63 廃墟の大神殿
「……。ん?」
私は意識を失っていたらしい。
リーゲは、何か言っていた。
何を言っていたんだろう?
私の目の前には、会いたかったリーゲンダ・テンプルムが居た。
「リーゲ。良かった、また会えて」
彼は、少し驚いた表情をした。
「プレア! どうしたのだ、この傷は? シャランジェールは? シャランジェールは何をしている? お前を危険な目に遭わせて、今どこにいるのだ? ”最後の守護団”の連中は何をしていたのだ? 何故、私も連れて行かなかったのだ? シャランジェールだけで守り切れないのは、わかり切っていたはずだ!」
この人は、こんなに喋る人だったの?
初めて会ったあの時は、繊細で無口な人のように感じられたのに。
「落ち着いて、リーゲ。いっぺんに話されても、答えられないわ」
この人が、こんなに焦るなんて。
「す、すまない」
リーゲは、申し訳なさそうな顔をした。
「キャハハ」
リリィの笑い声がする。
まるで、私達のやり取りを笑っている様。
リリィに気が付いたリーゲの顔は、綻んで優しい顔になっていた。
(こんな、顔もするのね?)
「この子の名前は、リリィと言うの。百合という花の名前のから取ったのよ」
私は、リリィをリーゲに紹介した。
「そうか? リリィか? 可愛い名だな」
「本当? 嬉しいわ」
良かった。
この名前を選んで。
「傷の具合を見よう。リリィを少し預かる」
リーゲは、リリィを抱き寄せた。
私は、痛みに耐えながらも、敷布の入っている袋をリーゲに渡す。
リーゲは、リリィをそっと寝かせてくれた。
「少し、体に触れるぞ」
傷の具合を見てくれるらしい。
「うん」
と、私は返事をする。
傷の具合を見た後、リーゲは悲しそうな顔をした。
そして、無言で血をふき取り、怪我した所の周辺を綺麗にしてくれた。
「リーゲ。そんなに悲しそうな顔をしないで。覚悟をしていたことです。それよりもリリィの方をお願い」
「わかった。私が抱いている。私に任せろ。お前は横になれ」
「ありがとう、リーゲ。優しいのね」
そうして、リリィを抱き寄せてくれているリーゲ。
その目は、細くなっていた。
あんな目をする暗殺者もいるのね。
その様子を見ていたら、リーゲがこちらに気が付いた。
「ああ、あの殺気に満ちた目をしていたリーゲが、こんな優しい目を」
「恥ずかしい事を言うな」
「ふふ、御免なさい」
「それにしても、プレア。説明してくれないか? シャランジェールはどうなった? ”最後の守護団”達は?」
私は、最後に分かれた、あの時の事を思い出した。
そして、持ってきていた剣は、足元に落としていた。
「リーゲ。足元の剣を見てください」
「あ?」
リーゲは、しばらく剣を見た後、天を仰いていた。
「あの人は、最後まで戦ってくれました。私と、守護団を守るために」
「だが、おかしい。シャランジェールなら負けないはずだ。私と同じ技量を持っている奴だ。多少の相手に負けるはずは……」
「追ってきた相手は、人ではない者達です」
「人ではない者達?」
「そう。人ではない者。私は、あの者達を『人外』と呼んでいます」
「『人外』?」
「はい。人外です」
「化け物ということか?」
「似たようなものですね。そして、その手下の化け物を『人外魔獣』と呼びます。『人外』は、これらと一緒に現れます」
「ぐ、ぐふっ」
少し血を吐き、咳き込んでしまった。
「だ、大丈夫かプレア? もう、喋るな」
「今、話しておかなければならない事なので」
この人も、シャランジェールと変わらず、優しいのね。
「あの人の剣に、私が聖なる力を宿して、あの人は戦いました。でも、人外を切ることが出来なかった。私も戦いなれていないのもあったかもしれません。十分にあの人を支援できなかった。悔しいです」
私は、あの人の戦っている最後の姿を思い出していた。
「でも、あの人は、それでも笑顔を忘れなかったのですよ。あの人は『さようなら』とは言わなかった。その人外との闘いを剣に刻み付けるような闘い方をしていたわ。どうして、そんな事をするのかわからなかったけど」
それを聞いて、リーゲは剣を再び見直していた。
「最後まで、シャランジェールは頑張ったのだな。守護団の連中も」
「はい」
「そうか」
「あの人の、シャランジェールの最後を見届けた私は、彼の剣を取り戻そうと無理をしました。この怪我は、その時のものです」
「何で。何で、そんな無茶なことを!」
リーゲは、目を伏せ、悲しそうな顔をした。
「だって、あの人の大事な剣を、そのまま捨て置けません。それに、あの人は、これをあなたに渡したいと思って戦っていたのでしょうから。私は、あの人の願い通りにしたまでです」
「しかし、……」
「あの人も覚悟していたことですよ。私も助からないことは。仮に剣を持ち帰らずに、あなたの元に逃げて来ても、今度はあなたが死んでしまう。その可能性を少しでも減らすためには、こうするしかなかったのです」
「だが、お前が死んでは、リリィが。赤ん坊のリリィはどうなるのだ?」
それを言われると、辛い。
でも。
「リーゲ。あなたが居る。あなたが居るから、私達は、命がけで剣とリリィを守ったの。あなたが居れば、きっと大丈夫だと確信があったから」
「そんな無茶なこと言う。私とシャランジェールは同じ技量なのだぞ。あいつが勝てない相手に、私が勝てるとは……」
「その為に、あの人は剣をあなたに伝えようとしたのです。この聖なる光を宿した聖なる剣を」
「だが、この剣は?」
「同じに見えましたか?」
リーゲ、これでも私はちゃんと工夫しているのよ。
「いや、少し。いや、大分違うな。どういうことだ?」
「私に許された力のひとつです。剣や物に対して、聖なる光を宿し、魔を払う武具とすることが出来るのです」
「そ、そんなことが……」
「でも、剣には傷ひとつありませんよね?」
「確かに。そうだ」
「私に剣の心得があれば、無傷で取り返しすことも出来たでしょう。でも、ご覧の通り、私不器用でしょう? あなた達の様には行きませんでしたわ」
「プレア」
リーゲは、その後、しばらく黙ってしまった。




