北天ノ城、炎上ス
1949年の6月深夜の松前町、その日は随分と暑い日だった。蝉がミンミンと鳴き出してもおかしくはない。
そう思いつつ、私は意味のないことばかり書かれている新聞紙とマッチ棒、そしてお馴染み工業用アルコールの入っている水筒を鞄に入れ、町役場に出勤する。ちっぽけな天守の横に、ちょこんとある松前町役場~昔はここに、松前奉行所があった~その中の当直室、ここが私の職場だ。
『おう、疲れた。交代だ。』
憎たらしい先輩の声と共に、仕事場の固い椅子に、すぐに座り込み、溜め息を吐く。
『やる気がねぇな』
そう先輩の叱責を受けつつ、交代する。
今日、私は生まれ変わる、この町をいやこの国を変えるのだ。そんな熱い気持ちをもった男とは正反対に、この男は袖を捲り、ぐったりと町役場をあとにしていった。
彼の男を見送ったあと、私は町役場を懐中電灯を回っていく。
どこにも人はいない。田舎町の町役場だからか、どこの課も水銀灯が消えている。懐中電灯で壁を照らしても、机と書類の影しかない。とぼとぼと歩いていると、当直室の黒電話のベルの音が鳴り響いた。小走りで当直室に戻り、受話器をとる。
「もしも~し、○○さん、○○さ~ん、いらっしゃいますか~い?」
私の名前。獣のような吐息が混じる声が聞こえる。
「○○さん、絶対やってくだせぇ。」
「○○さんのこと信じなければ…」
無論、私ならお茶の子さいさいですよ。
そう応じつつ、
「○○さん、おでらの復讐、叶えてください!!あの忌々しい建物をこの眼中に入れさせねぇでくだせぇ!!」
「○○さん、この地をいやこの日本という国を変えてくれよ!!」
そう言い残し、ダイナミックに受話器を置いた音がした。
時計をみると、もうてっぺんをまわり、十二時三十分になっていた。当直室の硬い椅子に座る私は、ふとこれでいいのかと、考え始めた。
この街には何の思い入れもない。ただ親の転勤で付いてきて、学校でいじめられた。ただそれだけだ。
その時に見えたのが、あの城だった。
憎たらしかった。ただ時代の流れが功を奏して、生き残ったわりには、ちっぽけで、朽ちた天守。
日本に13個しか残っていないとされる天守。
私以外の町民の誇りである天守。
僕に対し何もできなかった天守。
そんなもの、燃やしても私にはメリットしかない。
奴らにはデメリットしかない。
ならば燃やしてしまうのが、合理的だ。そう悟った矢先、あの獣のような吐息が混じる声の男がいる、アイヌ解放戦線という団体に入った。
そのグループの目標は北海道のアイヌ人らに民族自決の精神を持たせ、蜂起。その後、ソ連の衛星国となる。という突飛した計画だった。そしてあの男がいうには、この城はアイヌ人らの抑圧の象徴らしく、○○さんが燃やすことで蜂起への口火を切りたい、そのための支援はいくらでもする。
こちらにとってみれば、まぁ悪くはない話であるg……。
あぁ、寝てしまった起きるともう一時十分だった、この仕事のお陰で睡眠時間が短くなった。しかしもう決行の時間だ。私は、乱舞するような高揚感で、水筒の中身をばら撒いた。すぐ卓上ランプの上に遮光布と新聞紙を乗せ、マッチの火を焚いた。卓上ランプの上で焚いたのは、電灯の傘に遮光布を掛けたことによる失火だと思わせるためだ。我ながら良い考えだ。マッチの火は私の胸中を写すかのように、よく燃えた。アルコールの上に火が移っていくフランス料理かなんかのflambéを思い出す。火の海と化した当直室の床を軋ませ、胸の高まりを抑えながら、町役場を去っていく。
そして偽造工作のため、公衆電話に飛び入り、消防に
【町役場の○○です。火が、火が町役場を燃やしています。すぐ消防車を!!】
下手な演技だが誤魔化しがきくだろう。
公衆電話から出ると、木で出来ていた町役場は瞬く間に燃えていっている。あぁなんと素晴らしいのだろう。自分が勤めていた場所が、灰塵に帰して行くのは、そして私を苦しませてきた奴らの誇りを木っ端微塵出来るのは。
自然と地獄の業火ヘ向かっていた足を一度止める。あの地獄の業火に惚れ込む、そうすると私が燃やしたことがばれてしまう、そう思う人が多いだろうが、私は通報者だ。通報者がここにいなければ可笑しいだろう。いわば特権だ。メラメラと燃えていく火は、心に残る墨色の気持ちを燃料として使い、強くなっていった。
やがて火は天守へと燃え移っていく。
頭のなかを掻き廻らす音、
野次馬の啜り泣く音、
消防車の焦った音、
全てが爽快であり、心はウィーンよりも踊っていた。
もはや、理念なんてものは飛んでいた。ただ此の気持ちが晴れればいい、アイヌの解放がなんだ、この国がなんだ、美味しいのか?燃やす。ただ、それだけで良かったのだ。過去も、現在も関係ない。豪々と燃える日本の現存天守、1/13だった孤独で、意味を失いつつあった松前の城。私の眼中の塵と化す天守だったものを見て、自然と口角が上がってしまった。
初投稿です。下手な物語を見て下さり、ありがとうございます。




