深夜外出
喜劇を書きたかったんです。なので挑戦してみました。感想・意見などよろしくお願いします
誰にも知られてはならない、トップシークレットだ。
俺は深夜のコンビニから出て、きょろきょろとあたりを見回した。人気はなく、ただただ広がる深い闇にホッと胸を撫で下ろす。
「ふー……ま、こんな時間にうろついているヤツなんかいないか」
だが、油断してはならない。もしかしたら、いまの俺のように学生という身分を隠し、夏休みという期間を利用して深夜徘徊をしている輩がいる可能性は十分にある。
俺は周囲を警戒しながら先ほど購入した例のブツを籠に入れ、自転車にまたがりペダルに足をかける。
あとは誰にも見つからずに我が家へ機関するだけだ。
俺は自転車を発進させ、両足に力を込めてスピードを速めていく。自転車はあっという間にトップスピードまで上りつめた。夜風が火照った体に心地いい。
そうして、自転車を走らせること二十分弱。徐々に見慣れた家々が見え、それと同時に俺の中の警戒心が自然と高まっていく。
「こんなにスピード出してたら逆に怪しまれるか……?」
呟き、速度を落とす。夜中にコンビニに行っている時点で充分怪しいのだから、今さらなに言っているんだろうと思わなくもない。というか、さっさと帰ってしまった方がいいんだろうな……。
そう思い、再び両脚に力を込めようとした、その時だった。
「止まれっ!」
背中に鋭い声がかけられ、ビクッと肩を揺らしす。おそるおそる振り返ると、そこには片目が隠れるほど前髪の長いいかにも根暗そうなヤツが、微笑を湛えて俺を見ていた。
俺はホッと胸を撫で下ろすと、
「なんだお前か、克也」
「へへん」
徳市克也が微笑を携えたまま、こちらに歩いてくる。
「何してんだ、お前」
「それはこっちのセリフ。俺はいまから寝ようとしていたら窓からお前の姿が見えたんで、出て来たんだよ。お前こそなにやってんの?」
「……べつに」
籠に目をやる。正確にはその中にある例のブツを見やる。俺と克也の間には数センチの距離がある。さらに、この暗さだ。よほど近づいてこない限りバレることはないだろう。
「眠れなくてな。夜風に当たっていたところだ」
「そうか……俺はてっきりとなり街までエロ本でも買いに行った返りなんだと思ったが」
「な、なにを言いだすんだ、お前は」
克也の指摘に、ドキッとした。体中が小刻みに震えだし、嫌な汗が噴き出す。
「ん……? そこに入っているのはなんだ?」
「そこって……」
克也の視線は俺の自転車の籠に注がれている。さすがに中身がなんなのかまでは分からないだろうが、そこにあるものが本系のなにかだということぐらいは分かるのかもしれない。
「いや、これは……」
言い訳のひとつも思いつかず、どもってしまう。口の中がからからに渇き、手足は電流が走ったように痺れていた。
まずい、早くここを立ち去らないと……。
気持ちが焦るばかりで、体の方は一向に言うことを聞かない。焦れば焦るほど、動きが鈍重になっていくような気がする。
「ま、別にどうでもいいか。それより眠ぃし」
克也は口を大きく開けてひとつ欠伸をすると、俺に背を向け立ち去っていく。そのとき、克也が肩越しに振り返って、
「見つからないといいな」
と白い歯を覗かせた。俺は居心地が悪くなって、ついぶっきらぼうに言った。
「なんのことだ」
俺の言葉が聞えなかったのか、それとも聞こえない振りでもしていたのか、克也は振り返ることなく歩いて行き、闇の中へ姿を消した。
俺は克也の姿が見えなくなったことを確認すると、ペダルに足をかけた。
今度こそ、早急に返らなくては。
いままで興奮状態だったからだろうか、体中にヘドロのようにまとわりつく疲労感のせいで思ったより速度が出せずイライラする。
「くそっ……こんなチンタラやってる場合じゃねぇのに」
友人や知り合いに見つかるだけならまだいい。いや、あまりよくないが。それでも、警察官に見つかって補導されるよりはずっとマシだろう。
夜風を切り、街中を進んでいく。立ちこぎに切り替え、ありったけの力を込めて自転車を走らせる。
すると、前方約二十メートルのところに、見慣れた看板が光っていた。
