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幽愁の月  作者: 巫部朱莉
30/31

昇華

 消火隊と捜索隊として城下に下りていた三師。そして殿で遡州(そしゅう)に向かったばかりの一軍を呼び戻して徹底的な捜索が行われた。捜索は三日三晩続き、火付けをしていた者たちが続々と捕らえられる一方で、城下郊外に潜んでいた不審な軍勢を引き返してきた一軍が見つけ捕らえてきた。どうやらこの一団が火災に乗じて王宮に攻め入るための一団だったらしい。火付けをした者たち共々、寧の兵士だった。


 捕らえた寧の兵士を尋問した結果、狙いが武戴(うーだい)の首と虎梁(ふーりゃん)を捕らえることだったと白状した。虎梁(ふーりゃん)を捕らえ、寧へ連れてゆくことができれば莫大な褒章が約束されていたのだという。虎梁(ふーりゃん)の、渓の王族の力を利用するためだったのだと、その兵士は語った。


「やはり私も狙われていたのか」


 露台の上から街を見下ろしながら虎梁(ふーりゃん)は呟いた。城下の街はあちこちに火災の痕が残るものの怪我人はいなかった。幾つかの建物は全焼を免れることが出来なかったが、それでも死人怪我人が無くて幸いだった。虎梁(ふーりゃん)の呼んだ雨は間違いなくこの街を救ったのだ。


 虎梁(ふーりゃん)の特異な力のことは瞬く間に城下へ知れ渡り、街に下りると街を救ってくれたことへの礼を言おうと民に囲まれるようになってしまったため、辟易して此処の所はずっと城内に留まり雑務を片付けていた。


梨花(りふぁ)の手引きだったとか……信じたくはありませんが、事実なんですね」


 隣で苦い顔をして(ふぇい)が言う。もう(ふぇい)梨花(りふぁ)に「様」を付けなかった。梨花(りふぁ)虎梁(ふーりゃん)を陥れ、捕らえようとした。例え長年そばにいた乳母であっても、梨花(りふぁ)は敵だった。敵に対して敬称は必要ない。(ふぇい)はそう決めたようだ。


 虎梁(ふーりゃん)を狙ったのは梨花(りふぁ)の助言だったと寧の兵士は語った。梨花(りふぁ)虎梁(ふーりゃん)の力のことを寧王へ伝え、その力を欲した寧王が虎梁(ふーりゃん)を捕らえるよう命を下したのだと。噂をばらまいたのも梨花(りふぁ)の手引きで、噂によって虎梁(ふーりゃん)が軍を追われればそこを狙って捕らえる腹だったのだと。しかし噂の効果も空しく状況が変わらなかったため、業を煮やした王により陽への侵攻が決まった。庁會(ちょうかい)綾架(りょうか)で禁軍と州師を引き付けて、手薄になった隙に王都に火を放ち混乱に乗じて武戴(うーだい)を討ち、虎梁(ふーりゃん)を捕らえる計画だった。


 結局、その計画は虎梁(ふーりゃん)自身の手により瓦解したのだが。


「できれば梨花(りふぁ)の本音が知りたかったな。私への情は無かったのか。ただ間諜としての役割を果たすためだけに私を利用していただけなのか。本当の所を知りたかった」


 街を見下ろしながら呟く虎梁(ふーりゃん)(ふぇい)が静かな声で応える。


「今更聞いたところで詮無い事ですよ。梨花(りふぁ)を問い詰めて、そしてまた貴女が傷つくなんて見たくありませんからね」


 顔を顰めてそう言う(ふぇい)虎梁(ふーりゃん)は苦笑する。(ふぇい)の言う通り、自ら傷つく道を選ぶ必要はない。情があり、自分も苦悩した、という答えを何処かで期待している自分がいて苦いものが胸を過る。そうでない答えが返ってきたら傷つくのは分かっている。だったら聞かない方が良い。


 (ふぇい)の言葉に「そうだな」と返した時、後ろから兵士が自分を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると麾下の一人が詰所の入口から顔を出して虎梁(ふーりゃん)を呼んでいる。


「主上が今夜、正寝へ来るようにとの仰せです」


 虎梁(ふーりゃん)は承知した、と頷いた。



 夜、正寝の露台で虎梁(ふーりゃん)武戴(うーだい)と向かい合っていた。空には満月。酒の満たされた盃に満月が映り込んで静かな輝きを放っていた。


 あの日以来、共に忙しく二人で向かい合って話をする機会が無かった。だがいざこうして向き合ってみると、武戴(うーだい)に縋って泣きじゃくってしまったことが思い出されてしまい、居たたまれない気分で身じろぎしてしまう。


