貴き茶会、始動
ミルクに高い位置から紅茶を注ぐ「ティー・ディセント」が出てきます。
この儀式自体は創作ですが、このやり方で入れたミルクティーはとても美味しいです。
キッチンのシンクの上などで、試してみてください。
■シスルダウン男爵家■
男爵家の屋敷に、侯爵令嬢ヴィクトリアがついにやってくる――。
その報せを受けた瞬間から、メイジーの胃はきゅうと縮まるようだった。
まだ十三歳の自分に、侯爵令嬢の接待などできるはずがない。
けれど、父も母も緊張した面持ちで、まるで王族を迎えるかのように玄関で整列している。逃げ道などなかった。
ついに、侯爵家の家紋がついた馬車が門をくぐり、重厚な扉が静かに開く。
降り立った侯爵令嬢は、ダークブラウンの髪を美しく整え、絹の手袋をはめていた。
その瞳に映るものすべてを見透かすような気品がある。メイジーは自然と背筋を伸ばした。
「ようこそお越しくださいました、ハルバーウィン侯爵令嬢」
父の声が少し上ずる。
メイジーは緊張で指先が震えるのを感じながら、一歩前に出て頭を下げた。
「本日は、ようこそ……」
「こちらこそ。お招きありがとう存じます、シスルダウン家の皆様」
侯爵令嬢は凛とした笑顔を見せた。
その物怖じしない姿に、格に違いを感じてしまう。
いつもは騒がしい弟と妹も、圧倒されたようにお行儀よく挨拶をしていた。
「どうぞ、サロンへ」
母が先に立ち、陽当たりのよい小さなサロンに向かう。
淑女だけの方が楽しめるだろうと、父は弟と妹を促して階段を上っていった。
サロンにはローテーブルと革張りのソファが置かれ、装飾のないレースのカーテンが日差しを和らげていた。
飾り気はないが、丁寧に整えた空間だ。
「ようこそお越しくださいました、ハルバーウィン侯爵令嬢。
先日は、我が家のメイジーが大変お世話になったとか。本当にありがとうございます」
母が、どこか緊張の色を残した面持ちで、丁寧に挨拶を述べた。
「とんでもないことでございます。
かえって、我が家のお茶会にお招きしながら、不快な思いをさせてしまったこと――わたくしの不手際に、ただ恥じ入るばかりです」
侯爵令嬢は落ち着いた口調で応じ、その姿には微塵の動揺も見られなかった。
「本日はお招きありがとうございます。
また、シスルダウン男爵領の紅茶の儀式を拝見したいなど、不躾なお願いを聞き入れてくださり、感謝の念に堪えません。
ささやかですが、南方の我が領で採れる果物をお持ちいたしましたの」
侯爵令嬢が優雅に微笑みながら一礼すると、背後に控えていた侍女が静かに一歩前に出て、籠を差し出した。
「まあ……珍しい香り。ありがたく頂戴いたしますわ」
母が目を細めた。・・・今日の夕食に並ぶだろうか。濃厚な甘い香りだ。
サロンの扉が静かに開き、メイドがティーワゴンを押して入ってきた。そのすぐ後ろに従うように、我が家の執事が無言で続く。
侯爵令嬢はほほ笑み、そっとグローブを外す。
その仕草を確認したかのように、母はティーワゴンに視線を向けた。
「本日は、この執事が、我が領の紅茶の淹れ方、『ティー・ディセント』をご覧に入れます。
ささやかではございますが、どうぞお楽しみくださいませ」
一歩前に出た執事が、静かに礼をしてから言葉を継ぐ。
「本日ご用意いたしました、シスルダウン産のミルクです。春の牛乳は、冬のものよりもまろやかになり、新鮮な草の香りが感じられます。
それに合わせる紅茶は、渋みが強すぎず、ほどよい酸味や甘みがあるものを選ばせていただきました」
「まあ、紅茶に合うミルクではなく、ミルクに合わせて茶葉を選ぶのですか!」
侯爵令嬢は目を丸くし、感嘆の声を漏らした。
その瞳には、抑えきれない興味と期待が宿っていた。
執事は茶葉を計量し、注がれるお湯の温度を慎重に見極める。
手の動きは優雅でありながら、神経が行き届いている。彼はひと言も発さず、ただ静かに動く。
香りが立ち昇る。