某有名大手コンビニメーカーのロゴマークだ。
俺はその前を通り過ぎようとした。その時だった。またしても、俺の背中に声がかけられる。そしてなぜか、俺は自転車を止めてしまった。
「よう不良少年。なにしてんの?」
振り向かずとも、声で分かった。安城みさきだ。長く艶やかな髪に整った輪郭、そしてその相貌に映し出される冷淡で相手のことを暇つぶしのためのオモチャくらいにしか思っていないであろう酷薄な笑みが思い浮かぶ。
「なにか用か? 悪いが急いでいるんだ。用がないなら俺は行くぞ」
言って、自転車を発進させようと前方に体重をかける。
ペダルを半分ほどこいだところで、安城みさきの声が再び耳に届いた。
「べつにいいわよ、そのまま行っても。私はあんたがわざわざとなり街まで行ってなにをして来たのか言いふらすだけだから」
ピタリと、足が止まる。
「俺が何して来たかなんて知らないだろう」
「さぁてねぇ、どうかしら。そう思うのなら、それでもいいわ。そっちもそっちで面白そうだし」
「なにが望みだ」
「退屈しのぎ」
安城みさきの悪意が、俺の背中を這って全身へ侵攻していく。いま、彼女がどんな
表情をしているかなど、容易に想像がつく。
俺は溜息をひとつ吐くと、自転車から下りて、安城みさきを振り返る。
「で、俺はいったいなにをすればいいんだ?」
「あらずいぶん大人しいのね。てっきり抵抗してくるのかと思ったわ。面白くない。そんなにその籠の中身を他人に知られたくないのね」
「……なんのことか分からないな。とっとと要件を言え」
俺はイライラしながらも、なんとか自分の中の感情を押さえつけることに成功した。安城みさきは、とくに表情を動かしたりすることはなく、つまらなさそうに言った。
「そんな言いかたしていいのかしら。私、その袋の中身知っているのよ?」
「…………」
生唾を飲み込んだ。
袋の中の例のアレのことを知っている。そんなバカな。誰にも知られないようにこんな夜中にとなり街まで出向いて買ってきたんだ。誰かが知っているはずはない。
「そんなバカな、とでも言いたげな顔ね。図星かしら?」
安城みさきが腕を組んで得意げに笑っている。どうやらただのあてずっぽうだったようだ。だが、俺が余計なことをしたせいで、与えなくていい情報まで与えてしまったらしい。しかし、具体的な中身までは分からないはずである。ならば、一秒でも早くこの場を離れるのが最善の策と言えよう。
「べつになにも言いたいことはねぇよ。そんじゃな、俺は返るから」
自転車にまたがり直し、今日何度となく踏んだペダルを再び踏み、出来るだけ速度が出るよう思いっ切り地面を蹴る。俺の心中とは裏腹に、ゆっくりと進みだしす自転車に内心焦りながらも、表面上はなんとか平静を装う。
「待ちなさい」
その背中、正確にはシャツの裾を握られ、安城みさきに呼び止められた。俺は自転車を止め、肩越しに安城みさきを振り返る。
「なんだよ」
「こんな夜中にか弱い女の子がひとり歩きだなんて、危ないとは思わない?」
「……そりゃ、まぁ……」
だが、本気でそう思っている女の子はそもそもこんな時間に出歩いたりしない。こいつもそんなことは百も承知のはずだ。ていうか、ここ数年、この界隈で事件なり事故なりが起こったことはない。まったくの皆無だ。つまり、この街においてだけ言うなら平和であり安全ということになる。ゼロパーセントとは言わないが、事件、もしくは事故に巻き込まれる可能性は著しく低い。したがって、安城みさきの目的は俺に家まで送らせることではなく、少しでも長い間俺と一緒にいて、俺をからかおうということなのだろう。
「迷惑なヤツだな」
「? なにか言った?」
「べつに」
俺は安城みさきに手を離すよう言い、彼女はそれを心よく受諾してくれた。俺は溜息をひとつ吐くと、自転車から下り、自転車を引いて歩き出す。
「なにしてんだ。女の子のひとり歩きは危ないんだろ? 送ってやるからとっととこっち来い」
「えっ……? あ、うん」
安城みさきが虚をつかれたように目を丸くする。自分で言っておいて、なんだその反応は。
小走りに駆け寄って来て、俺のとなりに並ぶ。
