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幽愁の月  作者: 巫部朱莉
20/31

不審な荷物と不穏な噂

 翌日。出仕してすぐに虎梁(ふーりゃん)は王への面会を申し出た。昨晩、夏魁(しゃくい)から伝えられた情報を奏上するため下官を通して申し出るとすぐに正寝へと通された。王の執務室へ入るとそこには武戴(うーだい)赦鶯(しゃおう)の姿があった。


「どうした、虎梁(ふーりゃん)。火急の用とか」


 赦鶯(しゃおう)から何か報告を受けていたのだろう。手元に幾つかの書簡が並んでいる。


赦鶯(しゃおう)殿もいらしていたのですか」


 いつもより早く出仕し、真っ先に武戴(うーだい)の元へ来たのだがそれより先に赦鶯(しゃおう)が来ていたことに驚いた。同時に、こんな朝早くから赦鶯(しゃおう)が報告をしなければならないことが起きたのか、とひやりとしたものを感じて言った。


荊闇(けいあん)のことで報告がございます」

「何か変事があったのか?」


 そう問うてくる赦鶯(しゃおう)の言葉にはどこか危機感が漂っていて虎梁(ふーりゃん)は首を傾げる。


「ございますが……そちらも何かあったのですか?」


 赦鶯(しゃおう)武戴(うーだい)がちらりと顔を見合わせて頷く。武戴(うーだい)が手元にあった書簡を虎梁(ふーりゃん)に差し出し


綾架(りょうか)に大量の武器が運び込まれるのが発見されたそうだ」

「武器、ですか」


 手渡された書簡には、押収された武器の種類と数が記載されている。その一覧を見て虎梁(ふーりゃん)は眉を顰める。槍、弓、刀剣、とこれから戦でも起こしそうな規模の数だ。武戴(うーだい)の言葉を引き継いで赦鶯(しゃおう)が口を開く。


綾架(りょうか)の警備に当たっている部隊が不審な荷馬車を発見し調べたところ、穀物に偽装されて大量の武器が出てきたそうだ。御者を捕らえて話を聞こうとしたところ、自害した」

「自害……何故」

「理由は分からぬし、身許が分かるものが何一つなかったため何処から何処への荷なのかも分からぬ。だが、この数の武器と、御者が自害したところを見ると、不穏な目的の品であることは明らかだ」


 武器の運び先が綾架(りょうか)の街を守る陽の軍宛てであれば、見つかって自害する必要などどこにもない。だとすると、答えは一つしか考えられない。荊闇(けいあん)から侵入してきた者たちに対する支援なのだろう。


 虎梁(ふーりゃん)は大きく息を吐いて書簡を握りしめた。


「この武器の行く先は、恐らく私がこれからご報告する内容に繋がっていると思います」


 その言葉に武戴(うーだい)赦鶯(しゃおう)も目を瞠った。詳しく話せ、と武戴(うーだい)に促され虎梁(ふーりゃん)は口を開く。


荊闇(けいあん)の件ですが、私の方で人を雇って詳しく調べさせました」

遡州(そしゅう)からの報告が信用できなかったのか?」

「そう云う訳ではございませんが、あの報告はいかにも出来すぎに感じるところがあり、どうしても納得できなかったのです」

「出来すぎに感じたから、禁軍から援軍を出し警備に当たることにしたのではないか」

「仰る通りです。ですが、まだ何か見落としていることがあるような気がしてならず、私の独断で人を雇って調査を依頼したのです」

「勝手に荊闇(けいあん)に人をいれたのか」とどこか責めるような口調で赦鶯(しゃおう)が言うが虎梁(ふーりゃん)は苦笑して

「そこはお目こぼしいただきたい。本当に何もなければそれで良し、何かあった場合はすぐに対処せねばなりませんから」


しかし、と武戴(うーだい)は首を傾げる。


荊闇(けいあん)に続く道は今は兵士が見張っているはずだ。勝手に人を入れることなどできまい」

「それですが、荊闇(けいあん)に続く道は公道以外にも地元の者のみが使う抜け道がいくつかあったそうで、そのうち一つは遡州(そしゅう)から報告があった樵が作った獣道で、これは兵士が見張りをしていたため近づけなかったそうです。それとは別にもう一つ、今も生きている道があってそこを使い荊闇(けいあん)へ向かったそうです」

