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幽愁の月  作者: 巫部朱莉
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月潤(ゆえるん)①

 虎梁(ふーりゃん)は、その本名を月潤(ゆえるん)と言う。

 今は亡国となった渓の国の次期王位継承者の姫だった。


 月潤(ゆえるん)が十の時に渓は滅んだ。隣国陽によって滅ぼされたのだ。


 渓の国は切り立った渓谷に囲まれた秘境ともいえる土地であった。その地理故に、他国との交易は少なく、山と川の恵みによって独自の文化を築いていた。


 王家の者は、その祖先は月から地上に降り立ったと言われ、水を自在に操る力を有していた。一族の中で最も力の強いものが王となる。王は代々伝わる秘宝の笛「翔霞(しゃんしゃ)」を用いて力を自在に操ることが出来、月の泉と呼ばれる玉泉にその力を注ぐと、月雫石と呼ばれる宝玉を生み出すことが出来た。この宝玉は、渓国王にしか生み出すことが出来ない希少さと、稀有な美しさから高値で取引され、渓が外貨を得る唯一の手段でもあった。その月雫石の独占を目論む陽によって渓の国は襲われた。


 月潤(ゆえるん)には双子の姉と十離れた兄がいたが、兄は渓が滅ぼされる前に国を出て他国で死んだ。また姉は渓の滅亡と運命を共にした。


 亡国の渓で生き残ったのは極僅か。山で鍛錬をしていた月潤(ゆえるん)とその乳母である梨花(りふぁ)。そして月潤(ゆえるん)の侍女をしていた女たちとその子どもたち。


 あの日、山に籠って鍛錬をしていた月潤(ゆえるん)は街の様子がおかしいことに気付き梨花(りふぁ)らと山を下りた。抜け道の洞穴を抜け、街を見渡せる高台にまで辿り着いた一行が見たのは、無数に立ち並ぶ陽の軍旗と紅蓮の炎に包まれた故郷だった。


 渓の街は四方を切り立った崖に囲まれた天然の要塞で、その谷合にできた盆地に住居や王宮が密集している造りだった。そのため、火事が起こるとあっという間に燃え広がり街全体が劫火に焼き尽くされてしまう。王が健在であれば、力を行使して雨を降らせて鎮火するはずが、それがなされていないということは……。


 悲鳴を上げる梨花(りふぁ)ら女たち。それに縋って泣き叫ぶ子供たち。阿鼻叫喚の地獄絵図の中、劫火と陽の兵士たちに蹂躙される故郷を見て、月潤(ゆえるん)は茫然自失していた。


 優しい母。厳しくも温かな父。穏やかな姉。


 その全てが月潤(ゆえるん)の目の前で消え失せてしまった。


 もはや涙も出なかった。燃え盛る炎が目の前で踊り狂うのを見て、月潤(ゆえるん)の心の中に暗い焔が燈る。それは全てを奪われた虚無の焔。愛する家族を奪われた悲しみの焔。月潤(ゆえるん)の幸せを奪った相手に対する憎しみの焔。


「……許さない」


 ぽつりと呟いた声は小さく震えている。虚ろだった瞳に怒りの焔が燈る。


「絶対に……許さない……っ!」


 きつく握りしめた拳に、気が付けば血が滲んでいた。その痛みすら凌駕する怒り。


「うぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――っ」


 悲痛な叫びが踊り狂う劫火に溶け込む。

 齢僅か十の少女が復讐に身を窶した瞬間であった。

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