生まれ変わったら王太子(♀)だった【短編版】
誤字ではありません。
「♀」です。
「♂」ではありません。
どうやら私は学園の階段から落ちたらしい。
しかも大きな吹き抜けのあるホール中央にある長い階段のてっぺんから。
意識が戻り、心配そうに傍についていた侍女からその話を聞かされた。
なんだその蒲○行進曲。
侍女からの話を聞いて、最初に思い浮かんだ上記の単語に触発されたのか、一気に前世の記憶がよみがえってきた。
こんにちは、前世は日本という国で会社員してました女です。
そして今は王太子です。
そしてなぜか性別も女のままです。
そもそも私が産まれた時、お告げとやらがあったのが原因だ。
高名な占い師がふらりとこの国に立ち寄った際、産まれてくる子が女ならこの国は無くなる、という話を国中にまき散らしたのだ。
最初は気にも留めていなかった両親や側仕えの者達だったが、盛り上がった国民の感情や、それを利用してクーデターを起こそうとする者達もいて、私が産まれ、女だと判った時、心労の余りまだ年若かった父も母も倒れてしまったそうだ。
このままでは本当に国家転覆の可能性があると判断した当時の国王であるおじいさまや側近の者達は、両親を説き伏せ、私を「男」として世間へ発表したのだ。
それからは14年間ずっと男として育てられてきたのだが、この度私の前世の記憶が戻ったことにより、問題提起をしてみることにした。
「父上、母上、このまま私が男として王太子を続けるのは無理があります。実際これからは男子の方が身長の伸びが良くなりますし、私も女として体が変化してきています。18歳くらいには絶対に無理が生じますから、今何か策を練らないと」
今まで関係者が蓋をして見ないようにしていたところに、当事者である私から問題点を提示され、今後について両親や昔からの側近達と話し合うことになった。
とりあえずは私の考えを述べることにする。
14歳程度の小娘の意見を聞いてくれるのはありがたい。
この国では成人は18歳からだが、14歳からは一人の人間としての権限を認められる為、きちんと私の意見も聞こうという意向らしい。
逆に、こんな甘くて平気かよこの国、と心配になる。
その時々の国民感情にも左右されるだろうけれど、私の扱いを間違うと、国民を欺いたとかいって王族全員斬首されてもおかしくない状況を14年間もよくのほほんと続けてこれたと思うよ。
簡単なことだ。
私と言う人間を消してしまえばいい。
流行病にかかって病死したことにしてもいいし、父である国王の怒りを買って蟄居させられたということにしてもいい。
そう言ったら、「なんてひどいことを…」と父も母も絶句してしまった。
いやいや、当たり前でしょうこんなこと。
半幽閉扱いになるのは私もつらいが、それが一番安全だ。
父の妹の子供の公爵子息がいるから、彼を次期国王として擁立すればいい。
しかし、「お前を幽閉したり手放したりすることになるなら、お前を女として公表する!」とか使命感に燃えてしまった両親を抑える為、妥協案を考えることにする。
私は、父が若い頃間違って手を付けた女の落とし胤ということにする案だ。
その女は既にこの世にいなく、国の外れでひっそり育てられていたが、今まで気にして探していた国王がついに見つけて引き取ることにした、という筋書きだ。
それなら、これからも家族として一緒に暮らせるし、私も女として新しい人生を始められるというものだ。
ただ、根回しが終わるまでは、王太子としての生活も続ける必要があるとのことだ。
13歳から学園にも通っており、そこで出来た友人や昔から仲良くしていた友人とも、王太子としては話せなくなってしまうことに気付いて、私も急ぐことは無いと思うことにする。
できれば、女である新しい自分でも、彼らとまた友人になれればいいな、とは思うけれど。
そうと決まれば、すぐに学園長に話を付けて、協力してもらえることになった。
学園長には、私が女だと言う話は入学時に内密に伝えてあるのだ。
その案を聞いた学園長は、1も2も無く賛成してくれた。
学園長も私のことは気がかりだったらしい。
前世を含めてもドレスを着るのは生まれて初めてだったが、学園では能力の高さを認められた平民の子も結構いるので、悪目立ちすることはないだろう。
それに、王太子としての知識しかなければ、急に女のしぐさなんてできないだろうが、私には今まで積み上げた前世の記憶がある!
