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前触れ


「…ッ」

窓から差す眩しい朝日に目が覚めた。

「やぁ、おはよう。目が覚めたみたいだね? 朝ごはん持ってきたけど食べれるかい?」

どうやら窓を開けたのは彼女らしい。まだ頭が覚醒せずぼうっとしてる私を見てフフッと微笑んだ。

ベッドのサイドテーブルにはお粥のような水気の多い穀物の入った器と、水の入ったコップが置かれたいた。

そういえばいつから食事をしていないのかと意識をし始めると、急に腹が空いてきたので、私は彼女に了解を得ることなく器いっぱいにあったお粥を食べた。空腹だったからか、それとも彼女の料理が上手なのかわからないが、とても美味しかった。

「それなりに元気そうだね。良かった良かった」

彼女はそんな私を嬉しそうに眺め、部屋の入り口へ歩いた。

「サイドテーブルの足元の籠に、着替え入れておいたからそれに着替えてね。病院に行こうと思ったけれど、先生に来てもらうから」

それだけ言うと彼女は部屋から出て行った。

…と思いきや、ドアから少し顔を出して「身体はふ、ふいておいたか、綺麗になってると思うから大丈夫…だと思うよ!」と赤面して恥ずかしそうに呟くと、ささっとまた部屋から出て行った。

赤面するなら別に自分でふくのに…と思ったが好意はちゃんと受け取っておこう。そう考えると、言われたとおり着替えを出したところで、身体に倦怠感があることに気がついた。まるで、筋肉の一つ一つに紐が絡んでいてまとわりついているような感じだった。

それでもなんとか着替えが終わると、ちょうど医者が来たみたいで診察を受けることになった。




「…ふむふむ、なるほど。声帯があまり使われてないから声が出ないみたいですなぁ」

白い体毛に、頭に角と耳が生えた妙齢のヤギの様な顔をしたリヒトと言う医者は、のんびりと眠たげに話した。

「それに加えて記憶も無いみたいだねぇ…。それも自分の事だけで、社会的な常識や言語はわかる…器用な無くなり方だ」

興味のかけらも無いようにそう喋ると、ベッドの隣で話を聞いていた彼女に治療法を教えた後、「ヒトか…これは大変な事になったな…」とひっそりと呟いて帰った。

「リヒトさんから、声を出す練習をしてくれって言われたよ。長い間声を出してなくて、声の出し方を忘れてるんだってね」

彼女…名前はエル、エル•マーシェスと言った彼女は、さっきの医者からもらった本を片手で読みながら話した。

「記憶の方は…残念だけど、まだ治らないって決まったわけじゃないから希望があるよ、きっと」

「…」

「ん?なんでこんなに面倒を見てくれるのかだって?うーん、それは秘密…かな。でも、僕は君を悪い様にしないから安心して」

信用ないかな?と彼女ははにかみながらそんなことを言った。

記憶もなく、“秋澤宏一”(あきさわこういち)という自分の名前しか持っていない私にとっては嬉しい事だったが、少し抵抗というか、情けなさが残った。




それからふた月ほど経った。

その間にわかった事だが、この星に住む人々はエルの様に体毛が薄っすらとあり、発達した耳と尻尾が誰にもあって、私の様にいわゆるヒトの様な外見を持つ者はいないらしい。

そして、世界は5つの大国が支配していて、私の流れ着いた「ヤエト」と言う町は東に位置する「皇国」の港町の一つで、エルはそこの義足、義手の技師らしい。

彼女はそこそこ町で顔が広いらしく、彼女と町に行くと私の姿の奇妙さと、彼女の顔の広さもあってか人が通れないほど道に人混みができるほどであった。

それでもふた月も経てば私の姿に皆慣れ始め、最近では市場や公園で知り合いができるほどこの町に溶け込んでいた。



「コーイチ、今日はエルちゃんと買い物じゃないのかい?」

酒場の馬面マスターが昼間から飲んだくれている客を片手で相手しながら声をかけて来た。

「今日はエルのお使いですよ。最近義手の発注が多くて、パーツが足りていないそうです」

「繁盛ってか?いいねぇー、こんな酒場じゃ 毎日決まった飲んだくれがみみっちい酒と細やかなお代しか出さないって言うのに、羨ましい限りだ」

「客がいる前で話すことですか…」

「この時間にいるのは意識飛んだアホしかいないからな、大丈夫だろうよ。…んで、こんな酒場に顔を出してる場合じゃないだろう?帰らなくていいのか?」

マスターは何かを察したかのように眉を寄せて顔を近づけてくる。

「エルから最近何か起きてないか聞いてこいって言われてるんですよ、町で一番情報が集うのはここでしょう、マスター?」

私はバーカウンターの上に硬貨を幾つかのせる。この店なら1週間分ほどの稼ぎに相当する代金だ。

マスターはめんどくさそうにため息をつくと、カウンターの下から数枚の書類を出して耳打ちをして来た。

「最近、皇国内で特級警察が何か探しているらしい。俺の所にもいくつか連絡が来てる。…多分コーイチ、お前さんの事だ、早く帰ってエルちゃんに言った方がいいぞ」

一瞬だけキッと眉を寄せて忠告した後、彼は何時もの人当たりの良い馬面になった。

「忠告ありがとう。お代置いてくね」

私はそう言って飲んだコーヒーの代金を払うと、外へ出た。

(エルに伝えるけれど…これは私の事だ…どうすればいいんだ)

日が暮れる家路を歩きながら、私は1人考えていた。


…私はその時まだ知らなかった。私を巡る争いが、始まろうとしていることを…。

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