58 はじまり
いつもの様な、穏やかな朝を迎えた。
いつもの様に?
いつの間にか、これがもっと長く続くと思っていた。
落ち着いた夜を過ごし、目が覚め、そして今日の一日の準備を終わらせ、これからどうするかを決めようとしていた時であった。
「ガチャ」
音がした方を見ると、シャランジェールが剣を掴んで抜いて構えていた。
私も、直ぐにリリィを抱っこ紐で包み、首から斜めに抱えた。
そして、杖を構える。
「あ、あなた」
「うん。いよいよ来たか?」
「シャ、シャランジェール殿?」
守護団の一人が、恐る恐る尋ねてきた。
「全員、プレアの傍に集まらせるんだ」
「了解した。シャランジェール殿」
「こんな昼に?」
私は、驚いた。
闇に潜んでいる人外達が、何故?
「奴らは、ここが正念場と定めたのだろう。一気に畳みかけるつもりかもしれん」
シャランジェールは、表情ひとつ変えずに答えた。
(そうか、この人は、この様な闘いをずっとしてきた人なんだ。前々から予測していたのかな?)
「広く張っていた網に、ようやく我々が引っかかったという事だな」
人外が自ら、危険を顧みず襲ってくるとなると、私もいよいよ後が無いのかもしれない。
「プレア。直ぐに転移を始めろ」
「はい」
取る物も取り合えず、着の身着のままで転移を始めた。
何とか、この時の襲撃は、回避できた感じだ。
今までは、こうならないように、早めに移動していた。
しかし、今回ばかりは、相手が人外だった為、察知してからのスピードが速かったのだろう。
手持ちの食料や資金では、何日も過ごすことは厳しくなった。
もう、後が無い。
「あなた。守護団の人達には、私達から離れてもらいましょう」
私は、守護団の解散を提案した。
この人達にリリィを預けて、逃げてもらおう。
私は、そう考えた。
「……」
シャランジェールは、何も答えなかった。
この人でも、一人では守り切れないと感じたのだろうか?
しかし、守護団の人達が居ても、無駄死にさせるだけなのは、あれと対峙した私ならわかる。
「あの、皆さん。ここで守護団を解散します。ここから先は、私達だけで移動します。皆さんは、どこかに一時隠れ、頃合いを見て元の御領主様に助けを求めてください」
私は、シャランジェールの答えを待たず、守護団の人達話した。
「それは出来ません。プレア様」
「ですが」
「不甲斐ない私達の為に、騎士の方も命を落としたのです。助けられた命、騎士の方々の思いを叶える為に使いたいと思います。どうか、最後までお供をさせてください」
「あ、あの。あれは、人間が対抗できるものではありません。狙いは、私だけなのです。私達だけなら、逃げ回る事が可能です。ですから、どうか」
もちろん、嘘である。
逃げる事なら確かに可能だけれど。
食べ物は?
お金は?
着る物は?
寝る所は?
乳飲み子を抱えて、それは不可能だ。
「プレア様は、嘘をついておられる。御子様を抱えて、どうやって長い間過ごされるのですか?」
「ですから。ですから。……。リリィを、皆さんに託したいのです」
「プレア様!」
皆、驚いた顔をしていた。
「プレア」
シャランジェールが、ようやく口を開いた。
「皆の気持ちも分かる。プレア、皆の剣も、俺のと同じように聖剣化することは出来るか?」
私は、直ぐに答えなかった。
それは、皆を戦わせることになるからだった。
「できます」
「では、それを頼む」
「……。はい」
十分な時間は無い。
再び、見つけられる可能性があるからだった。
「では、皆様の剣を私の前に揃えてください」
「プレア様、こう? でしょうか?」
全員の剣がそろうと、シャランジェールの時よりも簡易な感じで、聖剣化をしていった。
それを終えると、私達は、直ぐ次の隠れ家へ向かって転移を始めた。