そして今日は私が女として学園へ初登校する日だ。
名前はサンドラ。
王太子としての名前がアレクなので、宝石のアレキサンドライトからとった。
太陽の下では緑色だが、夜、蝋燭の下だと赤色に変わるという宝石の名前。
国王の落とし胤が見つかったという話は、ゴシップ好きの社交界の間では国王の若き日のロマンスを想像したりと、既に今一番熱い話題になっており、学園でも興味津々で私を観察しようとする者達がいるだろう。
本来なら少し間を置くべきだが、できるだけ早く女としての私の地位を確立する必要があるということで、見切り発車することにした。
クラスは王太子のアレクと一緒。
席はさすがに隣ではないが、同じクラスなら授業にもついて行きやすいし、王太子として来た時にうっかり間違えることもないだろう、という学園長の配慮だった。
先生に促されて教室に入ると、ざわりと空気が変わったのが判った。
王太子として初めて学園へ踏み入れた時とは別の雰囲気を感じる。
特にいつもバカなことを言い合っている男子生徒の様子がおかしい。
この学園は、王族でも平民でも身なりの違いを気にしなくていいように制服が支給されている。
男子は詰襟のようなかっちりとしたデザインの深い黒に近い紺色の服で、女子は白いフリルのついたブラウスと淡い水色の丈の長いスカート、上に男子の制服と同色の丈の短いブレザーを着ている。
今の私は、王太子との違いを強調する為に背中の半分位まである、地毛と同色である銀髪の鬘をつけており、学園内で許される程度の化粧を施している。
たとえ同じ顔でも、髪型と服装と、化粧をすれば変わるのだ。
特に女の子はね!
今まで飾り立てることとは疎遠だった為、腕は持っていても振るう機会のなかった侍女たちが朝1時間もかけて作ってくれた芸術品だ。
「少しくらい動作が男っぽくなっても、逆に品が良くみえるように」とか
「化粧をしていないように見えて、実はちゃんと化粧しているのがいいんですよ!」とか息巻いていたが、どんな仕上がりなんだろう。
侍女たちの奮闘を無駄にしないように、精一杯覚えたての女性の礼をして、にっこりとほほ笑んでみせる。
微笑みなら慣れているから任せろと思っていたが、侍女曰く乙女の笑顔を研究して下さい!と言われ、付け焼刃的なものだが、皆の反応を見る限りでは良く出来たようだ。
簡単な自己紹介をして、問題なく授業を受けた後、休み時間と放課後には立ち上がることもできないほど周りに人だかりができてしまった。
曰く、今までどうやって暮らしていたのか。
どんな母親だったのか。
国王とのなれ初めを聞いたことはあるか。
王太子は王宮では何をして過ごしているのか。
サンドラは王族として認められたとはいえ、つい先日まで平民として暮らしていたということになっているので、皆話しかけやすいらしい。
ただ、うかつには答えられない質問ばかりで困っていると、人垣を分けて見知った顔がいくつか現れた。
父の妹の子供で公爵子息。
近衛騎士団長の息子。
留学してきている隣国の第二王子。
それに能力を認められて平民から男爵の養女となり、この学園に通うことになった男爵令嬢。
公爵子息と騎士団長の息子とは子供の頃からの付き合いだが、後の二人は学園に入ってからよく話をするようになった。
「こっち来て」
それだけ言われて、公爵子息に手をぐいっと引っ張られて人垣の中から抜ける。
そのまま囲まれるように、いつも好んで使っている小部屋へ連れてこられた。
助かった、とお礼を言おうとして、はたと気づく。
向こうは初対面のはずだからはじめましてか。
「はじめ―――」
「で? どうやって王家に取り入ったのさ。あの王妃思いの国王が他に女を作ってたなんてありえないよね」
突き放すようにして今まで握っていた手を離し、公爵子爵が私を射抜くように睨みながら言う。
父を信じてくれるのはありがたいが、今度ばかりは同意するわけにいかないのだ。
「私には一体何の事だか……」
「大体お前だって本当に王族の血を引いているか疑わしいものだ。どこかの売女がならず者を引っ掛けてできた子供を、捨てるのに困ってでっちあげた作り話を周りの知能の足りない平民風情が信じ込んだだけじゃないのか?」
「まあ……作り話を盛るにしても国王の落とし胤はいただけないな」
団長子息まで乗ってくる。
「そうですよ! 大体この国に姫なんていなかったはずですよ!」
王太子は攻略対象外だから諦めていたのに、こんなイレギュラーまで入ってくるなんて一体どうなってるのよ。とぶつぶつ言う男爵令嬢。
……この娘、時々良く判らないことを言ってるんだよな。
まあ、私に実害がないからいいけれど。
そんな彼らを諌めるように隣国の第二王子が口を開いた。
「お前たち、アレクから彼女を頼むと言われていたではないか。これでは逆だぞ」
そうだよ! いきなり女での学園生活なんて慣れなくて大変だから、昨日だってさりげなく頼んでおいたのに!
