表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哀れな堕天使  作者: 弘美
1/40



「久し振り!」

 私、相田絵里(あいだえり)の前に五年振りに突然現れたのは、高校時代の友達の紗英(さえ)だった。

 小首を横に傾けながら、長い黒髪をばさりと手で後ろへ払う仕草は、五年前と少しも変わっていない。

「……紗英ちゃんじゃないの。久し振り。よく私がわかったわね」

「すぐわかったわよぉ。絵里、全然変わってないんだもの」

 紗英は私の高校時代の同級生。美人で明るく社交的な彼女は、高校卒業後に上京して東京の大学へ進み、そのまま東京で就職をしていた。

 彼女は一年に一度は必ず帰省し、その都度お互いの近況を報告し合い、時には高校時代の思い出を語り合うなどして、私はそれを毎年恒例のように楽しみに思っていたものだ。

 それが憂鬱(ゆううつ)なものでしかなくなったのが五年前。私はあの時の彼女の顔が、どうしても忘れられない。

 私が彼女を()け始めたのはそれからだ。今年も帰省するから会えないかと連絡がきたが、仕事を理由に断っていた。それにも(かか)わらず、五年振りに彼女は私の目の前に突然現れたのだ。

 急に不意をつかれたので、思わず見たくもない顔を見てしまった、とでも言いたげな顔をしていたらどうしようと、私は咄嗟(とっさ)に顔を(うつむ)かせた。

 彼女はそんな私の心中など微塵(みじん)も気にする様子は無い。

 上手く誤魔化(ごまか)すことが出来たことに、私は心の中で胸を撫で下ろした。

「どうしてここに? 紗英ちゃんの実家から、随分離れてるじゃない」

 口角を無理矢理引き上げ、笑顔を張り付けた顔を彼女に向ける。

「友達と会う約束をしてるの。ここから、もうちょっと行った所で待ち合わせしてるのよ。そしたら、絵里がいたもんだからびっくりしたわよぉ」

「そうなんだ。それなら早く行かないとね。私もこれから仕事なの。またね」

 いつまでも顔に出さない自信のない私は、早々にその場を立ち去ろうとしたが、そんな私の心境なんてお構いなしに、彼女は私を呼び止めた。

「あぁ待ってよ、絵里。実は、報告したいことがあるの。電話じゃなんだからと思って言わなかったんだけど、私、結婚することになったの」

「……それは、おめでとう」

「式はね、内輪でする予定なの。絵里には電話じゃなくて、きちんと会って報告したかったから、偶然だけど会えて良かったわ――――」

 彼女はその後も何か言っていたが、私の耳にはろくに入ってこず、気がつくと私は職場への道をトボトボと歩いていた。





 七年前へ(さかのぼ)る。

 私は高校卒業後、地元の私立大に進み、卒業後はこの辺ではそこそこ有名な中小企業に就職。幾つか点在する店舗の中の一つで販売員として働いていた。この頃まだ新入社員だった私は、仕事を覚えるのに必至で、恋愛には見向きもしなかった。いや、恋愛をする余裕がなかった、という方が正しいだろうか。

 そんな、それまで店内に(あふ)れ返っていた客が波のようにひいていったある日の午後、先輩社員の一人である小島正子(こじままさこ)に、私は珍しく小声で話しかけられた。

「相田さん、ちょっといいかしら」

「えっ、あ、はい」

 何かミスを犯したかと、思わずビクビクしながら返事をしてしまったが、どうやら違ったようだ。

「今日、仕事終わった後、用事ある?」

「あ、……ありませんけど……」

「本当? よかった~。実はね、今夜、駅の近くの居酒屋で、合コンすることになってるんだけど、一人来れなくなっちゃったの。それでね、よかったら、代わりに出てもらえないかなって」

 「合コン」という三文字を頭の中で、まるでパソコンのキーを弾くようにもう一度繰り返す。この時の私は、おそらくかなり間抜けな顔をしていたことだろう。

「あ、ゴメン。もしかして、彼氏いる?」

 はたと気づいた私は慌てて頭を横に振る。

「いえいえ! あの、私でよければ」

「いいの? ありがとう、助かったわ。とりあえず、仕事が終わったら着替えて休憩室集合ね。詳細(しょうさい)はその時に話すわ」

 また後でね。と言い、小島正子はさっさと仕事に戻っていった。

 私は思わず勢いで承諾(しょうだく)してしまったことに一抹(いちまつ)の不安が胸を(よぎ)ったが、それはすぐにどこかへ消え行き、代わりに、ぽわん、ぽわんと、小さな気泡が胸に広がっていく。それは、自分が長らく忘れていた甘やかな、あるいは、甘酸っぱいような、そんな感覚であった。

 そして、小島正子からの誘いをあれこれと考える暇も余裕も無く、すぐに意識を仕事へと戻す。時計に目を遣り、終業(しゅうぎょう)までの時間を確認すると、私は再び仕事に没頭し始めた。





 仕事が終わり、私は小島正子と二人並んで駅に向かって歩いていた。自分と同様、仕事帰りのくたびれた顔をしたサラリーマンやら、これから夜遊びに繰り出そうとしている若者やらが行き交う中、人々の流れに乗って二人で進んでいく。

 小島正子の話によると、四対四の合コンで、あと二人の女性と駅で落ち合い、そこから四人で居酒屋へ向かうらしい。

 駅前に着くと、駅の入口の横に一際目を引く大きな看板があり、そこには人待ちぐさな人達がまばらにその看板を背に(たたず)んでいた。

 その中に二人組の女性を見つけると、小島正子は軽く手をあげ、私も軽く会釈(えしゃく)をする。

 どういう(つな)がりかはわからないが、とりあえず二人共小島正子の知り合いのようだ。

 簡単にお互いに挨拶を交わし、すぐに四人でぞろぞろと居酒屋へ向かう。居酒屋に着くと奥のお座敷に通され、すでに四人の男性が横並びに座っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