12
「やっぱり、合コンでの出会いにあんまり期待しちゃいけないのかしらねぇ」
私の目の前に座る小島正子は虚ろな目で愚痴をこぼした。
仕事の後、彼女と二人で夕飯を食べることになり、私は今、職場近くのファミレスに来ている。
婚活に励んでいた彼女にも、今年の春、ようやく恋人が出来ていたようだ。にもかかわらず、最近あっけなく終わりを迎えたらしい。付き合っていくうちに、どことなく違和感を覚えた彼女は、驚いたことに隙を見て恋人の携帯をこっそり見たと言うのだ。それで彼が実は既婚者だったことが発覚したらしい。
「商社勤めの彼が出来たことに浮かれてたのかも。なんでもっと早く気付けなかったのかしら」
眉間に皺を寄せながら彼女はハンバーグを口に運ぶ。
「違和感って、例えばどういうところがおかしいと思ったんですか?」
彼女は記憶を手繰り寄せるように視線を斜めに上げ、小首を傾げた。
「なんかね、携帯をちょっと気にしすぎなんじゃないかなって、ある時、ふと思ったのよ」
「携帯、ですか」
「うん。とにかく携帯を離さないの。気付いたらやたらメールのチェックしてたりさ。着信がきてもね、絶対に私がいるところでは出ないの。わざわざ私に聞こえないようなところまで行ってから電話に出るのよ」
当時のことを思い出したからか、段々と彼女の声に勢いが増す。
「それで携帯を見たんですか」
「そ。私の家にいる時にね、多分油断したのか、コンビニ行ってくるって言って携帯置いたまま外に出て行ったの。見るなら今だと思って、見たはいいけど、見れなかったのよね」
「え、どういうことですか?」
「ロックよ、ロック。他人が勝手に見れないようにするあれよ。ここまでされると、疑いたくないけどやっぱり何か疑っちゃうわよねぇ」
そう言い、彼女は大口を開けてハンバーグをパクりと頬張った。
よく考えてみると、私は携帯にロックをかけたことは一度も無い。だが河村はどうだろう。
口をモグモグと動かしながら、彼女は続けてこう言った。
「でもね、その時点ではまだ他の女がちらついているくらいにしか思わなかったのよ」
「それでどうしたんですか」
「エリート商社マンの彼よ? 簡単に諦めたくないじゃない? ここは上手く立ち回わらなきゃ、みすみす彼を逃すことになっちゃうと思って、カマをかけてみたの」
「カマって……どうやってですか?」
心なしか、彼女は少し得意気な顔になる。
「あなたのことはなんでもお見通しなのよって顔して一言、なんか隠してるよね? って言っただけ」
人柄の良さそうな彼女に似合わず、咄嗟にこういうことを器用に出来るところが、やはり私や紗英よりも人生の経験値が高いのを物語っているように思う。
尊敬と驚きで絶句する私を無視して彼女は続きを話す。
「見事に引っ掛かってくれたわよ。すぐに、ごめんって謝ってきたの。あぁやっぱり疚しいことがあるんだなって思ったんだけど、その時は洗いざらい全部白状させたら許してあげようと思ってたの。それがよ? 実は既婚者だって言うんだもの。さすがにこれはどうしようもないわよ」
少々興奮気味に話す彼女に、私はどう言葉をかけたらいいのかわからず、無言で相槌を打つ。
既婚者だと聞かされた時に受けた彼女の衝撃と落胆は、一体どれ程のものだっただろう。
「今思えば他にもおかしいことだらけよ。今回のことで私のメンタルは相当やられたわ。ちょっと私、しばらく立ち直れないわ」
「……普通は合コンに既婚者が来るなんて思わないですもんね」
「本当、既婚者を相手にすること程、無駄なことは無いわ。私、今年でもう二十七よ? あぁもう、どうしてこう、上手くいかないのかしら」
彼女は忌々しげにハンバーグに箸を突き立てる。
「相手の奥さんには?」
「バレてなかったみたい。バレる前に気付いて良かったわよ。もしバレてたら、きっと面倒なことになっていたと思うわ。相田さんはいいわよねぇ。まだ若いし、素敵な彼もいるし」