お前、何考えてるのかいまいちよく判らない奴だったが、実はいい奴だったんだな!
ほっとして第二王子に笑顔を向けたら、なぜか少しびっくりしたように目を見開き、そしてふっと笑って腰を抱かれた。
「血が入っていても入っていなくてもどちらでもいい。王位継承権を持っているなら、この国へのいい足がかりになる。サンドラ…姫、になるのか? 今まで平民として暮らしていたのだろう、これからよろしくな」
そう言って、顎に手を添えられて上を向かせられた。
そんでもって唇が近づいてきて……。
「いやーっ! 待ってーーー!!」
「おらぁぁ!」
男爵令嬢の悲鳴と、私の怒号と、第二王子の顎に私の渾身のアッパーが決まったのが同時だった。
このクソエロガキが何さらすんじゃあ!!
前世の記憶が入ったせいで、14歳なんて子供にしか見えんわ!
しかも相手の同意も得ずにキスしようなんてありえないだろうが。
憤慨しながら辺りを見回すと、さっきの一撃で失神した隣国の第二王子と、それに取りすがって「セーーフ!」と言っている男爵令嬢。
あとは「やっぱりお前が王家の血を引いているなんてありえない!」と叫ぶ公爵子息と団長子息がいたが無視することにした。
「用事はそれだけですの? 王宮からの迎えが来る時間ですから、私もう帰らないといけませんので、これにて失礼いたしますわ」
ドアを閉めてほっとする。
まがりなりにも王太子として、最低限の鍛錬をしていてよかった。
しかし、公爵子息と団長子息は王太子としてのアレクを心配をしてくれての言動とは思うが、男爵令嬢、隣国の第二王子のことも含め、友人たちの新たな一面を見てしまってなんだか複雑な気分だ。
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翌日は王太子のアレクとして学園に行くことにした。
サンドラだと彼らと冷静に話ができそうにないからだ。
「皆、おはよう」
いつも通り教室へ入ると、わっと私の周りに人が集まって、昨日のサンドラの様子を話してくれた。
好意的な意見が多く、とりあえず胸をなでおろした。
サンドラが隣国の第二王子を失神させたことは知らないようだ。
よかった。
さすがに向こうも大事にはしなかったようだ。
友人たちは何か話したそうにしていたが、とりあえず放課後までは待つようだった。
今日の授業はマナーということで、ダンスの実技授業があった。
頬を染めながら嬉しそうに踊る女の子たちは目の保養だが、同じクラスの女子生徒達と踊りながら考える。
『よかったーーー! 今日アレクで来ていて』
幼いころらかダンスの練習はしており、大抵のステップなら問題なくこなせるが、全て男性パートの為、女性パートは全く踊れないのだ。
これは個別に家庭教師をお願いしないといけないな、と心の中でメモする。
男性と女性のパートが基本的に同じステップということになっているようなダンスでも、やはり注意してみると手の位置、足の位置が微妙に違うのだ。
そもそも女性をリードするのが男性の役割なので、これからは『リードされる』ということを覚えなければならないのか、とダンスのパートナーをしていた女子生徒を観察していたら、見る見る内に相手の顔が真っ赤になり、足をもつれさせる始末だ。
「おいアレク、何踊る相手全員落としてるんだよ」
と、団長子息の友人から言われてしまった。
そんなつもりは無かったのだけど……。
放課後になって、案の定呼ばれて小部屋へ行くと、昨日とほぼ同じような会話が展開された。
「アレク、彼女は本当に王家の血を引いているか調べたのか!? 誰かに騙されているとか――――」
「いや、サンドラなら確実に父の血を引いているよ。母も私もそれは認めている。私も妹ができたと喜んでいるのだが、皆はそうではないのか?」
私に言われ、だまりこむしかない友人たち。
「私に対するようにサンドラにも接してくれるとありがたいのだが……彼女はまだ友人もいないようで、心細い思いをしていると思うんだ。事情があって私はこれからそうしょっちゅう学園には来れないと思うので、私の代わりにサンドラのことをよろしく頼むよ」
笑顔でお願いすると、まだ納得はいっていないようだが、理解はしてくれたようだ。
翌日からまたサンドラの姿で登校すると、アレクとしてお願いしておいたとおり、サンドラに接してくれるようになった。
まだよそよそしいところはあるが、それはおいおい慣れていってもらえばいいだろう。
王太子としては仲が良かったので、サンドラとも仲良くやっていけるはずだ。
