8 争いの火種
部屋に戻った翌日、アクス大神官代理の元に尋ねて行った。
再び、黒い騎士様に尋ねたかったからだ。
あの赤い髪と赤瞳が強烈に私の中に突き刺さって取れなかった。
「コンコン」
アクス様の大神官室のドアをノックした。
「どうぞ?」
アクス様の優しい声。
「あら? 今日は一人?」
と、アクス様。
「はい」
「そう。あの子がいないと、少し寂しいわね」
「そうですか?」
「ええ、ふんわりとした子で、癒されるわ」
「え? まあ、そうですね」
「ところで、今日は何の様かしら?」
「は、はい。……。実は、黒い騎士様の事で」
「そう。……。もしかして、また、あの街へ行ったのかしら?」
「あ、はい。すいません」
「フフ。危ないから良いとは言えませんが、仕方がない事ですからね」
「はい」
「それで、黒い騎士様の何が気になるのかしら?」
「あ、あの方の御身分は? 貴族の方ですか?」
「そう。あなたも、そう感じますか。そんなに気品があったのかしら?」
「いえ。その。なんとなく」
「そう。なんとなく」
「はい」
「そうねぇ。あの方は、……。そうねぇ」
アクス様は、迷われていた。
そして。
「あの方は、この国の第六王子なのです」
「え?」
私は、ビックリした。
あのスラム街、じゃなかったおんぼろ街の主みたいなってたのに。
王家と対立してる、どこかの貴族様ぐらいに思ってたのに。
対立しているというのは、私の妄想だけど。
「王子……、様?」
「そう。驚いた?」
「はい、プレア様。だって、あのおんぼろ街に、いつもいましたから」
「そうね。でも、その街にいた。という事の意味が分かるかしら?」
想像するまでもない。
普通なら、経歴に傷がつくから、そういうを遠ざけるものだ。
しかし、あの方は、あそこを根城の様にされていた。
お陰で、危ない時に助けられたのだが。
「王位継承問題が、起きていましてね。これは、一部の者達しか知らないのですけれども」
とても、危ない話を聞いてしまった。
モイラを連れてこなくて良かった。
下手をすると、モイラにも不必要な危険を抱えさせるところだった。
「それは、大変。ですね」
私は、慎重に答えた。
「ウフ。用心しなくて大丈夫よ。今日は、プレア一人しか来ていないか話したのですから」
「はあ」
「黒い騎士様の母上様は、あの街出身の女性だったの」
「そう……、なんですか?」
「そう。それで、上の御兄弟の王子様等から、いろいろ厳しい立場に置かれてしまいましてね。母上様は倒れられてしまったの。ずっと、病で臥せっておられるわ」
「それは、精神的な……」
「そうね。 だから、王族専用の治療院に居られるのだけれども、ある意味人質みたいに監禁されていますわ」
「……」
私は、返事すら忘れてしまった。
アクス様は、これらの事を納める為に、御苦労されているのだと、この時知った。
ああ、そうか。
王の戯れか、それとも街娘が美しかったから、惚れてしまわれたのか?
あの赤い髪、あの瞳。
あれは、あの方の母上様と同じに違いない。
そして、王子として生まれた事で、この国に不吉な事を呼んでくるのではとして、排除されようとしているね。
「王家や貴族の方に、味方がいらっしゃらないのでしょうか?」
「そうね。あなたの想像する通り。一人もいないわ」
「それで、あの街に?」
「ええ」
「でも、お命までは……?」
まさか、そこまで深刻ではないだろうと、私は思った。
「いいえ。不吉な王子として残念ながら。表面上は、何も起きていないように、皆過ごしていますが」
「そうですか?」
「ええ」
プレア様は、そこで一度目を伏せ、そして私に顔を向け直して話された。
「暗殺者を雇い、黒い騎士様を狙わせているようなのです」
「……」
そ、そうか。
暗殺者。
そうことですか。
あの騎士様も、結構強そうな方だった。
その方が、何故あのおんぼろ街にと思っていた。
そういうことか?
母上様を人質とって、逃亡させないように釘付けにして、平和を装って亡き者にしようと。
「という事は、他の王子様方も?」
「そうね」
アクス様は、悲しい目をされた。
「でも、黒い騎士様が、あのおんぼろ街に隠れているのは、あまり良くないのではないでしょうか?」
当然、そう考えられる。
「そうね。良い方向では、無いわね」
言葉慎重に話されるアクス様。
しかし、それにしても。
何故、アクス様は黒い騎士様の方を持つのだろうか?
私は尋ねてみた。
「アクス様は、黒い騎士様の事を心配されているのでしょうか?」
「そうね」
少し、目を見開き。
驚くような表情をされるアクス様。
「黒い騎士様は、お強そうな方です。その方ならば、母上様を奪還して、国外に亡命ということも可能なのではないでしょうか?」
「プレアは、逃げろと?」
「はい。無用なトラブルに巻き込まれたくないのならば」
「そう」
「もし、国王へという野心があるのなら、出られないのかもしれませんが」
アクス様は、再び目を丸くされた。
私の口から、野心という言葉を聞いたからだろうか?
「私が、止めているのです」
アクス様は、静かに話された。
「止めているとは、何をでしょうか?」
「今、プレアが話したようなことをです。国外へ逃れることです。国王になりたいのかどうかまでは、聞いていませんが。王族の一人ならば、考えてはいることかもしれませんね」
「ですが」
「重い病の母上様を連れて、国外で無事に過ごせる保証は、……。ないでしょうから」
「そ、そうですね」
貴族の人達に味方する人がいれば、亡命の手はずなどの可能性もあったかもしれない。
しかし、そうでなければ、二人きりでということになる。
病の母を抱えて。
暗殺者に追われない保証もない。
アクス様の目には、いつしか涙が浮かんでいた。




