61 夢。あなた達は、誰なの?
「こ、ここは?」
そこは、見覚えのある場所だった。
「あ、ここは、リリィを産んだ場所だ」
そう、私は、転移先も定めぬまま、転移を始めた。
フードを被った人外が、「女。その娘も、寄こせ」と聞いた瞬間には転移を始めていた。
だから、どこに転移するか、選んでいる余裕が無かった。
「ここなら、以前残した荷物があるかも」
古くなって使わなくなった物などが、残っているかもしれない。
周りを警戒しながら、屋敷の中に入っていく。
屋敷の扉をバタンと閉めたら、私は座り込んでしまった。
そして、リリィをギュッと抱きしめる。
素直に良かったと思えない。
私達の為に、シャランジェールと騎士団の生き残りの人達は、……。
でも、泣いている暇はない。
前に寝泊まりしていた部屋に向う。
「あ、あった」
十分ではないが、使い古しの抱っこ紐や着替えが残っていた。
日持ちの良いパンを乾燥させた物も残っていた。
「まだ、捨てないでいてくれたんだ」
よかった。
かたずけてあった敷布などを取り出し、下に引いた。
そこに、リリィを寝かせた。
少し、ホッとした。
「ここで、しばらくやり過ごして。それから、大神殿に転移しよう」
気が付くと、一人で呟いていた。
「……」
「カリカリ。コツコツ」
何か音がする。
「何の音?」
ザワザワとしていて、人が沢山いる。
どこだろう?
「ええ――。ボツだね。書き直してください」
「そ、そうですか?」
誰かと誰かが、話をしている。
「誰? あなた達は、誰なの? ボツって何? 何の話をしているの?」
私の目前には、二人が何かの資料を見ながら会話していた。
見た事のない風景。
知らない世界。
過去なのか、未来なのか?
同じ世界なのか、違う世界なのか?
私は、夢を見ているのだろうか?
「今時、こういうピュアの物語、流行らないんですよ。例えば、最悪の状況からの逆転劇っとかぁ。面白おかしいラブコメっとかぁ。書けませんかねぇ?」
「は、はあ。そうですか。書いているつもりなんですが」
この二人は、何の会話をしているの?
何かの資料と思えるものは、私の知らない文字で沢山書いてあった。
「ダメかぁ」
若い人が、石板の様な物に向かって、呟いている。
こんどは、違う場所?
さっきの若い子の部屋?
書いては消し、「う――ん」と嘆きながら、何かをしている。
でも、その目はとても鋭い目をしていた。
その真剣な横顔に、少しドキッとした。
「あの石板に、文字を書き込んでいるの? 何だろう? あれは」
気になって、その石板に書いてある文字を見て見た。
見た事も無い文字。
読めない。
でも、書いてあることは、何となく伝わってきた。
「う――ん。これは、駄目ね」
つい感想を漏らす私。
「ん? ん? 何? 誰?」
その若者は、ハッとして周りを見回していた。
その姿に私は、クスッと笑った。
「ウフフ。面白い人」
「オギャ――! オギャ――!」
突然、リリィの大きな無き声が聞こえた。
「ハッ? わたし、寝ていたの? あれ? あれは、夢?」
私が目を覚ましたら、リリィは泣き止み、私の頬を触ってきた。
「……。ねぇ、リリィ。あれは、あなたが見せてくれたの?」
キョトンとした顔で、私を見つめ返して来るリリィ。
「そ、そんなことないわよねぇ」
少し寝たお陰で、気持ちに余裕が出来てきた。
「そうだ、あの人の剣を、リーゲに渡そう」
私は、直ぐに大神殿に向かうのではなく、もう一度、シャランジェール達と別れた場所を経由して転移することにした。
そこで、あの人の剣を取り戻し、リーゲに渡す。
きっと、それが役に立つと、私は思ったからだ。
「よし、そうと決まれば」
暫く眠っていたということは、多少の時間が過ぎている。
もう、みんな。
部屋を軽く片付け、転移を開始した。
見たくない状況を見ることになるかもしれない。
それでも、あの剣を、リーゲに渡さなければならない。
私は、悲惨な状況を覚悟して、少し離れた場所に転移した。
戦いのあった場所に、ゆっくりと近づく。
もう、周りには人外の姿はいないようだ。
騎士団の方達の無残な亡骸を目にすると覚悟していたが、それも無い。
だが、直ぐにでも転移出来るように、杖はシッカリ掴んでいた。
「あ、あった! あの人の剣!」
シャランジェールが戦っていた場所には、私が聖剣化したシャランジェールの剣が、鞘に収まって落ちていた。
周りを警戒しつつ、剣に近づく。
手にする前に周りを見渡すが、人の気配も人外の気配もない。
「よかった。これを持っていこう。でも、何で鞘と一緒に?」
戦いに疎い私でも、少し不思議に感じた。
それに、あの人達の亡骸も無い。
「戦いの場所を移動したの? それとも、連れさらわれたの?」
だが、確かめる方法はない。
せめて、亡骸を弔おうとも思ったが、それも出来ないようだ。
「よし。もう、大神殿に行こう!」
私は、シャランジェールの剣を拾おうと手を伸ばした。