隣国の第二王子とは、ちゃんと和解して、今では気軽に話せる間柄になった。
いっそアレクの姿でいる時よりもよく話すくらいだ。
一発入れられたのが効いたのか、サンドラには屈託なく接してくる。
アレクの時だと、どこか緊張しているような雰囲気があるのに。
ただ、男爵令嬢の動きが気になる。
何かと言うとサンドラにいいがかりをつけてくるばかりか、私に嫌がらせをされたと友人たちに吹き込んでいるらしい。
ついにこの間などは、私に階段の上から突き落とされて足をくじいたと言って、公爵子息に泣きついていた。
周りにいる人間に害をなすような者を国王陛下達の傍に置くことはできないと、正義感に燃えた公爵子息が息巻いているのを見て、重い腰を上げて、男爵令嬢を呼び出し話を聞くことにする。
どうも彼女とは話が合わないような気がして憂鬱だ。
場所は、私が転がり落ちて前世の記憶を呼び覚ますきっかけになった大広間の大階段だ。
「ねえ、私が貴女のことをいじめたり、悪い噂を流したり、挙句の果てには階段から突き落としたという話を聞いたのだけど」
「なっ、なによ! いいがかりなんかじゃないんだからね! 皆サンドラの仕業でしょう」
仮にも姫に向かって男爵令嬢が呼び捨てはないだろうと思ったが不問に処すことにする。
こんなこと一々言っていたら話が進まない。
大広間にある階段なので、階段の下には生徒たちが何事かと集まってきている。
「あら、貴女こそ誤解しているわ」
こちらとしては探られて痛くもなんともないので、誰かと勘違いしているなら一緒に真犯人を探し出してもいいと思ってるくらいなんだけど。
「だって…だっておかしいじゃない! 公爵子息も団長子息もサンドラのことばっかり気にかけて、隣国の第二王子だって全然私に靡かない。王太子は攻略対象外だからしょうがないとはいえ、ゲームではもっとニアミスする機会だってあったのに、殆どしゃべる機会もないし。それもこれも、このゲームにはいないはずの悪役令嬢のあんたが出てきてからよ!」
独り言のようにぶつぶつ言っているが、なんとなく事情は分かった。
すっ、と男爵令嬢との距離を詰め、耳元で囁くように言う。
「これがゲームですって? そんなに気に入らない流れなら、貴女さえよければ一度リセットするのを手伝ってあげましょうか」
そう言って、男爵令嬢の二の腕を掴み、階段の下の方を指し示すようにする。
「一回死んでみる? もう一度初めからプレイできるかもよ」
笑顔で言う私を信じられないものを見るような目つきで見て、男爵令嬢はかたかたと震えだした。
「どうするの? 私はどちらでもいいけれど。踏み出す勇気が無いならお手伝いしましょうか?」
さらに優しく言ってやると、ぶんぶんと音がしそうな程頭を振って否と回答された。
「そう、残念だわ。そういえば、私があなたに嫌がらせしたって話、貴女の勘違いでよかったのよね?」
「…は、はい……」
蚊の鳴く様な小さな声で返されたので、大きな声で聞きなおしてみる。
「聞こえませんわー?」
「は、はいっ! サンドラさまは私のことをいじめてなんかいません! 私の誤解でした!」
真っ青になりながら、ホール中に響く声で宣言してくれた。
「そう、よかったわ誤解が解けたようで」
「で、では私はこれで」
「そうね。誤解は無事解けたようだし、これからは『仲良く』しましょうね。私ハッピーエンドが好きなの。貴女も強制バッドエンドはいやでしょう?」
もう言葉もでない彼女を置いて、優雅に階段を降りていく。
これでしばらくは彼女も静かにしているだろう。
こちらに向かってきていた隣国の第二王子と、階段の途中ですれ違う。
「とんだお姫様だな」
「元は平民同士の醜い言い争いをお見せしてしまい申し訳ございませんでした」
実際前世は庶民だしね。
「あの覇気といい、サンドラは今まで平民で暮らしていたとはとても思えないな。いつか教えてもらえるだろうか?」
「そうですね。気が向いたら、とだけ言っておきましょうか」
差し伸べてきた手を断らずに上に乗せ、階段を降りていく。
この第二王子は最初に一発私に殴られてからはすっかり紳士的になってくれたようで本当によかった。
教育的指導も時には必要ということだ。
は! もしくはMっ気に目覚めてしまったのか。
そんなことを考えながら第二王子の顔を見ると、笑顔で「何か?」と返された。
うん、イケメンなことは確かだが、まだまだ子供だな。
高等部に上がってから出直してこい。
男爵令嬢へは、脅かしが過ぎたかとアレクでフォローを入れておくことにする。
