は母に呼ばれてキッチンへ行き、居間に置かれたテーブルに料理やお皿を運ぶ。今日はすき焼きらしい。

 準備を終えて席に着き、父が簡単に乾杯の音頭をとった。もちろん姉はオレンジジュースで、姉以外は皆缶ビールだ。

 すき焼き鍋にはたくさんの具材がグツグツとひしめき合っていて、いい匂いがプ~ンと(ただよ)っている。めったに口に入らない牛肉に、次々と箸がすすんだ。

 甘じょっぱい味のついた熱々の牛肉や春菊、白滝を、とき卵に絡めて食べるのが最高に美味しい。

 ビールとの相性も良い。日本酒よりも梅酒の酎ハイよりも、すき焼きにはビールが一番合う。

 手元の缶ビールの中身は順調に減っていった。

 すき焼きの肉も大方無くなった頃、横にいた姉が私に尋ねた。

「今日は泊まっていかないの?」

「明日予定があるのよ」

 そう言い、缶ビールの残りの中身をグイッと一気に飲み干す。

「もしかして、彼氏できた?」

「まぁ、うん」

 明日は八木(やぎ)と初詣に行く約束をしていた。

 話を聞いていたのか、ここで母が話に加わる。

「なんだ、やっぱりいるんじゃないの。今度うちに連れてきなさいよ」

「付き合い始めたばかりだから、まだ全然そういう感じじゃないのよ」

 母は残念そうに「あらそうなの」と言って、鍋に残っている具材に箸を延ばす。

「でもさぁ」

 と姉は私の身体に上から下まで視線を往復させながら、しみじみとしたように言った。

「あんなに洒落(しゃれ)()の無かった絵里がこうも変わるんだから、たいした進歩よねぇ」

 これに母は素早く反応する。

「そうそう。去年のお盆の時なんて、お父さんポカーンて顔してあんたを見てたの覚えてる?」

 可笑(おか)しそうに賛同する母を見て、姉はその時の父の顔を思い出したようにころころと笑った。

「あはは。その時は彼氏いなかったのよね?」

 姉にそう訊かれ、私はチラリと父の顔を見た。

 父は眉間のシワはそのままに、義兄と世間話をしていてこちらの話は聞いてないようだ。

「あー面倒だから言わなかったけど、あの時は前の彼氏と別れたばかりだったのよ」

 もちろん河村のことだ。話すきっかけがつかめなくて、彼と付き合っていたことは家族に話していなかったのだ。

 話はそこで途切れ、私は缶ビールをもう一本開けて喉に流し込んだ。

「そう言えば、去年の九月の連休だったかしら。紗英(さえ)ちゃんに会ったわよ」

 母が言った。

「ああ、私も会って一緒に御飯食べたのよ」

「なんか、すっかりキレイなお姉さんになっちゃって。まぁ、元々キレイな子だったけど」

「なんか言ってた?」

「ううん。これから東京に戻るところですって言って、すぐ行っちゃったのよ」

 そう言って母は一旦言葉を切り、一転して詰問(きつもん)口調になった。

「あんたはあんたで、いろいろ服とか化粧品とか高そうなの買ってるようだけど、大丈夫なの? ちゃんとやりくりできてるの?」

 いきなり問い詰められ、心の中でうんざりする。だが、母の心配症は昔からだ。これくらいのお小言は慣れている。

 うるさい。面倒臭い。もう子供じゃないんだから、お金くらい好きに使わせてくれてもいいではないか。

 そう心の中で本音を繰り広げるが、もちろん口には出さない。

「大丈夫よ。それに、そんなに高くないし」

「今日も色々買ったのがあそこに置いてあるけど」

 と言って、部屋の隅に置いてある大きな紙袋へ視線を送る。ショッピングモールで買い物したものが入っている紙袋だ。

「あぁ、あれは三月にある友達の結婚式に着る服とか買ったのよ」

「あら、友達って誰が結婚するの?」

 母の口調がほんの少し(やわ)らいだ。

「大学の時の友達。お母さんは多分知らないわ」

「あらそう。まぁそういうことなら仕方ないわね」

 母はいかにも不本意そうな顔を作って引き下がる。

 私と母の会話を聞いていた姉が、まぁまぁと言うように母を(なだ)めた。

「いいじゃない、お母さん。今の若い子はこんなもんよ。前の絵里がいろいろと無頓着(むとんちゃく)過ぎたのよ」

「それにしたって……もしかしたら絵里は、紗英ちゃんみたくなろうとしてるんじゃないかと、母さん思って――」

「あのね。どーゆう意味」

 考えるよりも先に言葉が出ていた。

 聞き捨てならない母の意外な言動に、何故(なぜ)か胸がザワザワした。

「だって……」

「私が紗英ちゃんの真似事してるとでも言いたいの?」

「いや、そんな……」

 返答に困って言葉に詰まる母に助け船を出したのは、父だった。

「絵里。母さんはお前にもお前の良さがあるんだから、それを忘れるなと言いたいんだと思うぞ」

 いつから父はこちらの話を聞いていたのだろう。だが、今はそんなことはどうでもいい。

「私は別に紗英ちゃんの真似事してるわけじゃないわ。私には私の事情があるの。(ただ)それだけ」

 そうだ。自分の思い描く将来の為に、そこに向かって努力をした結果が今の自分なのだ。いくら親でもそれを否定していいはずがない。それに、八木のように、そういう私を好きだと言ってくれる男はちゃんといるのだ。

 私は気持ちを落ち着かせるように、缶ビールをごくごくと飲み込んだ。だが少し(ぬる)い。

 その場の誰もが声を発しないまま、(しば)し無言の時間が流れる。

 最初に沈黙を破ったのは母だった。

「ごめん。ちょっと言い方が悪かったわ」

 母はぽつりと言った。

「キレイになるのが悪いと言いたいわけではないのよ? でも、あんたのその変わりようといい、着てる服とか持ってるバッグとか見て、なんか心配になっちゃったのよ」

「別に誰にも迷惑かけてないじゃない。心配しすぎよ」

 すかさず私が言い返すと、母は「そ~お?」と言い、それきり黙ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