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幽愁の月  作者: 巫部朱莉
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武闘大会①

 翌日、王宮内の広場は熱気に包まれていた。


 四方を階段状に配置した観覧席は、大勢の人々で埋め尽くされている。普段、市井の民が入ることが許されていない王宮内の闘技場だが、年に一度王主催の武闘大会が催され、その期間だけは誰でも王宮内に立ち入ることが許される特別な日である。


 人々の視線は闘技場の舞台上にある二人の人物に注がれていた。


 片や、巌のような体躯に黒を基調とした重厚な鎧をまとった壮年の男。禁軍右軍将軍、殷石(いんしー)である。そしてもう一人は白銀の鎧を纏った細身の人物。禁軍左軍将軍、虎梁(ふーりゃん)であった。


 数日にわたって開催されている武闘大会の最終戦を飾るこの戦いは、禁軍将軍同士の対決ということもあり、城内の熱気はひとしおである。


 三本先取したほうが勝ちとなるこの勝負。審判に促され二人がそれぞれ得物を手に構える。手にしているのは競技用の模擬刀だ。


 巌のような大男と細身の女性。それだけ見れば力の差は圧倒的なように思われる。


 しかし――。


「始め!」


 審判の合図と共に二人が地面を蹴る。


 殷石(いんしー)はその大きな体からは想像もできないような俊敏な動きで一気に間合いを詰め、手にした模擬刀で虎梁(ふーりゃん)の胴を薙ぎ払う。しかし手ごたえはなく、そのまま空を切って僅かに体勢を崩す。


 虎梁(ふーりゃん)殷石(いんしー)の動きを見切って最小限の動きで刀を躱し、その勢いを体に乗せて逆に殷石(いんしー)の背中に模擬刀を叩き込んだ。模擬刀が鎧を叩く鈍い音がして、殷石(いんしー)は本格的にバランスを崩して地面に膝をついた。


 反撃しようと体制を立て直そうとした殷石(いんしー)の首筋に、冷たい感触がして彼は動きを止める。模擬刀の切っ先が背後から首筋に触れていて殷石(いんしー)は唇を噛んだ。


虎梁(ふーりゃん)将軍!一本!」


 審判の判定に場内がどよめく。


 歓声と不満の声が半々に入り混じっている。無理もない。観客は将軍同士の対決ということで、実力伯仲の戦いを期待していたのだ。それが一瞬で決着がついてしまっては肩透かしというもの。浴びせられる不満の声に、虎梁(ふーりゃん)は苦笑して模擬刀を殷石(いんしー)の首元から引いた。


 殷石(いんしー)は苦虫を噛み潰したような顔をして立ち上がる。


「今のは油断しただけだ」


 吐き捨てるようにそう言ってもう一度模擬刀を構える。


「次は油断せぬ!」


 あっさりと一本取られてしまった恥辱から、顔を真っ赤にして鬼のような形相で吠える殷石(いんしー)を冷めた目で見やり、虎梁(ふーりゃん)も再度刀を構える。


「二本目、始め!」


 先ほどは二人同時に動いたが、今回動いたのは虎梁(ふーりゃん)だけであった。殷石(いんしー)は、今度は守りの姿勢で虎梁(ふーりゃん)の攻撃を受ける。模擬刀の刃と刃が交わる硬い金属音が響き観衆がどよめく。刃に自重を乗せて斬りかかるも、体躯の差は如何ともし難く、殷石(いんしー)が丸太のような腕を振り払うとそれに押されるように虎梁(ふーりゃん)の体も宙を舞う。


 ふわりと鎧の重さを感じさせない動きで着地する虎梁(ふーりゃん)の足元を狙い、今度は殷石(いんしー)が攻撃を仕掛ける。だがその攻撃も間一髪のところで避けて、再び虎梁(ふーりゃん)殷石(いんしー)に斬りかかる。


 模擬刀の鈍らな刃ががっちりと噛みあい、二人は刃越しに睨みあう。


「身のこなしだけは相変わらず軽やかよの」


 どこか揶揄するような口調で殷石(いんしー)が口を開いた。


女子(おなご)の細腕で儂に勝とうなぞ烏滸がましい」


 じりじりと虎梁(ふーりゃん)の刃を押し戻しながら忌々しそうにそう言う。


 禁軍右軍将軍、殷石(いんしー)はこの言動からも分かるように、虎梁(ふーりゃん)に対して敵意がある。女の身で在りながら禁軍左軍将軍に取り立てられていることも気に入らないし、自分より一回り以上も年下の人間が、自分より心理的に位の高い左軍将軍に就いていることも気に入らない。つまるところ、虎梁(ふーりゃん)の全てが気に入らないのだ。


 公の場では表面上取り繕い良好な関係を装っているが、衆目の無い所では如実に敵意を表してくる。今も場内の歓声にかき消され、虎梁(ふーりゃん)にしか聞こえないのを良いことにこうして露骨に罵り揶揄してくる。


 そんな殷石(いんしー)に冷ややかな目線をくれて虎梁(ふーりゃん)は言う。


「その女子(おなご)に簡単に一本取られたのは何方でしょうか」


 言うや否や殷石(いんしー)の膝に強烈な足蹴りを食らわせ、その反動で背後に飛び退る。体重を掛けていた膝への攻撃に、再度、殷石(いんしー)の体は体勢を崩す。その隙を狙って虎梁(ふーりゃん)は再び殷石(いんしー)に斬りかかった。