ついでに『乙女の微笑み』とやらも習っておこう。
「先日はサンドラがすまなかったね。彼女も今まで辛い思いをしてきたみたいで、まだ不安定な時もあるみたいなんだ。許してやってくれるかい?」
辛い思いといえば現在進行形だが、主には
『ばれたら斬首か、それとも縛り首!? ああ、でも国民感情をコントロールすれば ”運命の荒波に翻弄された悲劇の姫” とかいう話題作りで国民の同情を誘い、情状酌量の可能性も。……それなら今から女○自身的な雑誌を創刊するところから始めないと。はっ! でもこの世界には大量印刷というしくみがないから、まずは活版印刷と紙の大量生産から手掛けないと!』
ということだ。
特に紙の大量生産と、活版印刷のところが悩みどころだ。
それよりも今は令嬢として周りから吸収できるところはしておかないと。
この男爵令嬢は自らヒロインと名乗っているだけのことはあり、邪気の無いように見える笑顔としぐさにはなかなか定評がある。
なんだか照れているようだが、こちらの用事をさっさと済ませてしまおう。
「……ねぇ、微笑ってくれる?」
「え、えええぇええ!? なっ、なぜでしょうか……」
「だって、君の笑顔はとても素敵だから、見ていたいんだ」
主に勉強の為に。
「sじぇいおp@お004jtp0え!?」
なんだか奇声を上げられてしまったので、とりあえず落ち着かせる。
「そんな……恥ずかしいですわ」
そう言って、口元にそっと手を添えるようにして、俯きがちに首をかしげ、眼は少し上向きにこちらを見つめてくる。
ふむふむ。
王宮に戻り鏡を見ながら復習する。
脇を締め、口元に手をやり、俯きがちに、眼は相手を見つめる。
「……」
こ、このポーズは、いつかどこかで見たことがある。
ボクシングのガードの構えだ!
そうか、令嬢とはいえ常に相手からの攻撃に注意せよということで、このポーズなのか。
先日、隣国の第二王子からキスされそうになったこともあるので、こういうガードも大事ということだな。
アレクの時とサンドラの時の動きの違いを自分の中で混乱させないようにどうすればいいか悩んでいたのだけれど、サンドラの時は常に敵前であるつもりで行動すれば、自然と違いも出てくるだろう。
ドレスを着ている時の歩き方も、そういえば淑女教育の家庭教師に
「もっとすり足で!」
と言われていたな。
あれは武道の足運びだったか。
前世も女性だったとはいえ、ドレスを着ての令嬢の動きなんてやったことがなかったので、勉強することがいっぱいだ。
翌日、サンドラの姿で団長子息へ『乙女の微笑み』というやつを試してみたら、顔を真っ赤にして挙動不審になっていたので、おそらく成功だろう。
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その後、高等部に上がった後、王太子であるアレクは徐々に病弱設定にシフトしていった。
17歳を過ぎるころからは、男として誤魔化しきれないシチュエーションの時には、公爵子息へ秘密を打ち明けて、王太子の影武者として協力してもらえることになった。
さすが従兄弟だけあって、顔立ち自体は似ているようでよかった。
髪の色は違うが、鬘をつければ大丈夫だろう。
ただ、私が女だと打ち明けてからは
「……いとこって、結婚できるよね」
とか言い出してきているがどういう意味だろう。
それに、団長子息はサンドラへ猛アタックしてきて、父上を通して近衛騎士団長から『姫君には手を出すな』宣言を出してもらったくらいだ。
そして男爵令嬢は
「たとえこのルートは成立しないとしても、私はアレク様一筋って決めたんです!」
と、懐かれてしまった。
でもごめんね、その王太子ルートとやらは絶対に成就しないんだよ……。
隣国の第二王子は、アレクの時とサンドラの時それぞれ、じっと私を眺めることが多くなって、ばれてないよね…? とはらはらすることも幾度かあった。
その後、隣国の国王から手紙で非正式に、サンドラと第二王子との婚約の打診があった。
父上は回答を保留して、どうするかは学園卒業時に私が決めていいことになった。
姫としてのサンドラの地位も安定してきて、アレクがいなくなっても大丈夫になった頃、王太子は病気の為王位継承権を失い、離宮にて療養する旨の告知を出すことが決定している。
まあ、卒業まではまだ1年あるし、ゆっくり考えればいいよね。
別の話でヒロインと悪役令嬢が同一人物だったらどうなるか、というような連載をしていますが、息抜きがてら、王太子と悪役令嬢が同一人物だったらどうなるかな、と思い書いてみました。