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それぞれ個々の思惑を秘めながら会話を楽しむ。
実は、合コンなんぞというものに参加したのは初めての経験だった。
職場は店長と主任以外は全員女。家では父親以外に男がいない家族構成。しかも男友達のいない私は、こういうものにでも参加しないと、同年代の男と話す機会など無かったのだ。
「合コン」という三文字だけで、この場にいる目的は開けっ広げに晒されているも同然だ。異性と話したい。彼氏が欲しい。彼女が欲しい。あわよくば今夜……と、企む男もいるかもしれない。
このような、甘くねっとりとした雰囲気に飲み込まれていくと、それまでなんとなく感じていた気恥ずかしさが、頭の奥の方へ引っ込んでいくのだろうか。
この場にいる目的を、誰もが明け透けに口にはしない。だが、気がつくと狙った獲物の隣に、いつのまにか皆しっかりと陣取っているのだ。
時には例外もいる。今日の私のような人間だ。
小島正子の誘いを受けてから、それまで以上に仕事に集中していた私は、終業後に更衣室のロッカーの前で、あまり深く考えずに返事をしてしまったことを後悔した。
「忘れてた……」
私がテレビドラマなどで仕入れた知識では、合コンに参加する女というものはだいたい、ヒラヒラ、ツヤツヤ、キラキラと、甘い洋菓子のように自分を飾りたて、良い匂いさえ振り撒き、完璧に作りあげていくという。
私の職場は制服着用の為、私服はわりと自由なのだ。今日の私服は、上から順にパーカー、Tシャツ、ジーンズ、サンダルである。接客業である為、化粧は相手を不快にさせない程度の薄化粧。
これが、これから参加しようとしている場には異質な格好であるのは、合コン未経験の私にだってさすがにわかる。朝の出勤時には、まさか合コンに行くことになるとは欠片も思ってなかったのだから当然だ。
だからと言って、先輩である小島正子の誘いを、今更断ることなど出来るわけがないということに瞬時に行き着いた私は、胸に広がっていた甘いものを手早く一掃させた。
これも、職場の人間関係を円滑にする為の仕事の一部であると。
決して無愛想にならない程度にその場の空気に溶け込み、美味しい料理とお酒を堪能し、この時間をやり過ごす。つまり、頭数要員として参加する。そういう仕事だと思えばいいのだ。
そんな私にどういうわけか興味を示したのが、河村という男であった。
この合コンに、一ミリの期待もしていない私の目の前に並んでいるのは、漬物と日本酒。
胡瓜の漬物を口に放り込み、ポリポリと咀嚼し、飲み込む。口の中に残っている塩気を、じんわりした味わいの日本酒で、クイっと喉の奥へ流し込む。最近覚えたこの飲み方を、私は気に入っていた。
本来この場の空気に溶け込むには、皆と同じようにトロピカルな色をした甘いカクテルや酎ハイを頼み、女らしくサラダなどをつまみながら、愛想笑いを浮かべるべきなのであろう。もちろん最初はそうしていた。
だが、最初の一杯目のカクテルを半分程飲み終えた時、私はこう思ったのだ。
ここにいるだけで、頭数要員としての役割は既に完了しているのではないか。
元々、この合コンの為によく女性誌で特集を組んでいるような、モテる為の服を着てお洒落をしたり、ばっちりとメイクをしてきているわけではない。
そもそも、この格好で色々取り繕っても無駄なのではないか。しっかりとキメてきている小島正子達と並んでいると、かえって滑稽にうつっているかもしれない。あとはもう、好きな物を食べて飲んで帰ればいいだけなのではないだろうか。
という訳で、当初とは違う方へ思考を方向転換させた私は、早速お店のバイトらしき若い女の店員を呼び止める。男の目を気にせず、私はその場の雰囲気に似つかわしくない漬物と日本酒を頼んだ。
隣に座っていた小島正子は、そんな私を面白そうに見ていたようだが、職場の先輩である彼女の目でさえ私は全く気にすることなく自分の世界に入り込み、今に至る。
胡瓜の漬物をもう一つ口へ運ぶ。ゆっくりと咀嚼し、飲み込む。そしてまた日本酒。
これを数回繰り返して、頭の芯を揺れる感覚が襲い始めた頃、小島正子とは反対側の隣である、誰も座っていなかったはずの方向から、突然男の声が耳を打った。
「君って、本当に美味しそうに飲むよねぇ」
やや低めの柔らかな声に顔を向けると、一体いつからそこにいたのか、最初の自己紹介で河村と名乗った男が、テーブルに片方の肘をつき、手のひらに自分の頭を乗せ、下から覗き込むようにこちらを見ていた。
その目は、面白いものを見つけたとでも言うように爛々としている。
端の方で一人で日本酒を飲み始めたのをわざわざからかいにきたのだろうか。
私は小島正子がいる手前、ここは当たり障りなく相手をすることにした。