不審な荷物と不穏な噂
翌日。出仕してすぐに虎梁は王への面会を申し出た。昨晩、夏魁から伝えられた情報を奏上するため下官を通して申し出るとすぐに正寝へと通された。王の執務室へ入るとそこには武戴と赦鶯の姿があった。
「どうした、虎梁。火急の用とか」
赦鶯から何か報告を受けていたのだろう。手元に幾つかの書簡が並んでいる。
「赦鶯殿もいらしていたのですか」
いつもより早く出仕し、真っ先に武戴の元へ来たのだがそれより先に赦鶯が来ていたことに驚いた。同時に、こんな朝早くから赦鶯が報告をしなければならないことが起きたのか、とひやりとしたものを感じて言った。
「荊闇のことで報告がございます」
「何か変事があったのか?」
そう問うてくる赦鶯の言葉にはどこか危機感が漂っていて虎梁は首を傾げる。
「ございますが……そちらも何かあったのですか?」
赦鶯と武戴がちらりと顔を見合わせて頷く。武戴が手元にあった書簡を虎梁に差し出し
「綾架に大量の武器が運び込まれるのが発見されたそうだ」
「武器、ですか」
手渡された書簡には、押収された武器の種類と数が記載されている。その一覧を見て虎梁は眉を顰める。槍、弓、刀剣、とこれから戦でも起こしそうな規模の数だ。武戴の言葉を引き継いで赦鶯が口を開く。
「綾架の警備に当たっている部隊が不審な荷馬車を発見し調べたところ、穀物に偽装されて大量の武器が出てきたそうだ。御者を捕らえて話を聞こうとしたところ、自害した」
「自害……何故」
「理由は分からぬし、身許が分かるものが何一つなかったため何処から何処への荷なのかも分からぬ。だが、この数の武器と、御者が自害したところを見ると、不穏な目的の品であることは明らかだ」
武器の運び先が綾架の街を守る陽の軍宛てであれば、見つかって自害する必要などどこにもない。だとすると、答えは一つしか考えられない。荊闇から侵入してきた者たちに対する支援なのだろう。
虎梁は大きく息を吐いて書簡を握りしめた。
「この武器の行く先は、恐らく私がこれからご報告する内容に繋がっていると思います」
その言葉に武戴も赦鶯も目を瞠った。詳しく話せ、と武戴に促され虎梁は口を開く。
「荊闇の件ですが、私の方で人を雇って詳しく調べさせました」
「遡州からの報告が信用できなかったのか?」
「そう云う訳ではございませんが、あの報告はいかにも出来すぎに感じるところがあり、どうしても納得できなかったのです」
「出来すぎに感じたから、禁軍から援軍を出し警備に当たることにしたのではないか」
「仰る通りです。ですが、まだ何か見落としていることがあるような気がしてならず、私の独断で人を雇って調査を依頼したのです」
「勝手に荊闇に人をいれたのか」とどこか責めるような口調で赦鶯が言うが虎梁は苦笑して
「そこはお目こぼしいただきたい。本当に何もなければそれで良し、何かあった場合はすぐに対処せねばなりませんから」
しかし、と武戴は首を傾げる。
「荊闇に続く道は今は兵士が見張っているはずだ。勝手に人を入れることなどできまい」
「それですが、荊闇に続く道は公道以外にも地元の者のみが使う抜け道がいくつかあったそうで、そのうち一つは遡州から報告があった樵が作った獣道で、これは兵士が見張りをしていたため近づけなかったそうです。それとは別にもう一つ、今も生きている道があってそこを使い荊闇へ向かったそうです」
「他にも道があったのか」
「かなり頻繁に使われているようで、完全に道として生きていたそうです。そしてその道を通り荊闇に向かう道中、山から下りてくる者を目撃しています」
「山から下りてくるだと?荊闇から?何者だ」
「何者かは定かではありませんが、旅人風の装いで男が五人ずつ、二手に分かれて下りてきたそうです」
「五人……」と赦鶯が呻くように呟く。
「私は単純に一伍だと思いました。一伍ずつ手分けして山を越えてきているのではないかと……」
軍に関係している人間ならば、五人の単位が一伍にすぐ結びつくのは当然だった。武戴も赦鶯も表情を厳しくしている。