「他にも道があったのか」

「かなり頻繁に使われているようで、完全に道として生きていたそうです。そしてその道を通り荊闇(けいあん)に向かう道中、山から下りてくる者を目撃しています」

「山から下りてくるだと?荊闇(けいあん)から?何者だ」

「何者かは定かではありませんが、旅人風の装いで男が五人ずつ、二手に分かれて下りてきたそうです」


「五人……」と赦鶯(しゃおう)が呻くように呟く。


「私は単純に一伍だと思いました。一伍ずつ手分けして山を越えてきているのではないかと……」


 軍に関係している人間ならば、五人の単位が一伍にすぐ結びつくのは当然だった。武戴(うーだい)赦鶯(しゃおう)も表情を厳しくしている。


荊闇(けいあん)に辿り着いた時、そこには天幕が張られていたそうです。そして近くには数名の人影もあったとか。陽の者が荊闇(けいあん)に入り込むことは考えられないため、その天幕は寧の者と思って間違いないと思います。だとすると、既に綾架(りょうか)やその周辺の街に寧の者が相当数入り込んでいるものと思われます」


「どの程度入り込んでいると予想する」と言う赦鶯(しゃおう)の問いに


荊闇(けいあん)で上がっていた煙は恐らく、山越えの際に山中で煮炊きをする際の煙だったと思われます。そう考えるとだいぶ前から入り込んでいると思われるので、少なくとも一旅。多く見積もって一師」

「随分幅があるな」

「どの程度の頻度で入ってきているかが定かではありませんので、多めに見積もって不足は無いでしょう。それに、先ほど見せていただいた押収された武器の数を見ても決して少なくはないと思います。刀剣であれば大きめの行李に仕込ませて自分で運ぶことも可能ですから」

「つまり、いつ事を起こしてもおかしくないというわけだな」


 厳しい面持ちで言う武戴(うーだい)赦鶯(しゃおう)が頷く。


「これはすぐに軍を向かわせる必要があります。殷石(いんしー)雲嵐(うんらん)も呼びましょう」


 すぐに殷石(いんしー)雲嵐(うんらん)が呼ばれた。部屋に入った二人はそこに赦鶯(しゃおう)虎梁(ふーりゃん)が揃っているのを見て何事かと目を見開いた。


「急に呼び出してすまない」


 武戴(うーだい)の言葉に二人の表情が硬くなる。


「何かございましたか」


 そう問うたのは殷石(いんしー)だった。部屋の中に漂う緊張感につられるようにその声音にも緊張の色がある。武戴(うーだい)赦鶯(しゃおう)を見て、赦鶯(しゃおう)が心得たように口を開いた。


「寧の兵が既に綾架(りょうか)に入り込んでいる可能性が高い」

「なんだと!」


 殷石(いんしー)雲嵐(うんらん)も驚いたように声を上げる。


「一昨日、綾架(りょうか)の街で武器を積んだ荷馬車が発見された。荷馬車の御者は捕らえられたのち自害している。そして荊闇(けいあん)にも不審な動きがあった」


 虎梁(ふーりゃん)、と促されて虎梁(ふーりゃん)は二人に説明した。独断で荊闇(けいあん)を調べたこと。荊闇(けいあん)から山を下ってくる男たちがいたこと。そして荊闇(けいあん)に天幕が張られていたこと。