執事は、まず温められた磁器のカップに静かに近づき、ミルクピッチャーを傾けた。
淡い象牙色の液体が、しと、と静かに底を満たす。ミルクの分量は、寸分の狂いもなく。
そして彼は、ティーポットをやや高い位置に掲げた。
それはまるで、儀式の始まりを告げるような静謐な動作だった。
紅茶が細く、美しい曲線を描いてカップへと注がれていく。
その音は、ただの液体の流れる音ではなかった。
高く澄んだ糸のような音が、サロンの静けさの中に響く――たぱぱぱ……と、耳にやさしく触れる音色。
ミルクと紅茶が激しくぶつかり合い、表面に次々と泡が浮かんでは消えていく。まるで競い合うように。
カップの中にはスプーンでかき混ぜていないのに、混じり合った、柔らかな色のミルクティーが完成している。
侯爵令嬢は息を呑んで見つめていた。
「……まあ。なんて見事な所作」
侯爵令嬢がぽつりとつぶやいた。
その目は紅茶と執事の動きに釘づけになっている。
「どうぞ、泡が消える前にお召し上がりください」
母がやわらかな笑みを浮かべて、ミルクティーを勧めた。
紅茶が注がれる様子を見ているうちに、母はいつもの落ち着きを取り戻していた。
――ここは彼女のホームグラウンドなのだ。
侯爵令嬢は笑みを深め、カップを手に取る。
そっと口元に運び、一口ふくむと、目を細めて静かにため息をついた。
「ミルクが引き立つのね。空気に触れたせいかしら、とても飲みやすい温度だわ」
それを聞いて、メイジーの胸の奥に、ほんの少し誇らしさが灯った。
執事が静かに口を開いた。
「今ご覧いただいたティー・ディセントは、シスルダウン家がブリューナ王国に下る以前、山岳民族であった頃からの伝統的な風習です。
当時は女神ではなく、自然の精霊たちを信仰しておりました。
その当時の言葉では『チャーナッ・ナ・ドゥーリャ』と言い、『自然の精霊たちに捧げる茶の儀式」という意味を持ちます。」
その言葉に、メイジーが小さくつぶやいく。
「へー、そんなに大そうなものだったんだ」
母はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。
・・・あまり興味がなかったんだもの。
執事は咳払いをして、説明を続ける。
「この儀式には、火・水・土・風の四つの精霊のお力を借りします。
火の精霊からは、お湯を沸かす熱をいただき、
水の精霊からは、茶葉を清めるための水をいただき、
土の精霊からは、大地の恵みである茶葉そのものをいただき、
風の精霊の息吹によって、香りと湯気が生まれます。
こうしてできあがった茶の杯は、感謝を込めて精霊たちに捧げられます」
執事は、侯爵令嬢がテーブルに戻したカップを見つめた。
「その際、精霊の代理として、その場で最も敬われる者が飲み干すのです。
山岳民族時代は族長、ブリューナ王国に下る際は女王・・・新年の挨拶では家長がその役割を担っております」
まるでヴィクトリアが歴史上の女王であるかのように、執事は恭しく礼をした。
ヴィクトリアは少し照れながらも、嬉しそうに答えた。
「そのような貴重な一杯を、ありがとう存じます」
執事は一仕事終えたような満足げな顔で、母とメイジーの分も淹れていく。
スコーンに、山盛りのクロテッドクリームやジャムが勧められ、和やかなティータイムが始まった。
「とても美しい儀式ですね。
新年の挨拶ということは、このティー・ディセントをできる方が各家庭にいらっしゃるのですか?」
「そうですね……少なくとも祖父世代の男性は、ほぼ全員できますね。若い世代になると家を継ぐ者や、おじいさまっ子・・・くらいでしょうか。
私どもの世代くらいから、古くさい、田舎くさいと言い出す者が出始めました。
それと、上級者でなければ雫が飛び散って汚れるので、無理に引き継がなくてもいいと考える人もいますね」
母が思い出すように言う。
「まあ、もったいないこと……」
ヴィクトリアはカップを置き、まっすぐに母とメイジーを見る。