「荊闇に辿り着いた時、そこには天幕が張られていたそうです。そして近くには数名の人影もあったとか。陽の者が荊闇に入り込むことは考えられないため、その天幕は寧の者と思って間違いないと思います。だとすると、既に綾架やその周辺の街に寧の者が相当数入り込んでいるものと思われます」
「どの程度入り込んでいると予想する」と言う赦鶯の問いに
「荊闇で上がっていた煙は恐らく、山越えの際に山中で煮炊きをする際の煙だったと思われます。そう考えるとだいぶ前から入り込んでいると思われるので、少なくとも一旅。多く見積もって一師」
「随分幅があるな」
「どの程度の頻度で入ってきているかが定かではありませんので、多めに見積もって不足は無いでしょう。それに、先ほど見せていただいた押収された武器の数を見ても決して少なくはないと思います。刀剣であれば大きめの行李に仕込ませて自分で運ぶことも可能ですから」
「つまり、いつ事を起こしてもおかしくないというわけだな」
厳しい面持ちで言う武戴に赦鶯が頷く。
「これはすぐに軍を向かわせる必要があります。殷石と雲嵐も呼びましょう」
すぐに殷石と雲嵐が呼ばれた。部屋に入った二人はそこに赦鶯と虎梁が揃っているのを見て何事かと目を見開いた。
「急に呼び出してすまない」
武戴の言葉に二人の表情が硬くなる。
「何かございましたか」
そう問うたのは殷石だった。部屋の中に漂う緊張感につられるようにその声音にも緊張の色がある。武戴が赦鶯を見て、赦鶯が心得たように口を開いた。
「寧の兵が既に綾架に入り込んでいる可能性が高い」
「なんだと!」
殷石も雲嵐も驚いたように声を上げる。
「一昨日、綾架の街で武器を積んだ荷馬車が発見された。荷馬車の御者は捕らえられたのち自害している。そして荊闇にも不審な動きがあった」
虎梁、と促されて虎梁は二人に説明した。独断で荊闇を調べたこと。荊闇から山を下ってくる男たちがいたこと。そして荊闇に天幕が張られていたこと。
虎梁の説明を聞いて殷石も雲嵐も表情を険しくしている。
「荊闇を通じて寧から相当数の者が入り込んでいる可能性が高い。武器が運び込まれているところから見るに、事が起こるのも近いと思われます。事が起こる前に兵を出して抑えるべきかと思います」
「しかし、綾架に一師も潜めるだろうか」そう言ったのは殷石だった。「いくら旅人を装っていてもそれだけの人数が集まれば目立つ。」
「いや」と声を上げたのは雲嵐。「綾架だけではなく周辺の町も潜伏先に使える。半日も歩けば三つほど大きめの町がある」
雲嵐は元々遡州の出身で、綾架の辺りにも地の利がある。頭の中で地図を広げているのだろう、考え込みながらそう言った。
「いずれにしても綾架へすぐにでも兵を向かわせる必要がある。もし一師相当が入り込んでいるならば、最低でも三師、余裕をもって一軍を向かわせる必要があるかと思いますが、主上、如何でしょうか」
赦鶯の言葉に武戴は頷く。
「一軍を以て綾架の警備に向かわせる。綾架に地の利のある雲嵐が適任だろう。今、綾架にいる一師はそのまま雲嵐軍に合流させ引き続き警備に当たらせる。事が起きて民が巻き込まれる前に何とか抑えよ。虎梁軍と殷石軍は万が一の事態に備え王都の警備を厚くし、州師にも同様に警戒を怠らぬよう伝えよ」
「かしこまりまして」
武戴の言葉に皆が顔を引き締めて拱手する。雲嵐軍はこれから出発の準備をしても出立は早くて明日になるだろう。雲嵐軍が抜けた穴をどう埋めるか赦鶯と相談が必要だと虎梁が考えていると「恐れながら……」と殷石が口を開いた。
「私からも一つ宜しいでしょうか」
全員の視線が殷石へ向かう。その顔にはどことなく嬉々とした表情が浮かんでいた。
「良い、言うてみよ」
武戴の言葉に殷石は拱手しながら「では」と続けた。
「主上は此処数日、軍部の中で囁かれている噂についてご存じでしょうか」
「噂?」
「はい、虎梁に関する噂です」
突如自分の名前が出てきて虎梁は眉を上げた。自分に関する噂など何かあっただろうか、と殷石を見ると侮蔑と嘲笑が混じったような眼差しと目が合った。また何かを企んでいるのか、と思い視線を巡らせると、怪訝そうな顔をした武戴と何やら呆れたような顔をした赦鶯と雲嵐が目に入った。
