1
「久し振り!」
私、相田絵里の前に五年振りに突然現れたのは、高校時代の友達の紗英だった。
小首を横に傾けながら、長い黒髪をばさりと手で後ろへ払う仕草は、五年前と少しも変わっていない。
「……紗英ちゃんじゃないの。久し振り。よく私がわかったわね」
「すぐわかったわよぉ。絵里、全然変わってないんだもの」
紗英は私の高校時代の同級生。美人で明るく社交的な彼女は、高校卒業後に上京して東京の大学へ進み、そのまま東京で就職をしていた。
彼女は一年に一度は必ず帰省し、その都度お互いの近況を報告し合い、時には高校時代の思い出を語り合うなどして、私はそれを毎年恒例のように楽しみに思っていたものだ。
それが憂鬱なものでしかなくなったのが五年前。私はあの時の彼女の顔が、どうしても忘れられない。
私が彼女を避け始めたのはそれからだ。今年も帰省するから会えないかと連絡がきたが、仕事を理由に断っていた。それにも拘わらず、五年振りに彼女は私の目の前に突然現れたのだ。
急に不意をつかれたので、思わず見たくもない顔を見てしまった、とでも言いたげな顔をしていたらどうしようと、私は咄嗟に顔を俯かせた。
彼女はそんな私の心中など微塵も気にする様子は無い。
上手く誤魔化すことが出来たことに、私は心の中で胸を撫で下ろした。
「どうしてここに? 紗英ちゃんの実家から、随分離れてるじゃない」
口角を無理矢理引き上げ、笑顔を張り付けた顔を彼女に向ける。
「友達と会う約束をしてるの。ここから、もうちょっと行った所で待ち合わせしてるのよ。そしたら、絵里がいたもんだからびっくりしたわよぉ」
「そうなんだ。それなら早く行かないとね。私もこれから仕事なの。またね」
いつまでも顔に出さない自信のない私は、早々にその場を立ち去ろうとしたが、そんな私の心境なんてお構いなしに、彼女は私を呼び止めた。
「あぁ待ってよ、絵里。実は、報告したいことがあるの。電話じゃなんだからと思って言わなかったんだけど、私、結婚することになったの」
「……それは、おめでとう」
「式はね、内輪でする予定なの。絵里には電話じゃなくて、きちんと会って報告したかったから、偶然だけど会えて良かったわ――――」
彼女はその後も何か言っていたが、私の耳にはろくに入ってこず、気がつくと私は職場への道をトボトボと歩いていた。
七年前へ遡る。
私は高校卒業後、地元の私立大に進み、卒業後はこの辺ではそこそこ有名な中小企業に就職。幾つか点在する店舗の中の一つで販売員として働いていた。この頃まだ新入社員だった私は、仕事を覚えるのに必至で、恋愛には見向きもしなかった。いや、恋愛をする余裕がなかった、という方が正しいだろうか。
そんな、それまで店内に溢れ返っていた客が波のようにひいていったある日の午後、先輩社員の一人である小島正子に、私は珍しく小声で話しかけられた。
「相田さん、ちょっといいかしら」
「えっ、あ、はい」
何かミスを犯したかと、思わずビクビクしながら返事をしてしまったが、どうやら違ったようだ。
「今日、仕事終わった後、用事ある?」
「あ、……ありませんけど……」
「本当? よかった~。実はね、今夜、駅の近くの居酒屋で、合コンすることになってるんだけど、一人来れなくなっちゃったの。それでね、よかったら、代わりに出てもらえないかなって」
「合コン」という三文字を頭の中で、まるでパソコンのキーを弾くようにもう一度繰り返す。この時の私は、おそらくかなり間抜けな顔をしていたことだろう。
「あ、ゴメン。もしかして、彼氏いる?」
はたと気づいた私は慌てて頭を横に振る。
「いえいえ! あの、私でよければ」
「いいの? ありがとう、助かったわ。とりあえず、仕事が終わったら着替えて休憩室集合ね。詳細はその時に話すわ」
また後でね。と言い、小島正子はさっさと仕事に戻っていった。
私は思わず勢いで承諾してしまったことに一抹の不安が胸を過ったが、それはすぐにどこかへ消え行き、代わりに、ぽわん、ぽわんと、小さな気泡が胸に広がっていく。それは、自分が長らく忘れていた甘やかな、あるいは、甘酸っぱいような、そんな感覚であった。
そして、小島正子からの誘いをあれこれと考える暇も余裕も無く、すぐに意識を仕事へと戻す。時計に目を遣り、終業までの時間を確認すると、私は再び仕事に没頭し始めた。
仕事が終わり、私は小島正子と二人並んで駅に向かって歩いていた。自分と同様、仕事帰りのくたびれた顔をしたサラリーマンやら、これから夜遊びに繰り出そうとしている若者やらが行き交う中、人々の流れに乗って二人で進んでいく。
小島正子の話によると、四対四の合コンで、あと二人の女性と駅で落ち合い、そこから四人で居酒屋へ向かうらしい。
駅前に着くと、駅の入口の横に一際目を引く大きな看板があり、そこには人待ちぐさな人達がまばらにその看板を背に佇んでいた。
その中に二人組の女性を見つけると、小島正子は軽く手をあげ、私も軽く会釈をする。
どういう繋がりかはわからないが、とりあえず二人共小島正子の知り合いのようだ。
簡単にお互いに挨拶を交わし、すぐに四人でぞろぞろと居酒屋へ向かう。居酒屋に着くと奥のお座敷に通され、すでに四人の男性が横並びに座っていた。