「送って、くれるの……?」
「まぁな。ここでお前をスルーしてもよかったんだが、それで厄介ごとに巻き込まれたりしたんじゃ目覚めが悪い。すげぇメンドくせぇけど、送ってやるよ。感謝しろ」
「……うん…………ありがと」
安城みさきが俯いて、どうにか俺に聞こえるくらいの声で謝辞を口にした。今度は俺がギョッとし、安城みさきに目をやる。
「なによ……」
「いや……ちょっと意外だったもんだからさ」
「それ、どういう意味?」
安城みさきから視線を外し、街灯に照らされてもなお暗い道の向こうに見る。暗過ぎて、なにも見えないが。
「……いや、べつに」
他人に対して感謝なんてできないんじゃないかとか思ってたが、言わないほうがいいだろう。
「ところでお前、なにしてたんだ?」
「ん、私? ちょっとお腹減っちゃって、お夜食買いに行ってた」
「太るぞ、お前」
「あなたこそどこに行ってたの? ずいぶん遠くまで行ってたみたいだけど?」
俺のありがたい忠告を無視して、安城みさきはにやにやと笑みを浮かべだした。さっきまでのしおらしい態度はどこ行ったんだ。
「……どこでもいいだろ。お前には関係ない」
「あらいいのかしら、そんなこと言って。さっきも言ったけど、私知っているのよ。その袋の中身」
「…………」
「間違って私に中身を見られないように、自転車を遠ざけているのでしょう? でも残念だったわね。いまが夏休みであること、あなたが一男子高校生であること、こんな時間に遠出したことをあわせて考えれば、答えはある程度しぼられてくるわ」
汗が一筋、背中を流れていく。ムシムシとした夏の暑さからなのか、それとも安城みさきの言葉によるものなのか、その判別は難しかった。おそらく、後者だろうと予想する。
「で、その答えってのは?」
「言っていいのかしら?」
「言ってほしくはないが気になる」
外れていてくれと内心で強く願いながら、安城みさきに答えを促す。
「本……とだけ言っておきましょう。可哀想だから」
安城みさきの慈悲深いお言葉に、俺の右拳は感動のあまりプルプル震えていた。
くそっ……なんなんだ、こいつは。絶対分かって言ってるよな。
べつに知っているなら言ってほしいと思っているわけじゃないが、こういう言いかたされたら思いのほか頭にくる。
「ちっ……べつにいいけどな。で、お前んちってのはどの辺なんだ?」
「ん〜……もうそろそろ見えてくると思うんだけど……」
安城みさきがキョロキョロと首を巡らせる。というか夜中にそんなことしても、あんま意味ないと思うんだけど。
「あっ、あそこ」
自分の家を発見したのがそんなに嬉しいのか、安城みさきが喜々としてひとつの民家を指さす。いつもこんな天真爛漫な感じなら、こいつも人気出るだろうに。なんであんなキャラなんだろ。
俺が考え込んでいる間に、安城みさきが小走りで駆けて行った。十メートルほど離れた場所で、くるんと振り返る。
「ここまででいいからぁ!」
両手を口元に添え、メガホン代わりにして安城みさきが叫ぶ。近所迷惑だろと思わなくもなかったが、この距離でそんなことを言うとすれば、必然的に声を張り上げないといけなくなるわけで。それは本末転倒というか、あんまりよろしくないと思ったので、心の内に留めておくことにした。
走り去る彼女のうしろ姿が見えなくなるまでその場で立ちつくした。その姿が完全に闇に溶け込んだのを確認すると、方向転換をして自転車に跨った。
「帰るか」
呟き、ペダルに足をかける。この数時間だけで乗ったり降りたりを何度くり返したことか。
ま、そんなことはどうでもいいかと発進させる。なんか東の空が明るくなり始めているような気がしないでもないが、そんなものをいちいち気に留めていられるほど俺は精神的に余裕をもっちゃいない。
我が家まであと数十メートル。何事もなければ、ものの数分でたどり着ける距離だ。自然と、ペダルを漕ぐ足にも力が入る。
九メートル、六メートル、三メートル……。
玄関まであと少しというところで、ポケットの中の携帯が震えだす。俺は急ブレーキをかけ、携帯を取り出しておそるおそる開いてみる。
画面に表示された発信者名に、がっくりと肩を落とした。
