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哀れな堕天使  作者: 弘美
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 私が勤めている菓子店は年末年始も通常営業しており、元旦の今日は普段よりも若干客の入りが多い。そんな中、非番である菊池多江(きくちたえ)が客として訪れた。

相田(あいだ)さん、明けましておめでとうございます」

「あ、おめでとうございます。あれ? 菊池さん、今日はどうしたんですか?」

「実家への手土産を買いにきたの。忙しいとこ申し訳ないけど、そこのどら焼きを五個お願いしていいかしら」

 彼女は忘年会の帰りに話した時よりも、私とはくだけた口調で話すようになっていた。

 私は(こころよ)く承諾する。どら焼きを入れた紙袋を(さら)にビニール袋に入れ、代金を受け取った。

「はい、どうぞ」

 どら焼きが入った袋を手渡すと、彼女の後ろから黄色いものが見えていることに気づいた。

 黄色い野球帽をかぶった小さな男の子が、彼女の後ろに隠れていたのだ。男の子は彼女の陰から顔だけ出して、こちらを見ている。

「もしかして、菊池さんのお子さんですか?」

「そうなの。ほら、このお姉さんにこんにちはって」

「こんにちは」

 照れているのか、男の子はそれだけを言って口をへの字にすると、今度は完全に彼女の陰に隠れた。

「こんにちは。ふふふ。可愛いですね」

「もう、この子人見知りしちゃうのよ」

 彼女は苦笑いの表情をこちらに向けながら、手は後ろの子供の頭を撫でて器用にあやす。一緒に仕事をしている時には見ることのない、彼女の母親としての姿がそこにあった。

「じゃあ、もう行きますので。今年もよろしくお願いします」

 他の社員にも軽く挨拶をして、菊池多江は子供の手を引きながら店を出ていく。

 出ていく間際(まぎわ)に、男の子がこちらをパッと振り向いたので、私は手を振ってみた。すると、男の子も小さな手で振り返してくれた。




 大晦日と元旦が出勤の代わりに、二日と三日を休みにしてもらっていた。

 やっと休みに入り、今日は実家に顔を出すことになっている。昼過ぎくらいに行く予定だったが、私はそれよりもかなり早い時間にアパートを出た。

 目的は実家へ行く途中にあるショッピングモールの初売りだ。様々な店舗が並ぶショッピングモールは、自分と同じような買い物客でにぎわい、私は洋服と化粧品を購入した。

 その後、少し休憩してから実家へ向かおうと、通路脇に置かれている長椅子に荷物を置いて休んでいた時のことだ。職場から離れたこんなところで、私は意外な人物を見かけたのだった。

「お父さん!」

 少し離れた場所から、かん高い子供の声が私の耳を打った。男の子の声だ。

 声がした方を向くが、大きな柱の陰になって見えない。長椅子に座ったまま、身体を少しずらして身を乗り出すようにすると、小さな黄色い野球帽が視界に入った。昨日会ったばかりの、菊池多江の子供がかぶっていた帽子とよく似ている。

 男の子は父親らしき男にじゃれつくように抱きつき、嬉しそうに手を(つな)いでどこかへ歩いていった。

 その逆の方向には、子供の様子を心配そうに見送る菊池多江の姿が、ここからすぐ見える場所にあったのだった。

 父親らしき男と歩いていったあの男の子は、彼女の子供だろう。彼女は離婚しているシングルマザーだ。

 見てはいけないものを見てしまった、と言うのだろうか。月に一度か二度の決められた回数を、離ればなれになった父親と子供が面会する場面に、おそらく私は出くわしたのだ。

 気まずいところに居合(いあ)わせたものだ。なんとなく声を掛けられる空気ではないのを察して、私は知らないふりを決め込んだ。

 柱の陰に隠れ、彼女の方を見ないように私は顔を反対側に向けた。そのおかげだろうか、彼女は私に気付くことなくいなくなっていた。

 気付かれなかったことに安堵(あんど)する。同時に、後味の悪さが胸に残った。

 子供の小さな背中を心配そうに見詰める菊池多江の表情は、少し寂しそうにも見えた。

 そんな嫌な現実を見せつけられ、私はつい感傷的(かんしょうてき)な気分になったのだった。


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