64 紡ぐ命(つむぐいのち)
私は、少しでも長く話をしておかなければと思い、ゆっくりと呼吸をした。
前の国の人々が、どんな状況なのか聞いておこうと思った。
「”前の国”から他の国に亡命した人はどれくらいいますか?」
「かなりの数が”リンド皇国”に亡命したな」
「何故、あなたは行かなかったの?」
「今残っている者達は、生活があるから違う理由だろう。だが私は、”後の国”の人間だ。それに、きっとお前達が帰ってくる気がしていた。他所の国に行く気などなかったよ」
と、リーゲは答えた。
「あなたが居てくれなかったら、私達は本当に詰んでいました」
私はリーゲに感謝した。
「ねぇ、リーゲ。お願いがあるの」
「何だ?」
「リリィの事をお願いしたいの?」
「そ、それは……」
私は、リーゲに無理なお願いをしている。
わかっている。
この人は、シャランジェールと同じ、暗殺者。
あの人は、私と一緒になる為、それを放棄して全てを掛けて私達を守ってくれた。
本当なら、リリィは、親である私達が育てなければ。
だけど、前の国がこうなってしまった以上、どうしようもなくなっていた。
後の国の皇帝としてディコ様を承認させる為に、人外達は私を生かしていた。
だが、脅しても頑として言う事を聞かない私を、人外は後先も考えずに排除しようと最悪の選択をした。
彼らには、何とか生き延びる方法でもあるのだろうか?
リーゲと、リリィを託す話がしばらく続いた。
「駄目ですか?」
「いや、駄目ということでは」
「では、何でしょうか?」
「……。私は、暗殺者だぞ」
「はい。存じております」
「その私に、人の子を育てる資格などない」
「どうしてですか?」
「リリィは大神官の娘だぞ」
「今の私は、シャランジェールの妻であり、リリィの母のプレアです」
「詭弁を言うな。例え元が付こうとも、大神官の娘は娘だろう? そんな清い尊い存在が、私の様な暗い生業の男に育てられて良いはずがない」
「私は、全てを承知で、あなたに預けようとしています」
「全てだと?」
「はい。花を咲かせるには、種を土に埋めなければなりません。百合の花も同じ。球根を一度土の中に埋めなければなりません。しかし、時期が来れば芽を地上に伸ばし、花を咲かせる。そういう意味も込めて、私はこの子に『リリィ』と名付けました」
「……」
「あなたの思うように、この子を育てて下さい。暗殺者なら、誰よりも強い子に。それは、あなたにしかできない事です」
もし、私達が村の娘と青年として出会っていれば、こんなお願いも出来なかったことでしょう。
皮肉にも、シャランジェールとリーゲの二人が強い暗殺者だったから、お願い出来る。
今この人を、迷わせる様なことを言っては駄目。
笑顔を絶やしては駄目。
そして、私は続けて言う。
「あの人とあなたに出会い。そして、二人の気持ちを理解した時、私は全てを覚悟しました」
「プレア、……」
「私が生きている限り、人外は私の命を狙うことを諦めないでしょう。私が生きている限り、彼らの覇道を邪魔すると知っているでしょうから。だから、全てを私から引きはがし、私を孤立させて追い詰めて来た。その最後にあなたとあの人が来たのよ」
「プレア」
「これから命を奪い取ろうとしている人間に好意を抱くなんて不謹慎な人だと思いましたけど。あなた方二人の紳士な気持ちは直ぐにわかりました。そして、私は、あなた方に託そうと思い定めたのです」
「そうか」
「はい」
リーゲは少し、恥ずかしそうな顔をした。
「リーゲ。あなたの剣を見せてください」
「剣を? これだが、何をするつもりだ?」
リーゲは、剣を私に渡してくれた。
「あなたの剣にも、あの人と同じ『聖なる光』を宿したいと思います」
「聖なる光? そうか」
「半信半疑ですか?」
「う、うむ。まあな」
私は、リーゲの剣を手に持ち祈りを始めた。




