好きになる理由
人を好きになるには、何かしら理由があると私は思う。
容姿がいい、趣味が合う、頭がいいとか、何かしらの理由があるからこそ、その人を好きだと感じるんだと思う。
バレンタインデーを前にして、私は自分の席でそんなことを考えている。
実は、私にも好きな人がいたりする。
「好きなら好きでいいじゃないか」「理由がなくてもいいじゃないか」とも思うのだけれど……。
中学三年の私が、知っている限りの感情やら体験を組み合わせて、「なんで私がアイツを好きなのか」という理由を探し続けていた。
「アイツのどこがいいの?」と、友達からもよく聞かれた。
アイツは、私よりも勉強ができなくて、私よりも身長が低くて、ツッパリというグループに属していて、学校で何か問題が起こると必ずアイツが関係しているというような問題がある子だった。
いくら考えても答えが見つからなかったので、ひょっとしたら人を好きになる理由なんていうものは、最初からないのかもしれないとも思った。
私とアイツは席が前後だったというのもあって、ことあるごとにアイツが後ろに座っている私をからかうのが日常だった。
会話するわけではないんだけど、アイツの絶妙な笑い話や先生をからかう様子に、いつも笑わせられていた。
確かにアイツは面白いヤツで、私にとってはおふざけが上手なやんちゃ坊主程度のはずなのに……なんで私はアイツを好きになったのかわからなかった。
中学最後のバレンタインデーというのもあって、クラスの女子達は何かうきうきそわそわしていた。
私がアイツを好きだということを知っている友達が、「最後のバレンタインデーなんだから、いい記念だと思ってアイツにチョコ上げてみなよ!」と頻繁に私を突いていた。
アイツを好きな理由さえ見つけることができない私は、友達の勢いにただ負けてしまったという言い訳を作り、チョコレートとアイツへの手紙を用意した。
「びっくりさせてごめん。
好きだっていうことを伝えたかっただけなんだ。
私、美人でもかわいいわけでもないし、正直困らせてるだけなんだと思う。
だから、イヤだったら私が好きだっていうことも忘れてほしい。
ただ、私が自分の気持ちを伝えたかっただけなんだから。」
自分の手紙を見て、なんて色気がないんだろうと悲しくなった。
バレンタインデー当日、私の友達がアイツを呼び出した。
受け取るのを嫌がる素振りを見せるアイツ。
その様子を見て、「ああ、このままゴミ箱に捨ててしまおうか……」と思う私。
見かねて私の友達が、アイツの胸に無理やり押し付けた。
「迷惑だったら、捨ててかまわないから!」
そう叫んで、私は走って逃げた。
それからというもの、彼は私の方を振り返ることはなくなった。
やっぱり迷惑だったんだな……と思った。
アイツは意外にも他の女の子からモテていたらしい。
クラスの中で一番かわいいといわれている女の子、彼女もアイツにチョコをあげていた。隣のクラスのスポーツが一番できる活発な女の子もそうだった。
友達は、私に慰めの言葉をくれた。
「アイツを好きだと強敵が多いんだからさ」
私はバレンタインの出来事は、正直どうでも良かった。
他にアイツを好きな女の子がたくさんいても、どうでも良かった。
ただ、私を悲しくさせたのは、アイツが私を笑わせることがなくなったことだけだった。
それからというもの、私の学校生活は全てが色褪せて見えた。
時間の流れは、まるで風のようだった。
ただ、時折「アイツはどうなんだろう?」と風の流れの中で気にかける自分がいた。
卒業式間近になると、誰も彼もが別れの準備に忙しそうだった。
連絡先や卒業後に会う予定やら、女子の間では異性への告白準備やら男子の第二ボタン争奪戦の話で盛り上がっていた。
私はというと、「アイツはもてるから早めにボタンもらいに行くんだよ!」と、友達からいらぬアドバイスを聞かされていた。
そりゃあ私だって、一応は女の子だから、アイツのボタンは欲しかった。
でも、バレンタインデーの後のアイツの様子を見てたら、私はアイツからは除外されたんだって思うしかなかった。
それでも卒業式は、やってきた。
ボタンをもらいにいくか、止めるか、決断がいったりきたりしていた。
一つの決断に迷うと、こんなにも疲れるものなんだということを初めて経験した。
自分の席に座って、ただ「どうする?」と問いかけ続けていたおかげで、クラスメイトが帰り、校内には人がまばらになっていたことに気がつかなかった。
しまった!迷っている間に、アイツは帰ってしまった?
急いで学生かばんを掴み、廊下に走り出た。
心臓がドキリとした。
アイツが一人で廊下に立っていた。
あまりにも人がいないと、逆に気まずい。
(私は何をやっても格好がつかない女なんだなぁ)
そう思った私は、何も言わずに家に帰ることに決めた。
「おい……、もう帰るのかよ」
久しぶりに聞くアイツの声も、少し緊張しているように聞こえた。
「はいっ」
私は急に緊張したからか、顔を赤くして先生に答えるような返事をした。
アイツを見ると、学ランの前は大きくはだけていた。
(あっ、ということはもうボタンは全部ないんだな……)
そう思ったら、急に気が楽になった。
私からアイツに話しかけていた。
「高校受かったんだね。おめでとう」
「……うん」
言いたくはなかったのだが、やっぱりアイツのボタンに未練があったのだろう。
「随分もてるんだね…、ボタン全部ないみたいじゃん」
(バカ、バカ、なんでそんなこといってるのよっ、自分!私は大馬鹿者だ)
アイツは何も答えなかった。
「おい、お前……、ボタン欲しくないのかよ」
なんでアイツはそんなこと聞くんだろう?
一体私に何をいいたいんだろう?
私はどういえばいいのか一瞬戸惑ったが、「こうなったらとことん大馬鹿でもいい、最後なんだから大恥かいてもいい」と覚悟を決めて言った。
「じゃあ聞くけど……、もうボタンもう残ってないよね?どれでもいいから一つもらいたかったんだけど」
アイツはポケットに手を突っ込み、ナイフを出した。
(えっ、まさか逆に恨みをかっていたのか?)
「これしか残ってないんだよ、これでいい?」
アイツが外したボタンは、第二ボタンだった。
全部のボタンをあげても、そのボタンだけを残していてくれていたんだ。
アイツは頬を赤くしながら、「大事にしろよ」と私に手渡した。
私とアイツはお互いに背を向けて、違う方向に歩き出した。
私はこの時わかった。
私がずっと考えていた、好きになる理由。
私がアイツを好きな理由は、こういうささやかな優しさなんだと。