「そのような技術を『見るために』お茶を飲みに来る・・・そういう場所があれば、きっと話題になると思うのだけれど。
そう思いませんか?」
「え……?」
思いがけない展開に、メイジーは目を丸くする。
「コンセプトカフェとか執事喫茶のイメージ・・・どう伝えればいいかしら」
侯爵令嬢が馴染みのない単語を口にする。
「そうですね・・・・・・あ、特別な『体験』を提供しましょう、ということです」
侯爵令嬢はは楽しげな表情のまま、スコーンを両手で割って、ラズベリーのジャムを塗った。その上にクロデッドクリームを上品に乗せる。
うちはクロテッドクリームをどっさり乗せて、その上にジャムだから逆だわ。
「こちらもとても美味しいですね」
というお言葉に、安心しました。後で厨房に教えてあげましょう。
「おそらく、少しお時間があって、ティー・ディセントの所作を受け継いだ方々いらっしゃいますよね。
例えば、引退したご隠居や、軽い怪我をして第一線で活躍できない人、王都の学園や大学に通っている学生さん、出稼ぎで王都に来ている人・・・。
その所作を受け継いだ方々に、お茶を淹れていただく場を設けるのです。
それは、ただの『見せもの』ではなく――
領地の伝統を、正しく、美しく伝える場になるはずです。
それが広まれば、シスルダウン男爵領の文化そのものが称えられるのでは、と思うのですが」
「パフォーマンスとして……ですか?」
男爵夫人が戸惑うように尋ねた。
「あ、失礼しました。
もちろん、『演じる』のではなく、『伝える』のです。
精霊様への敬意を込めて、ティー・ディセントの意味や歴史的背景もきちんと伝えたい。
そのためのリーフレットなどを作ってもいいですね」
男爵夫人はしばらく沈黙し、それから静かにうなずいた。
「……歴史や文化を守り、継承するのも領主の役目。そのような形もまた、儀式を廃れさせないための新しい道かもしれませんね」
「ええ、まさに、そうなんです!」
ヴィクトリアは身を乗り出し、小声で囁くように言った。
「歴史好きにも、たまらないロマンですわ。
古き良き精霊信仰への憧れをもつ人もいます。作家や画家がそれをテーマに作品を書くかもしれません」
メイジーが首をかしげて尋ねた。
「そんなのわざわざ、見に来る人がいるのかしら?」
「地元の人ほどその価値に気づかないというのは、よくある話ですわ!
この儀式を見たら、貴族のご婦人たちは、しゃべらずにいられない。
お話を聞いただけでは想像がつかないから、きっと我先にと見に来るはずよ。
そして一度味わえば、きっとこの魅力に気づきます。
もちろん、流行への興味だけで終わる方もいるでしょう。
ですが、これをきっかけに、その背後にある精神性にまで想いを馳せてくださる方もいるはずです」
侯爵令嬢は目をキラキラさせ、早口でまくし立てた。
夫人が小さく「まあ……夫を呼んできた方がいいかしら」と声を漏らす。
執事が一つ頷くと、部屋を出て行った。
そして、侯爵令嬢ヴィクトリアは誰にも聞こえないようにつぶやくのだった。
「――前世でも『地方創生』と称して、どこかで見たことがあるような姿に変えられてしまった街がたくさんあった。
本当に大切なのは、その土地にしかない文化を守り、伝えること。
このお茶の儀式は、守るだけの価値を持っていると思うのよ」と。
メイジーの父は顎に手を当て、真剣な顔で考え始めた。
「魅力的なお話ですが、事業となると人員も場も必要でしょう。男爵家に、そんな余裕は……」
「先ほど拝見して思いついたことなので、実際には帰宅してから両親に相談することになります。
あくまで、アイディアの交換と思っていただければ・・・」
それはそうですよね。私たちの年齢で事業を任されるなんて、いくらヴィクトリア様でもないですよね。
「実は、母が、侯爵家の家騎士団の傷病軍人と未亡人の支援を目的とした場を作ろうとしております。
場所は、王都の貴族街と平民街の両方で物件を探していると申しておりました。