 虎梁(ふーりゃん)の説明を聞いて殷石(いんしー)雲嵐(うんらん)も表情を険しくしている。


荊闇(けいあん)を通じて寧から相当数の者が入り込んでいる可能性が高い。武器が運び込まれているところから見るに、事が起こるのも近いと思われます。事が起こる前に兵を出して抑えるべきかと思います」

「しかし、綾架(りょうか)に一師も潜めるだろうか」そう言ったのは殷石(いんしー)だった。「いくら旅人を装っていてもそれだけの人数が集まれば目立つ。」

「いや」と声を上げたのは雲嵐(うんらん)。「綾架(りょうか)だけではなく周辺の町も潜伏先に使える。半日も歩けば三つほど大きめの町がある」


 雲嵐(うんらん)は元々遡州(そしゅう)の出身で、綾架(りょうか)の辺りにも地の利がある。頭の中で地図を広げているのだろう、考え込みながらそう言った。


「いずれにしても綾架(りょうか)へすぐにでも兵を向かわせる必要がある。もし一師相当が入り込んでいるならば、最低でも三師、余裕をもって一軍を向かわせる必要があるかと思いますが、主上、如何でしょうか」


 赦鶯(しゃおう)の言葉に武戴(うーだい)は頷く。


「一軍を以て綾架(りょうか)の警備に向かわせる。綾架(りょうか)に地の利のある雲嵐(うんらん)が適任だろう。今、綾架(りょうか)にいる一師はそのまま雲嵐(うんらん)軍に合流させ引き続き警備に当たらせる。事が起きて民が巻き込まれる前に何とか抑えよ。虎梁(ふーりゃん)軍と殷石(いんしー)軍は万が一の事態に備え王都の警備を厚くし、州師にも同様に警戒を怠らぬよう伝えよ」

「かしこまりまして」


 武戴(うーだい)の言葉に皆が顔を引き締めて拱手する。雲嵐(うんらん)軍はこれから出発の準備をしても出立は早くて明日になるだろう。雲嵐(うんらん)軍が抜けた穴をどう埋めるか赦鶯(しゃおう)と相談が必要だと虎梁(ふーりゃん)が考えていると「恐れながら……」と殷石(いんしー)が口を開いた。


「私からも一つ宜しいでしょうか」


 全員の視線が殷石(いんしー)へ向かう。その顔にはどことなく嬉々とした表情が浮かんでいた。


「良い、言うてみよ」


 武戴(うーだい)の言葉に殷石(いんしー)は拱手しながら「では」と続けた。


「主上は此処数日、軍部の中で囁かれている噂についてご存じでしょうか」

「噂?」

「はい、虎梁(ふーりゃん)に関する噂です」


 突如自分の名前が出てきて虎梁(ふーりゃん)は眉を上げた。自分に関する噂など何かあっただろうか、と殷石(いんしー)を見ると侮蔑と嘲笑が混じったような眼差しと目が合った。また何かを企んでいるのか、と思い視線を巡らせると、怪訝そうな顔をした武戴(うーだい)と何やら呆れたような顔をした赦鶯(しゃおう)雲嵐(うんらん)が目に入った。


虎梁(ふーりゃん)の噂とはなんだ」

「荒唐無稽な噂ではございますが」と前置きして「虎梁(ふーりゃん)が実は渓の王族の生き残りで、復讐のため寧と通じて反乱を起こそうとしている、というものでございます」


 ザッと冷水を浴びせられた気分になった。思いもよらぬ言葉に血の気が引く。殷石(いんしー)を見ると人の悪い笑みを浮かべた視線とぶつかった。虎梁(ふーりゃん)が渓の王族だと、一体どこから出てきた話なのだろうか。その事実を知っているのは(ふぇい)夏魁(しゃくい)、それから梨花(りふぁ)ら一族の者だけ。(ふぇい)夏魁(しゃくい)が漏らすはずがなく、だとすると考えられるのは梨花(りふぁ)か。この国に潜り込んでいる寧の間諜を使って噂をばらまいた可能性はある。しかし何のために。