 そんな虎梁(ふーりゃん)の動揺を感じ取ったのか武戴(うーだい)が小さく笑う。


「落ち着かないようだな」


 見透かされて顔に朱が上るのを感じた。


「先日は取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

「なかなか貴重な姿を見せてもらった」

「……っ、お戯れを」


 羞恥に思わず顔を両手で覆う。くつくつと武戴(うーだい)の笑う声が聞こえて虎梁(ふーりゃん)武戴(うーだい)を軽くねめつけた。


「それより、お体はその後大丈夫なのですか?傷が開いたりはしていませんか?」


 気恥ずかしさを誤魔化すようにそう問うと武戴(うーだい)はちらりと自分の襟元を寛げる。肩口から斜めに一本、赤く盛り上がった傷跡が見える。その傷跡が痛々しく見えて一瞬眉を顰めたが、武戴(うーだい)は事も無げに


「大丈夫だ。痛みもないし動きにも妨げは無い。其方の力のおかげだ」


 そう言って襟を戻す。事実、武戴(うーだい)の動きには淀みが無いし傷は完全に塞がっていると思って問題ないようだった。


 虎梁(ふーりゃん)は安堵の息を吐き、盃の酒をちびりと舐めた。寛いで酒を飲んでいる武戴(うーだい)を見つめて思う。あの日、何故、武戴(うーだい)はわざと斬られたのだろうか。贖罪のためとは言え、斬られれば命の危険に瀕することなど容易く予想がつくはず。この国の王が自ら命を投げ出すなどどう考えてもまともな判断ではなかったはずだ。ずっと聞きたくて仕方なかった疑問を投げかける。


「何故、わざと斬られたのですか?」


 武戴(うーだい)は軽く眉を上げて虎梁(ふーりゃん)を見る。


「本当に死んでしまったらどうなさるおつもりだったのですか?」


 声が震える。実際、虎梁(ふーりゃん)が力を使わなかったら武戴(うーだい)は間違いなく命を落としていた。手に、武戴(うーだい)を斬った時の感触が蘇って虎梁(ふーりゃん)は軽く体を震わせる。この手で武戴(うーだい)の命を奪っていたかもしれない恐怖が蘇る。


「其方へ贖罪ができるなら、死んでも構わないと思ったのは本当だ」

武戴(うーだい)様!」

「だが、其方の力があれば死なないだろう、とも思っていた」


 武戴(うーだい)の言葉に虎梁(ふーりゃん)は目を見開く。


「其方が翔霞(しゃんしゃ)を使えば、人の体液も自在に操れると聞いた。ならば、仮に斬られたとしても其方が癒してくれるのではないか、と思ったのは間違いない」

武戴(うーだい)様はあれが翔霞(しゃんしゃ)だとご存じでいらしたのですか?」


 思わず懐を押さえる。貰い受けて以来、肌身離さず持ち歩いている宝笛。


月駿(ゆえじん)殿から見せていただいたからな。月雫石でできた笛は他にあるまい」

「だとしても、博打を打ちすぎです。私が翔霞(しゃんしゃ)を使いこなせなかったらどうするつもりだったのですか」

「その時は運が無かったと思って諦めただろうな。結果として其方のおかげでこうして生きていられる。だが、其方には酷だったろう。本当にすまなかった」


 そう言って頭を下げる武戴(うーだい)虎梁(ふーりゃん)は慌てて


「頭を上げてください。武戴(うーだい)様に謝っていただくには及びません」

「俺の行動が其方に不要の苦しみを与えたのだ。謝らせてくれ」

武戴(うーだい)様……」


 真摯な眼差しで言う武戴(うーだい)虎梁(ふーりゃん)は返す言葉が無かった。


 渓滅亡の贖罪をしたかった武戴(うーだい)は敢えて斬られることで己の贖罪を果たした。だがそれが虎梁(ふーりゃん)に大切な人を失う恐怖を与えたのは事実。だが、その気が狂いそうな恐怖は武戴(うーだい)を欺いて生きてきた自分の贖罪でもあったと虎梁(ふーりゃん)は思う。


 そして虎梁(ふーりゃん)にとっては同時に、故国の仇討ちという目的も一部果たしたことになるのではないか。武戴(うーだい)を斬って命の危機に直面させた。そのまま捨て置けば武戴(うーだい)は死に、完全に仇討ちは成し遂げられただろう。だが虎梁(ふーりゃん)武戴(うーだい)を捨て置くことが出来なかった。武戴(うーだい)を救ったのは純粋に彼を失いたくないという虎梁(ふーりゃん)の身勝手な理由。渓の王位継承者としての月潤(ゆえるん)の感情ではなく、武戴(うーだい)を失いたくないという虎梁(ふーりゃん)の渇望から選んだ行動だ。月潤(ゆえるん)としての自分より、虎梁(ふーりゃん)としての自分の意志の方が強く出た結果だ。ならばもう、自分は故国の柵を解き放たっても良いのではないか。渓の再興はならないが、自分の中に燻る同志達の思いもこれで昇華させてしまって良いのではないか。


 不意に涙が込み上げてきて慌てて俯いて堪える。ずっと圧し掛かっていた肩の荷が下りた気がして心がふわっと軽くなる。


「……ありがとうございます」


 感極まった声は喉の奥で擦れ、うまく言葉にならなかった。

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