プロローグ
旧人類、つまりヒトが滅び、ヒトの特性を受け継ぎ、長い耳や尻尾を持つ亜人種が人と呼ばれるようになって約2000年の時が経った。その2000年と言う人にとっては長く、星にとってはあまりにも短すぎる時間の間に、私たち人は、生まれ、営み、殺し、奪い、そして破滅した。
人の歴史は戦いを繰り返すだけのつまらない物語、そう吐き捨てた学者は多くいた。
しかし、創歴1999年9月北極へ進出した人類の些細な争いが、戦いの歴史の大きな転換点となることは、まだ、誰も知らなかった…
「ん…うぅ…」
酷い揺れに目が覚めた。時刻は16時30分、私が仮眠を取り始めてから20分が経過していた。
20分程度の仮眠しかこの船「アルバトロス」は与えてくれないのか、と一瞬悪態をついたが、一度起きてしまった以上私の体は睡眠を欲しがっておらず、気分転換に今回の作戦要項とやらを読むことにした。
手に取った紙には、大きく「北極圏共同探査作戦要項」と書かれている。分厚い紙の塊の間には無数の付箋が貼られて、何度も読み返したのか紙はかなりいたんでいた。
「北極圏共同探査作戦」とは、ヒトの…つまり旧人類の残したコアと呼ばれる卵型の建造物を自国内に持つ先進国5カ国が、人類未開の地である北極圏へ旧人類の遺産と、現地の地理や生態などの調査を行う為に合同で出資し、行われている作戦のことである。
まぁ、共同探査と言っているけど正直なところ、どの国も未知の技術を我が物にしたいだけ…という考えが丸見えな作戦内容だった。
そもそも北極圏への進行ルートも、接岸地点もバラバラ、ルールも接岸後の定期連絡と「発見した技術、及び遺産、遺跡は参加国全ての共有財産とする」という文言が作戦要項に“書いてある”だけである。
恐らく多くの国は我が「皇国」と同じように既に技術を発見し、本国へ輸送しつつあるのだろう。
「さて、コレはその技術に対抗できるモノなのでしょうか…?」
コンッコンッ、とリズムをとって目の前に横倒しになっている2m程のガラス張りのコンテナのような生命維持装置とやらを叩く。
中には私達“人類”とは全く違った容姿の生物がいる。何処が違うといえば、例えば体毛が薄く局所しかなく、耳も短い、そして何よりも古文書でしか存在が明言されてない“ヒト”と呼ばれる旧人類の容姿にそっくりだった。
まだはっきりと検査が済んでいないが、約2000年前に冷凍冬眠処置が行われ、体内に微量のナノマシンが埋め込まれている個体らしい。
「まるで、標本のようね…貴方」
本心でそう思った。少なくとも私には、目の前に横たわっているヒトが研究結果の標本のようにしか感じられなかった。
旧人類は、同族をまるでモノのように扱うのか?それともこの個体は実はヒトではなく、容姿の似た下等生物なのか?
疑問がふっと浮かんでは消えてゆく。まるでシャボン玉のように意味のない思考をしていた。
その時、けたたましく警報器のサイレンが部屋に鳴り響く。同時に船体が大きく傾いたのか、凄まじい揺れが私を襲った。
「何?! 何が起こったの!」
急いでブリッジへ連絡をすると、国籍不明船から艦砲射撃を受けていると、慌てた声で返答が返って来た。
この船は精鋭のクルーが乗っているが、軍そのものができて数十年、何より実戦経験のない兵が多い為まともに反撃すらままならないのであろう。
心の中でチッと舌打ちをし、“艦長”としての役目を果たす為に私はブリッジへと歩き出した。
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「…て、敵は逃走を開始。追撃しますか?」
「私がブリッジに上がるまでにマトモに反撃出来なかった船が、追撃できると思うか? それに、我々は重要物資を抱えているのだ。敵の追撃はせず、このまま本国へ進路を」
あくまで最低限の装備しかなかったが、凍結防止をしていたとこ、敵の装備が凍結対策が甘かったのか不発弾が多かったことが幸いして、被害は軽微ですんだ。怪我人は出たが、死人は出ていない、初陣にしては上々すぎる結果だろう。
「か、艦長! 損害箇所から…あの…その…」
「どうした? 落ち着いて報告してくれ」
先ほど、損害箇所の確認が済んだと言っていた連絡員が額に汗をかきながら、私に話しかけて来た。
「さ、左舷後方の格納庫付近に被弾箇所があると報告が…」
歯切れ悪く報告をするが、聞いてる方にとってはじれったい。
「…報告によると、その裂け目からあの…ヒトが入った装置が…海面に落ちてしまったらしいです」
「…え?」
落ちてしまった…だと?
国が最も必要で重要で、どの用な道の技術が発見される可能性があり、多額の国費が費やされた作戦の結果が失われた。しかも私の指揮で?
あれこれと考えて考えて、考え抜いた末…私の意識は暗転した。