夏魁(しゃくい)からの報告
早馬を飛ばし王都に戻ったのはそれから七日後だった。深夜を待って虎梁の元へと向かうと虎梁はまた中庭で縁台に座って空を見上げていた。気配を察したのか一瞬緊張した面持ちで身構えたが、そこにいるのが夏魁と気づいて警戒を解いた。
「兄様、お戻りだったのですね」
そう言って虎梁は破顔した。夏魁は屋根から中庭に下りると虎梁の隣へ腰かけた。
「こんな時間にまだ起きていたのか」
夏魁の言葉に虎梁は苦笑する。時刻は既に寅の刻を回っている。
「此処の所、なんだか寝付けなくて……。考えることが多くて頭が冴えてしまうのです」
「そういう時ほど寝ないといざという時に体がついてこないぞ」
こんな時間に訪ねてきて言うのもなんだが、と夏魁も笑う。
「兄様こそ、こんな短期間で荊闇まで往復させてしまい、ご面倒をおかけしました」
「それについてはなんてことはない。俺も荊闇の様子は気になっていたところだから丁度良かった」
それで、と虎梁は居住まいを正す。
「荊闇の様子は如何でしたか?」
その問いに夏魁は難しい顔になり
「お前の予想通りかもしれない」
「それは……やはり寧が荊闇に入り込んでいると言うことですか?」
「恐らく。荊闇から綾架に通じる四つの抜け道のうち二つは完全に消えてしまっていたが、残り二つは生きていた。一つは恐らく樵が作った獣道として報告がされていたのだろう。出口を兵士が見張っていたが、もう一つは入口が一見して分からないように隠匿されていて、入ってみると定期的に使われているようで道が生きていた。そこから山を登ったが、途中で山を下りてくる旅人風の男たちを見かけた」
「旅人……ですか」
「無論、旅人ではありえないだろう。道の先は荊闇にしか通じていないのだから。男たちをやり過ごして山を登り荊闇に辿り着いたが、そこに天幕が張られていた。そばに複数の人影もあったから近づくことはできなかったが、陽の者ではないだろう」
陽の者だった場合、陽の要職に在る虎梁がその情報を知らないはずがない。
「そうなると寧の者と思って間違いないだろう。恐らく相当数が綾架や周辺の街に入り込んでいると思う。実際、綾架は此処の所常にないくらい旅人で賑わっているそうだ」
夏魁の報告に虎梁は表情を硬くする。やはり、という思いだった。荊闇で上がる煙に、軍の調査で見つかった樵。そのどちらも表面上は異論を挟む余地が無いくらい巧妙に仕込まれていたが、なんとも言えない違和感が虎梁の心を乱していた。夏魁によってそれが間違いではなかったと裏付けされたわけだ。
「どの程度、入り込んでいると思われますか?」
虎梁の問いに夏魁は少し考えて
「俺が山を登った間だけで十人。五人ずつ二手に分かれて山を下りてきた。多分、あれは一伍。定期的に一伍ずつ人を送り込んできているとなれば、恐らく一旅、五百程度は間違いなく入り込んでいると思う。入り込み始めた時期がもっと早ければ一師、二千五百と思っても多くないだろうな」
「一師……」
虎梁は眉を顰める。思ったより多い。それだけの人間が綾架やその周辺の街に潜んでいるとしたら大きな脅威となる。
綾架は王都から早馬を乗り継いでいけば五日。普通に騎乗しても十日でたどり着ける街だ。しかし、国境に険しい山脈が控えているため街の規模に反して外部に対する警備が薄い。だからこそ、禁軍からそれぞれ一師を出して警備に当たるよう向かわせているわけだが、既に入り込んでいる者に対しては街の者か、ただの旅人か、それとも寧の兵士か見極めが難しくなる。見定められないうちに内から一斉に蜂起されたら綾架の街にどれほどの被害がでるか想像に容易い。また、綾架を落とした軍勢がそのまま王都へ傾れ込んで来る可能性も十分に考えられる。事が起きる前に援軍を送り綾架とその周辺の防備を厚くする必要があった。
虎梁は硬い表情のまま口を開く。
「最大限に見積もって一師が既に入り込んでいると仮定して、迎え撃つには少なくとも三師、余力を持って一軍か……」
州師が国境の庁會周辺の警備に重きを置いている以上、綾架の街へは王師の何れかの出軍が必要となる。それが虎梁の軍となる可能性もあるわけだ。出陣の可能性に僅かに身を固くすると夏魁が気遣わしそうな様子で虎梁を見た。
「お前が出る可能性もあるんだな」
「私は禁軍の将です。主上に命じられれば断る選択肢はありません」
「分かっている。だから、事が起きる前になんとか止めて欲しい。お前に戦場へ行ってほしくはない」
夏魁の言葉は純粋に家族を心配する兄の言葉。自分を思う真摯な響きに虎梁は微笑んだ。
「勿論です。明日、すぐに主上へ奏上します。寧の目論見を許すわけにはいきません」