・・・ただ年金を支払うだけではなく、生きがいを持てる仕事を手にしてほしいのです」
夫人は黙って耳を傾けている。
「そこで、ティ―ルームとしての体裁を整え、働く方々が誇りを持って人前に立てるよう、工夫したらどうかと思いつきました。
せわしなく食べる場ではなく、ゆったりと時間を楽しむ場所にして、思いやりが溢れるような雰囲気にしたい。
貴家のティー・ディセント――精霊に捧げる、あの美しい茶の儀式は、平和な日々への感謝と丁寧な生活を思い出させてくれるのではないでしょうか」
ヴィクトリアは一拍おいて、少し身を乗り出した。
「もし許されるのなら、その儀式を『文化として正しく紹介する場』として、お力を貸していただきたいのです。
形ばかりの『見せ物』にしないよう、話し合っていきましょう。
精霊への敬意、儀式の背景、そして男爵領の誇りを、しっかり伝えられるように準備いたします。
そして、王都で認められたら、自分たちの故郷に対して誇りに思えることが一つ増えるのではないでしょうか。」
執事が小さく瞬いた。
私も胸を張って領地のことを話せるようになるかしら・・・。
「そこで、ご提案です」
ヴィクトリアはさっと背筋を伸ばし、まるで政務を提案するかのような口調になる。
「侯爵家から、立ち上げの支援をする人材を出します。店舗の設計、接客の指導、帳簿の管理など、基礎を整える助けになるでしょう。
男爵家からは、ティー・ディセントができる男性陣と男爵領らしいお茶菓子を提供していただき、お店の雰囲気はシスルダウン領を前面に出すのです」
その言葉に、一同の空気が一瞬止まる。
「それは……あまりにも大きなご支援では?」
父の声がかすれる。
「我が家ごときに、侯爵家のお力添えなど、畏れ多いにも程があります」
「もしご了承いただけたら、私は本気で母を説得します。
経営の立ち上げを間近で学びたいと申し出れば、認めてもらえる可能性は高いと思います」
流石、侯爵家。我が家とは「勉強」の規模が違います・・・。
「この紅茶をいただいて、何もしないで帰るなんて、わたくしにはできません。
この一杯には、シスルダウンのご祖先様の誇り宿っているように思えます。
雪深い土地で積み重ねられた暮らし、丹精込めて育てられた牛たちの恵み・・・。
そうした文化は継ぐ者がいなければ、やがて消えてしまいます。
消えるくらいなら、少し形を変えてでも、残せる道を探しませんか?」
「……」
父と母が顔を見合わせる。メイジーは、椅子の上でそっと拳を握った。
ヴィクトリアの目は冗談ではない。けれど、何よりその瞳の奥には、好奇心と期待の光が宿っていた。
「し、しかし……我が家には、王都で事業をした経験など……」
「構いません。
事業というものは、実のところ、始めてみなければ採算が取れるかどうかなど分からないのです。
もちろん、始める前に、あらかじめどこまでの損失なら許容できるかを設定しておきます。
その範囲を超える前に撤退すれば、侯爵家には大きな影響はありません。
シスルダウン男爵家にとっては―――たとえ撤退したとしても、ティー・ディセントの存在を知っていただき、領地の知名度を今よりも高められたという、ささやかな成果を得られると思います。
そして何より―――」
ヴィクトリアは、勝負をかけるように男爵夫妻の目を覗き込む。
「これで、シスルダウン家が『他家では代えのきかない価値』をお持ちだと、ご理解いただけるのではありませんか?」
「……」
母がそっと、父の手を取る。父は深く息を吐き、やがてゆっくりと頭を下げた。
「では……僭越ながら、侯爵家のご厚意、ありがたくお受けいたします」
「よかった! 家に帰ったら、すぐにでも母に相談してみますね。
上手くいったら、シスルダウン領の乳製品の取引も増えるのではないかしら。
そういえば、先日いただいたチーズクッキーも絶品で、特に兄が気に入っていましたのよ」