「虎梁の噂とはなんだ」
「荒唐無稽な噂ではございますが」と前置きして「虎梁が実は渓の王族の生き残りで、復讐のため寧と通じて反乱を起こそうとしている、というものでございます」
ザッと冷水を浴びせられた気分になった。思いもよらぬ言葉に血の気が引く。殷石を見ると人の悪い笑みを浮かべた視線とぶつかった。虎梁が渓の王族だと、一体どこから出てきた話なのだろうか。その事実を知っているのは飛と夏魁、それから梨花ら一族の者だけ。飛や夏魁が漏らすはずがなく、だとすると考えられるのは梨花か。この国に潜り込んでいる寧の間諜を使って噂をばらまいた可能性はある。しかし何のために。
動揺で鼓動が早くなって握った掌にじっとりと汗が滲む。だが、動揺していることを悟られないよう、努めて冷静に振舞う。
「私が渓の王族の生き残り?随分と面白い噂ですね」
怪訝そうに眉を上げて言うと武戴が軽く笑う。
「確かに面白い噂だ。確か其方は先日、虎梁の実の親が渓の民だったと言っておったではないか。今度は虎梁自身が渓の王族とな。実に面白い」
皮肉めいた武戴の言葉に殷石は憮然とした表情になる。
「王族というのはあくまで噂話でございます。虎梁の実の両親が渓の民であることは事実。その事実以上の噂が飛び交っていることが気がかりではございませんか」
「というと?」
「火のない所に煙は立たぬ、と申します。虎梁自身に何か思うところがあるのではないでしょうか」
「世の中には、火のない所にわざわざ煙を立てる輩もおります」
そう言って虎梁は殷石をねめつけた。
「殷石殿は煙を起こして騒ぎ立てたいようですね」
「儂が騒ぎ立てているのではない。気づいたら軍の中で流れておったでな、荒唐無稽な噂と言えど真偽の程は確かめる必要があろう」
「それでしたらはっきりとお答えいたします。事実無根の出鱈目な法螺話です」
はっきりと言い切って虎梁は武戴へと向き直る。動揺していた心は殷石とのやり取りの間で平常心を取り戻した。至極冷静に言葉を続ける。
「主上、よもやこんな話をお信じにはならないと思いますが、事実無根である、とだけお伝えしておきます。確かに私は出自が寧ですし、殷石殿によると実の両親は渓の民だったらしいので妙な噂が出てもおかしくはないと思います。しかし、私自身はこの国において主上より将を拝命しているのですから、誓ってこの国のためにならないことはしないと宣誓申し上げます」
武戴の前に跪いてそう宣言する。心の底からの宣言。武戴はそんな虎梁を見て首肯する。
「そんな噂など信じるに値しない。お前の為人は私が保証する。何故そんな噂がまことしやかに囁かれているのかは分からぬが、私は其方を信じている。この国の将として、ぞんぶんに力を発揮するように」
「ありがたく存じます」
大らかで力強い言葉に思わず虎梁の顔に笑みが浮かんだ。これだけ王に信頼されている自分が誇らしかった。そして、素直に誇らしく思える自分の気持ちが嬉しかった。
しかし噂については気になる。どこから出てきた噂かは定かではないが、考え得るのは梨花くらいしかいない。もし梨花が流した噂なのだとしたら目的は一体何なのだろうか。軍の中での虎梁の地位を不名誉な噂で貶めようとしているのか。何のために。寧と通じている、などありえない噂を流し嫌疑を掛けさせようとする。考えれば考える程意図が掴めずに困惑する。そして同時にその噂を流したのが梨花であろうと信じている自分に僅かながら罪悪感を抱く。まだ未練があるのか、と心の中で己を叱咤する。
先の話し合いで梨花を切り捨てて以降、梨花からは何の接触もない。飛にも何も音沙汰がない。それがある意味不気味だった。
虎梁が梨花にとって駒だったなら、思惑と違う方向に向かった駒をそのままに捨て置くだろうか。何とかして再び己の手中に収めようとするのではないだろうか。もし、この不穏な噂話がその布石だとしたら。噂の更に先を行く何かが起きるのではないか、と背筋が寒くなる思いだった。