「……なんだ、姉貴かよ」
なら、出る必要はないな。どうせ下らないことに決まってる。
俺は携帯を操作し、姉貴からの通話を断った。数秒後、即座に再び携帯が鳴る。
「なんだってんだよ……」
若干イライラしながら電話を切る。その後、また電話。
出なければいつまでもかけてくる気か、あいつ。
俺は通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てる。聞こえてくるのは、耳触りな姉貴の声。
『ふぇ〜ん、たずげてぇ〜。げんがんがあがないの〜』
「なんだ、酔ってるのか?」
『会社の打ち上げで飲んでて、帰ってぎだらごのざまよ〜。あんだ部屋にいるんでしょ? こきおあげでぇ〜』
姉貴の泣き顔が脳裏に浮かぶ。
玄関先でへたり込む姉貴の姿は用意に想像できた。そして問題なのは、姉貴が今日、帰って来てるということだ。
なんの仕事をしているのかよく知らないが、姉貴はたびたび朝に帰ってくることがある。チラッと聞いた話しによると、どうやらコンピュータ関係の仕事に付いているらしい。ホント、小耳に挟んだ程度だが。
しかし、これは計算外だった。よもや、まだ夜も明けないうちに姉貴が帰って来ようとは。これで、玄関からの凱旋は不可能になった。
「悪いが、いまは手が話せない。しばらく待っていてくれるか?」
『……どうしたの? まさかオ』
「またあとでなっ!」
叫んで、通話を断つ。そのまま締め出しといてやろうか。
「……ったく」
携帯をポケットに仕舞い、ここからどうするか考える。
さっきの電話から推測するに、姉貴は玄関口で泣きじゃくっていることだろう。となれば、正面から入るのは無理。そうなれば裏手に回ったほうがいいだろうが、そっちには鍵がかかっているのは家を出るときに確認済みだ。
「あれっ? ……これって詰んだんじゃね?」
どこからも入ることができない。正面の鍵を持ってはいるが、いまとなってはこいつも役には立たない。どうしよう……。
いいアイデアのひとつも浮かばないまま、五分が経過した。俺は一旦考えるのを止め、顔を上げた。
「……よしっ」
このままこんなところにいてもしょうがない。
俺は自転車を押し、家の周囲を迂回して裏手に回った。塀に自転車を立て掛け、よじ登る。そして、なるべく音を立てないようにして庭に下り、物置の影に身を隠す。
「まだ起きてないみたいだな」
一階の、父さんと母さんが寝ているであろう部屋にはまだカーテンが引かれていた。ということは、ふたりともまだ夢の中のはずだ。第一、快眠快食快便がモットーの両親が、こんな明るくなりたての時分に起き出すはずもないか。とはいえ、あと十分もしたら起き出すに違いない。急がなくては。
俺は出掛ける前に拝借しておいた物置の鍵を取り出し、中から脚立を取り出す。ふたりが起き出す前に姉貴を寝かしつけ、脚立と自転車をそれぞれあった場所に片付ける。こうすれば、俺が夜中に出掛けた事実は誰にも知られないだろう。
俺は脚立を伸ばし、二階にある自室のベランダに立て掛けた。それから、脚立を伝ってベランダに降り立ち、靴を脱いで部屋の中へ入る。靴を手にしたまま階下へ向かう。
音を立てないよう細心の注意を払って父さんと母さんの部屋の前を通り、なんとか玄関までたどり着いた。
靴を置いて鍵を開ける。へたり込む姉貴の姿がそこにあった。
「あっ……やっと来たぁ!」
「何時だと思ってんだ。近所迷惑だろ」
「だってぇ……」
だってじゃねぇよ。
俺は溜息を吐き、姉貴を中に入れる。そのまま部屋まで連れて行き、ベッドに投げつけた。
「ひどぉい。らんぼうだぁ」
最初は暴れていた姉貴も、数秒後には気持ちよさそうに寝息を立て始めた。
「……ったく。世話が焼ける」
そんなこんなで七分が経過していた。あと三分。まあいけるだろう。
俺は駆け足で外に出て家の裏手に回る。そこから自転車を持ってきて、玄関近くの車庫に納める。
脚立は畳んで物置に仕舞った。その後、例のアレを持って部屋に戻る。
ミッションコンプリート。
それ以降の夏休み、俺は二度と夜中に出かけなかった。
近頃忙しかった。
書く時間取りにくかった。
助けてください。