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幽愁の月  作者: 巫部朱莉
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武闘大会②

 審判の合図とともに虎梁(ふーりゃん)は地を蹴った。殷石(いんしー)の間合いに入るや否や斬撃が飛んでくるが、左右に軽やかに身を翻し、殷石(いんしー)の間合いから出たり入ったりを繰り返す。


「くそっ……ちょこまかと!」


 虎梁(ふーりゃん)の動きに斬撃が追い付かず、気づけば、ただ闇雲に刀を振り回している状態になっている。長い黒髪を靡かせて軽やかに斬撃を躱す虎梁(ふーりゃん)はまるで舞を舞っているようで、観衆はその姿に見惚れ歓声を上げた。


 斬撃の間を潜り抜け殷石(いんしー)の背後に回った虎梁(ふーりゃん)は、跳躍しその巨体の後頭部へ刀を振り被った。自重を乗せた一撃は寸分違わず狙った場所に打ち込まれ、金属の硬い音を響かせた。


殷石(いんしー)の動きが止まり、少し遅れてその巨体がゆっくりと前に傾いだ。鈍い音を立てて地面に沈んだ殷石(いんしー)は、そのままこそとも動かない。


 騒がしかった観衆はその様子を見て水を打ったように静かになった。


 審判が慌てて殷石(いんしー)の傍に寄り、息があることを確かめて手を上げる。


「昏倒しておられるため続行不能とみなし、この勝負、虎梁(ふーりゃん)将軍の勝ちと致します!」


 場内が再び大歓声に包まれた。割れんばかりの拍手と、虎梁(ふーりゃん)を称える賛辞の声を浴びながら、虎梁(ふーりゃん)は模擬刀を鞘に納め場内を軽く見回す。その視線が正面の観客席より一段高い位置にある展望席で止まった。


 展望席には御簾が下りており、その中に人影が見える。中にいるであろう人物と御簾越しに視線が合った気がして、虎梁(ふーりゃん)は片膝をつき拱手する。同時に銅鑼が鳴り場内が静まり返った。

 銅鑼の音と同時に御簾が上げられ中にいた人物が姿を現す。


 玄の冠。玄の上衣下裳に赤地の薄衣。金糸で彩られた龍の刺繍が見事な、王のみが着用を許される衣に身を包んだその人物は、御簾が上がり終わると同時に椅子から立ち上がり、その姿を群集の前に現した。

 精悍な顔立ちに衣の上からでも分かる逞しい躯体。堂々たる偉丈夫とはこのことをいうのだろう。ただ黙って立っているだけなのに圧倒されるほどの覇気。観客はその覇気に呑まれて息を呑んだ。


 力強い相貌がひたと虎梁(ふーりゃん)を見下ろしている。


「見事であった、虎梁(ふーりゃん)


 低くよく通る声で王は言った。


「有り難う存じます」


 拱手したまま頭を下げる。


「虎の字を名に抱くに相応しい、洗練された身のこなしと刀遣いであった。其方のような人物が禁軍左軍将軍であることを誇りに思う」


 そう言うと王は片手を上げる。


「些少ではあるが、虎梁(ふーりゃん)の健闘を称え褒美を遣わす」


 すると段下より細長い絹布に包まれたものを持った兵士が現れ、虎梁(ふーりゃん)の元へとやってきた。


「主上より虎梁(ふーりゃん)様への褒賞でございます」


 その品を手に取り絹布を剥がすと、中から一振りの刀が姿を現した。


 鞘に見事な装飾が施されていて、美術品と言っても過言ではないほど美しい刀だ。そっと鞘を抜くと、これまた見事な刀身が姿を現した。静まり返った水面のような刃面は、熟練の職人によるものだろう。恐ろしいほどに鋭く磨き抜かれていた。


 武道大会の優勝賞品としてはこれ以上ない品を手に、虎梁(ふーりゃん)は壇上の王を見た。逆光になっていてその表情を伺い知ることはできないが、力強い眼差しが自分に注がれているのは分かった。


 虎梁(ふーりゃん)はその美しい刀を両手に掲げ首を垂れる。


「有難く頂戴いたします」


「うむ」と王が頷く。「これからも鍛錬を重ね、更なる高みを目指すことを期待している」


「御意」


 そう言って深く叩頭すると歓声が沸いた。王を称える声と虎梁(ふーりゃん)を称える声が交錯し、場内の興奮はいつまでも止むことが無かった。

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