ヴィクトリアは、ぱっと花が咲くように笑った。
そして、カップを手に取り、再び香りを楽しむように口をつけた。
その仕草を見ながら、メイジーは改めて、ミルクティーの香りがとても心地よいものだと思った。
■ハルバーウィン侯爵邸■
屋敷に戻るなり、ヴィクトリアは母に面会を求めた。
執事に両親が書斎にいると聞き、その足で駆け込んだ。
「父上、母上。聞いてくださいな。
シスルダウン男爵家で、とても素敵な紅茶をいただきましたの。
家庭教師に教わったティー・ディセントは、想像以上に見た目にも耳にも美しく、味も素晴らしかったのです。
それを見て、わたくし、思いついたの。
茶の『儀式』を楽しむティールームを開くのはどうかしら、と」
興奮を隠しきれない。
落ち着きなさいと、母が侍女にお茶を申しつける。
テーブルの上に紅茶のカップを置く仕草さえ、どこか浮き立っていた。
「まあ……あなたのお眼鏡にかなったのね」
侯爵夫人は顎に手を添えながら娘の顔を見た。
「つまり、それが店として成立できると?」
「母上、先日おっしゃっていたでしょう? 傷病軍人と未亡人の支援事業のこと。なかなか良い案が出ないと」
侯爵夫人はため息まじりにうなずく。
「ええ。本人たちはやる気があるのだけれど・・・」
「ですから、ティールームはどうかしら?
軍人や未亡人をスタッフとして雇い、目玉になるティー・ディセントやお菓子はシスルダウン家に協力してもらうの
紅茶を注ぐ技術を持つ者に舞台を提供して、お茶を通じて時間と美を売るのです。母上もお好きでしょう?」
「侯爵家が運営し、表に立つのはシスルダウン男爵家か」
侯爵が感心したように口にした。
「それは……素敵な考えね」
侯爵夫人も一瞬考え込むようにしたあと、賛同してくれた。
「ティー・ディセントは紅茶の入れ方というだけでなく、精霊を大切にする儀式なのですって。
だから、ただのパフォーマンスではなく、精霊様を侮らないように気をつけるというお約束をしました」
わたくしの胸には、どこか誇らしさがあった。大切な文化を扱わせてもらえるというプライドが。
「なるほど。もちろん、そのような配慮は大切よ」
侯爵夫人は微笑んだ。
「お茶会の話題に困らないどころか、きっと皆が行きたがるわ。
でも、そんな場が一つできたら、次は“うちにも来て”という依頼が殺到するでしょうね。出張してパフォーマンスしてほしいと」
夫人の言葉に侯爵が頷いた。
「その時に困らないように、『お店のスタッフ』と『出張用パフォーマー』を分けたシフトを組んでおくべきね。人手の確保は早めに。それから――」
「それから?」
「食品衛生。パフォーマンスに気を取られすぎて、温度管理や提供タイミングが雑になれば、すぐに評判は落ちるわ。特に、貴族の口に入るものは『演出込みの信頼』で成り立っているのよ。紅茶の温度管理は我が家から火の魔法使いを出しましょう」
「ありがとうございます!」
いつの間にか、母の中で貴族街に出店することが決まったらしい。
「それから、開店当初は物見遊山のお客で混雑するわ。
客席の回転率を気にするのではなく、『あの席に座ってゆっくりしたい』と思わせる空間作りを優先した方が良いわね。ブームが落ち着くまでは予約制にしましょう」
ヴィクトリアはメモを取り始めた。
母の目は本気だ。
父はすでに執事に書庫の鍵を持ってこさせ、帳簿と予算案を広げている。
「娘の提案に、我々も本気で乗ろう」
侯爵は、静かに言った。
「良いものを見抜く目を持ったわね。援助は惜しまないわ。
経営はあなたの責任で進める? 文官を一人付けますが、そちらを責任者にしてもいいわ」
「その文官と相談してから決めたいと思います。」
ヴィクトリアは微笑んだ。
この家では、心から何かを語れば、誰かが本気で受け止めてくれる。
そのことが、何より誇らしかった。
「音がキレイに響くティーカップも要るのでは?」
「工房を持っている子爵に相談します!」