 鋭い金属音が響き、再度刃が交わる。体制を崩しながらもなんとか虎梁(ふーりゃん)の刀を受け止めた殷石(いんしー)は、その顔に憤怒の表情を浮かべている。


「膂力や脚力は敵わなくとも、身のこなしでいくらでも相手を篭絡できます」


 そう、実際筋肉の塊のような体躯の殷石(いんしー)と細身の虎梁(ふーりゃん)では腕力の差は歴然としている。仮に腕相撲などで勝負すればひとたまりもないだろう。女である以上、身体的に男の筋力には敵わないのが分かっているからこそ、虎梁(ふーりゃん)は誰にも負けない俊敏さと動体視力を鍛えたのだ。どんな攻撃も当たらなければ意味を成さない。あらゆる攻撃を見抜く目と、軽やかな身のこなしが虎梁(ふーりゃん)の最大の武器なのだ。


殷石(いんしー)殿の攻撃は一打が重く強烈だが動きが大きすぎて隙だらけです」

「……っ、避けるしか能のない女子(おなご)の分際でっ!」

「避けるしか能が無くても攻撃が当たらなければ負けません」

「ほざけ!小娘が!」


 怒鳴って力任せに腕を払う。その腕に虎梁(ふーりゃん)は体ごと背後に弾き飛ばされる。空中で体勢を変えて着地すると、般若の顔になった殷石(いんしー)が突進してくる。


「もう我慢がならぬ。年長者に対する態度も含めて貴様は将軍に相応しくない。この場で引導を渡してくれるわ!」


 振り下ろされる刃には迷いが無い。殺す気で斬りかかってきている。丸太の様な腕から一撃が振り下ろされるたびに風圧で体が押される。いくら模擬刀の鈍らな刃といえ、この攻撃をまともに受ければ怪我だけでは済まないだろう。攻撃の一つ一つの威力はかなりのものではあるが、虎梁(ふーりゃん)にとっては容易く避けられる程度の速さ。


 矢継ぎ早に繰り出される斬撃を、柳のように交わしながら虎梁(ふーりゃん)はため息を吐く。


 小娘の挑発に乗ってこれが国王主催の武闘大会であることを忘れ、後先考えずに目の前の敵を倒すことに盲目的になる短絡的な思考の持ち主が、紛いなりにも禁軍右軍将軍とは嘆かわしい。女性や若輩者に対する侮りも酷い人物が、どうして将軍にまで成り上がることが出来たものか、と。


 そろそろ決着をつけるかと思ったその時、斬撃と共に何かが目に飛んできた。


 思わず目を庇って僅かに体勢が崩れる。その隙を狙って殷石(いんしー)が一撃を叩き込んできた。なんとか体勢を立て直そうとするも、斬撃の方が僅かに速い。避けきれなかった一撃が頬を掠め、鈍い衝撃と共に兜が弾け飛んだ。同時に長い黒髪が宙を舞い、端正な顔が白日の下に曝け出された。普段市井に関わることが少ない禁軍将軍の、その美しい素顔に観客皆が一瞬呆けた。しかし次の瞬間、虎梁(ふーりゃん)が地面に膝をついたことで場内にどよめきが起こった。


殷石(いんしー)将軍!一本!」


 審判の声に割れんばかりの歓声が上がった。


 油断したな、と軽く自嘲する。


 僅かに掠った斬撃で軽い脳震盪を起こしたらしい。額に手を当ててぐらつく頭を落ち着かせる。目の辺りには細かい砂がついており、おそらく斬撃の瞬間に殷石(いんしー)が手に忍ばせていた砂を目潰しに使ったのだろう。実践の場であれば有用な手段であるが、武を競う大会には凡そ相応しくない。


 地面に膝をついた虎梁(ふーりゃん)殷石(いんしー)が勝ち誇った顔で見下ろしている。


「汚い手を……」

「勝負に汚いも綺麗も無いわ。小娘が」


 顔についた砂を払い落とし、虎梁(ふーりゃん)はゆっくりと体を起こした。


「これは王の御前で武を競うための大会。そんな卑怯な手を使って、恥ずかしいと思わないのですか」

「王の御前だからこそ勝つことに意義がある。女子(おなご)には戦闘の基本が分らぬようだの」

 小馬鹿にした様子で鼻を鳴らす殷石(いんしー)に、虎梁(ふーりゃん)は大きくため息を吐いた。

「よく分かりました」


 そう言って模擬刀の切っ先を殷石(いんしー)に向ける。


「ならば私も手段を択ばないことにしましょう」

「なんだと?」

「御前試合ということで、観衆への見せ場も必要かと思い手加減していましたが、貴殿にはそういった気遣いは逆効果ということがよく分かりました。次の手で勝負をつけさせていただく」

「なっ……」


 淡々という虎梁(ふーりゃん)とは対照的に、怒りに言葉を詰まらせる殷石(いんしー)


 怒りに体をわなわなと震わせるのを冷たい目で見やり、再び刀を構えた。


「参る」

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― 新着の感想 ―
文章に雰囲気がでていて素敵だなと思いました。 あとこれは余計なお世話かもしれませんが、名前のルビはこれカタカナの方がもっと良くなるのでは? と。 続きも読んでいこうと思います。執筆頑張ってください…
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