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こわい話

作者: シュウ

「なんか怖い話してよ」


 隣の席に座る木村が突拍子もなくそう言った。

 俺はカバンの中から次の授業で使う教科書とかを出していたのだが、それを全部出し終えてから、大きくわざとらしく、かつ大胆不敵にため息をついた。いや、不敵ではないな。ただの大胆でした。


「お前なぁ。物事と話しかけ方には順序があるんだ。そんないきなり『面白い話してよ』とか言われて面白い話をできる奴っていうのは、人生経験豊富な奴か喋りたがりの上司だけだ」

「難しいこととかわかんないし。で、話してくれんの?」


 俺はもういっちょため息をついてやった。木村の片眉がピクッと動いたのを気配で感じたが、スルーした。そっとしておこう。


「あのな、人の話聞いてた?」

「聞いてた。あんたはできんのかってことを聞いてるの」


 相変わらず主語の足らんやつめ。国語のテストで赤点とってしまえ。


「人に質問するときはもっと丁寧語を使いなさい」

「質問に答えてくれませんか?」

「……それ全然丁寧じゃないからな」


 俺はこのままでは(らち)が明かないと思ったので、木村にキャッチアンドリターンをすることにした。


「そーゆーお前は怖い話できんのかよ」

「無理よ。私、落語家じゃないし」

「なんで落語家が出てくんの? まんじゅうこわいでも話すつもりなの?」

「そうそう。まんじゅうこわいってどういうことなの? まんじゅうに襲われる夢でも見たってことなの?」


 どんなまんじゅうだよ。マシュマロンでもそこまで怖くないわ。寝返り際にダメージ食らうけど。

 俺は簡単に『まんじゅうこわい』の解説をすると、木村は『そーゆーことね。納得』と言って手を合わせた。俺は心の中で『南無三!』と叫んだ。


「さっ。じゃあそろそろ怖い話を聞かせてちょうだい」

「何が『さっ』だ。もうちょっと話の流れを作れ。怖い話するぞーっていう空気を作れ。何事も雰囲気作りが大事だろうが。教科書ぶつけんぞ」

「あー言えばこー言う。あんたは反論するのが好きなの? 反論してからじゃないと話せないチューリップ仮面なの?」

「雰囲気は大事だろ。あの怖い話する稲川のおじさんだって、電気を消して顔をドアップにしてヒュードロドロドローって音鳴らして強弱付けないと、全然怖くないだろ。あれが明るいところでバラエティ番組のセンターとかでやってみろ。ただの『怖い話する芸人』かと思われるだろ」

「芸人じゃないの?」

「違います」


 正確にはタレントで、昔はリアクション芸人だったらしいけど、今となってはその面影すらない。

 まぁそれは置いておいて。


「第一、なんでいきなり怖い話しないといけないんだよ。しかも俺が」


 そう聞くと、木村はさも当たり前のように言った。


「夏だから」


 あーそうですよねー。夏だから怖い話はつきものですもんねー。動画サイトでもホラー特集とかするしテレビでも本当に怖い話とかするもんね。そういえばテレビでやってる奇妙な物語に、スタンドが出てこないのはなんでなんですかねぇ? 出てきてもおかしくないと思うんだけどなぁ。露伴先生とか主人公で。

『今日私がやってきたのは、言うまでもない。この六壁坂の噂を聞いたからだ』とか言って始まっても面白いよね。まさかの露伴先生の実写化的な。

 とはいえ、夏だからと言ってそんなにホラーにこだわることはないのではないだろうか。

 夏と言えば、天空高くからイタズラめいた太陽によって照り付ける暑さ。もしくは温度ばかりが上昇してしまって風が吹かないせいで引き起こす蒸し暑さ。はたまた部屋のエアコンが壊れていることによって起こる熱中症。もう国の対策予算案の中に『暑さ対策』っていうのも入れたほうが良いと思う。節電も良いけど、熱中症にはご注意。

 俺は『早くなんか喋れよ』と言わんばかりの表情を見せる木村に対して言ってやった。


「俺の怖い話なんて面白くないぞ?」

「えっ、あるの!?」


 こいつちっとも期待してなかったのかこのやろー。


「もちろんあるさ。怖すぎて背中に変な汗かいても知らないからな」

「そうやってハードル上げちゃって大丈夫なのー?」


 いたずらっぽくこちらを見てくる木村。

 俺は少し胸を張って返す。


「もちろん。じゃあ覚悟しろよ?」

「私はできてる。あとは聞くだけだ」


 ……うん。じゃあ話すぞ?

 俺は深呼吸をして話し始めた。


「ちょっと前の話なんだけどさ、本屋に行ったんだよ。目的のマンガを買うためにさ」

「ちょ、怖いじゃん」

「さすがにまだ怖くないかな。お前人の話聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。で?」


 なんなの?

 俺はとりあえず続けた。


「目的のマンガはすぐに手に入ったんだけどさ、そこの本屋……本屋っていうかアニメショップなんだけどさ」

「知ってた」

「うん。さいですか。で、そこでマンガを持って、そういえばと思って薄い本も見に行ったわけ。探してた同人作家の人が夏コミ新刊出すとか言ってたからさ」

「あるよねー。私もさー」

「ちょっと待って。今俺の話ね。お前の話が入っちゃうとややこしくなるからまた今度な。で、全年齢対象の本を書く人だったから全年齢対象のコーナーを探してたわけ。で、その本もあっさりと見つかって、欲しかったマンガと一緒にお会計をしました」

「うんうん。面白かった?」

「お前は相槌打つのが下手くそだな。もう黙って聞いてろ」


 俺は木村に釘を刺してつづけた。本当ならホッチキスで口を留めておきたかったところだが、やったらやったで怒られそうなのでやめておいた。


「で、帰ってからちょっとワクワクしながら開けて読み始めたわけ。マンガを読見終わって、さーて薄い本だと思って袋から出して開いてみました。そしたらなんと、全年齢って書いてるのにまさかの大破シーンの連続でしたよ。もうリトさんもビックリのレベル」

「なにそれ。私買わなくてよかったー」

「だろ?」

「うん」

「…………」

「…………」


 そして訪れる謎の空気。今、天使が通ってるのかな? そう思って振り返ろうとしたとき、木村が口を開いた。


「……で?」

「で?」

「いや、怖い話は?」

「いやいや。怖かったでしょ? 全年齢って書いてるのにまさかのお色気本だよ? ちょっと期待してた分、落差が大きかったわ。超怖いじゃん」


 俺は自信たっぷりに言ったのだが、木村にはお気に召さなかったようだ。


「私が求めてたのはそーゆー話じゃないの! もっと身も心も凍るような怖い話が聞きたかったの!」

「そんなの跡部様に手伝ってもらえよ。スケスケの能力でお前の弱点でも見てもらえば寒気が走るかもよ?」

「んもー! 全然わかってないじゃん! もういい!」


 言うだけ言って席を立ちあがってズタズタとどこかへ行ってしまった木村。

 トリノコシティな俺は頬杖をついて大きくため息をついた。


「一番怖いのは人間だな」


 




おしまい



夏なので。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖さの基準は人それぞれなので、その価値観の違いから生まれるコメディーですね。面白いです。
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