 動揺で鼓動が早くなって握った掌にじっとりと汗が滲む。だが、動揺していることを悟られないよう、努めて冷静に振舞う。


「私が渓の王族の生き残り?随分と面白い噂ですね」


 怪訝そうに眉を上げて言うと武戴(うーだい)が軽く笑う。


「確かに面白い噂だ。確か其方は先日、虎梁(ふーりゃん)の実の親が渓の民だったと言っておったではないか。今度は虎梁(ふーりゃん)自身が渓の王族とな。実に面白い」


 皮肉めいた武戴(うーだい)の言葉に殷石(いんしー)は憮然とした表情になる。


「王族というのはあくまで噂話でございます。虎梁(ふーりゃん)の実の両親が渓の民であることは事実。その事実以上の噂が飛び交っていることが気がかりではございませんか」

「というと?」

「火のない所に煙は立たぬ、と申します。虎梁(ふーりゃん)自身に何か思うところがあるのではないでしょうか」

「世の中には、火のない所にわざわざ煙を立てる輩もおります」


 そう言って虎梁(ふーりゃん)殷石(いんしー)をねめつけた。


殷石(いんしー)殿は煙を起こして騒ぎ立てたいようですね」

「儂が騒ぎ立てているのではない。気づいたら軍の中で流れておったでな、荒唐無稽な噂と言えど真偽の程は確かめる必要があろう」

「それでしたらはっきりとお答えいたします。事実無根の出鱈目な法螺話です」


 はっきりと言い切って虎梁(ふーりゃん)武戴(うーだい)へと向き直る。動揺していた心は殷石(いんしー)とのやり取りの間で平常心を取り戻した。至極冷静に言葉を続ける。


「主上、よもやこんな話をお信じにはならないと思いますが、事実無根である、とだけお伝えしておきます。確かに私は出自が寧ですし、殷石(いんしー)殿によると実の両親は渓の民だったらしいので妙な噂が出てもおかしくはないと思います。しかし、私自身はこの国において主上より将を拝命しているのですから、誓ってこの国のためにならないことはしないと宣誓申し上げます」


 武戴(うーだい)の前に跪いてそう宣言する。心の底からの宣言。武戴(うーだい)はそんな虎梁(ふーりゃん)を見て首肯する。


「そんな噂など信じるに値しない。お前の為人は私が保証する。何故そんな噂がまことしやかに囁かれているのかは分からぬが、私は其方を信じている。この国の将として、ぞんぶんに力を発揮するように」

「ありがたく存じます」


 大らかで力強い言葉に思わず虎梁(ふーりゃん)の顔に笑みが浮かんだ。これだけ王に信頼されている自分が誇らしかった。そして、素直に誇らしく思える自分の気持ちが嬉しかった。


 しかし噂については気になる。どこから出てきた噂かは定かではないが、考え得るのは梨花(りふぁ)くらいしかいない。もし梨花(りふぁ)が流した噂なのだとしたら目的は一体何なのだろうか。軍の中での虎梁(ふーりゃん)の地位を不名誉な噂で貶めようとしているのか。何のために。寧と通じている、などありえない噂を流し嫌疑を掛けさせようとする。考えれば考える程意図が掴めずに困惑する。そして同時にその噂を流したのが梨花(りふぁ)であろうと信じている自分に僅かながら罪悪感を抱く。まだ未練があるのか、と心の中で己を叱咤する。


 先の話し合いで梨花(りふぁ)を切り捨てて以降、梨花(りふぁ)からは何の接触もない。(ふぇい)にも何も音沙汰がない。それがある意味不気味だった。


 虎梁(ふーりゃん)梨花(りふぁ)にとって駒だったなら、思惑と違う方向に向かった駒をそのままに捨て置くだろうか。何とかして再び己の手中に収めようとするのではないだろうか。もし、この不穏な噂話がその布石だとしたら。噂の更に先を行く何かが起きるのではないか、と背筋が寒くなる思いだった。

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