「そうでもないですよ。実は私もなんです」
「え、何が?」
「まだはっきりしないんですけど、怪しいなって思ってることが一つあるんですよね」
小島正子の箸が止まる。皿の上のハンバーグはあと一口か二口で無くなりそうだ。
「女関係?」
彼女は一拍置いた後、上目遣いで尋ねた。
私はそれには答えず、私が河村を疑うようになったいきさつを話した。一通り話し終わると、二人で食後のコーヒーを啜り、一息つく。もちろん私のは胃に負担がかからないように、ミルクをたっぷりと入れてある。
「それは黒ね」
最初に口を開いたのは小島正子だ。
「そう思います?」
「だって、疚しいことが無ければ嘘なんかつく必要無いもの。自分の彼女にはきちんと本当のことを言うはずよ」
「隠してるのも、やっぱり女関係だと思います?」
「男の疚しいことと言えば女しかないわよ」
彼女は吐き捨てるように言った。ここまではっきりと言い切られてしまうと、逆に清々しささえ感じる。
「実は、多分この女の人かなって思う人がいるんですよね」
私は尾行したことを伏せた。
「その人と怪しい感じなの?」
「はっきりしないんですけど、どことなく感じるというか。確証は無いです」
昨夜、二人が居酒屋「雅」から出てきた後に、私は再び尾行を開始した。彼らは楽しそうに会話をしながら並んで歩き、会社の最寄り駅に着く前のどこかのタイミングで、女は河村と別れて違う方向へ歩いていった。河村もそのまま駅から電車に乗り、自分のマンションがある駅で降りていった。
「河村さんに直接問い詰めようにも、どう切り出したらいいのかわかんないんですよね」
「直接問い詰めて、正直に言うとは限らないわよ」
私はハッとして小島正子を見る。
「だって、確証は無いんでしょ? だったら、私みたいにカマをかけて自分から喋らせる方がいいんじゃないかなぁ」
彼女の言うことはもっともなのだが、カマをかけるというのは、直接問い詰めるのと同じくらいかそれ以上に、自分にはハードルが高く思えた。
すると、突然彼女は可笑しそうに笑い出した。
「あはは。相田さんって、すぐ顔に出るからわかりやすいわ。今、そんなの無理って思ったでしょう?」
「え、いや、そんな……」
図星をつかれた私は思わず口ごもってしまう。
「いいのよ。カマかけたって上手く引っ掛からない男もいるんだし」
「はあ……」
「それに、カマなんかかけなくても、彼の行動をよぉく観察しとけば絶対どこかでボロを出すはずよ」
「そうですか?」
「そうそう。そういえば、明後日の日曜日、彼と二人で出掛けるのかなって思ってたんだけど、もしかして違うの?」
明後日、本当は仕事だったのだが、日曜日が休みの河村の行動を探る為に、たまたまその日が休みだった小島正子と勤務を代わってもらえることになった。
急な頼みを理由も訊かずに快く承諾してくれたそのお礼として、今夜の夕飯をご馳走することにしたのだ。
「実家にどうしても帰らなければならない用事が出来てしまったんです。すいません、わざわざ貴重な休みの日曜日を潰してしまって」
罪悪感が無かったわけではない。だが、いくら相手が彼女でも、さすがに本当の理由を言うのは気が引けた。
「ううん。メンタルやられてる今は、仕事で身体を動かしてた方がきっといいのよ。気にしないで」
そう言い、彼女は穏やかに微笑んだ。
そんな彼女を改めて正面からよく見てみると、派手さはなく、一つ一つの造りはちんまりとしているのだが、中々可愛らしい顔立ちをしている。それに加えこんなに優しい彼女に、恋人の一人くらいいても全然おかしくないと思うのだが、男運が悪いのか縁が無いのか、とにかく彼女だけのいい男が早く現れてくれたらと、そんなことを考えながら私はコーヒーカップをゆっくりと傾けた。




