57 光明
「あ、あの。……」
思い出すだけでも、胸が締め付けられる。
「どうした?」
「私は、ひとり預かっている赤ちゃんがいます」
「ん? 何だ、隠し子がいたのか?」
「ち、違いますよ!」
何て事言うんでしょう、この人は?
「違います。その子は、後の国の皇帝と名乗っているディコ様の御子です」
「そうか」
「もしかしたら、私の先代だった。……。前大神官代理のアクス様との御子かも知れません」
後の国の皇帝と名乗っている者と前大神官代理の子。
この人は、どう思うのだろうか?
「……。そうか。その子は、どこかの誰かに預けていたのか?」
シャランジェールは、そうかとだけ言って、質問を重ねてきた。
「いいえ。人にでは無くて。転移の力を使う時に通る空間と言いますか」
「まあ、そこは安全な所なのだろう?」
「ええ。そうです。この世界の中では、安全な所です。転移の力を応用し、時の狭間に預けています」
「それで?」
「それで、……」
「……。どうした?」
「その判断が、正しかったのかどうか、わからなくて」
「自分に子供が出来て、これで良いのかとなったのか?」
「はい」
「だが、リリィの未来も、明るい未来ではないだろう? 俺達の子だ」
「ええ。そう、ですね」
「お前が戦っている相手は、人間だったら。いくらでも対応のしがいもあったのだろう。それにそれは、いつの事だ?」
「大神官の時、大神殿での戦いの前です」
「そうか。大きい戦いだったのだろう。ならば、仕方ないだろう。紛争の元になっている奴の子供だ。下手な人に預けられまい。お前が普通の人間なら、完全に詰んでいたな。その子は今頃、命が無いか。奴らに取り込まれていたかもしれん」
「やはり、そう思いますか?」
「それとも、人づてに、第三者の国か人に預けるのか? それは、それで無事に預かってもらえるか厳しいな」
「そう、ですね」
私は、そう言うと、リリィを抱きしめた。
「その子を預かる時、アクス様は仰いました。『私では、あの人も、この国も人達も、救うことが出来なかった。だけど、あなたなら出来る。私は、あなた達に未来を託します。あなたも救われないかもしれないけど、あなた達なら救ってくれるはず。そう信じて託します』と」
「ほう。お前の師匠なのだろう? 信頼されていたのだな」
「信頼? そうですね。ですが、アクス様の言われた『あなた達』が良くわからなくて。私もこの様な有様ですし」
「う――む。その言葉通りではないのか? 現に、今救える者がいない。だが、お前は、諦めてはいない。守護団の連中や、俺とリーゲ。そして、次にリリィ。それから、他に続いて増えていくのだろう。多分な」
「あ?」
「何だ? 何か思い出しか?」
「そう言えば、『いいえ、あなた達なら』とも言っていましたわ」
「そうか。ならば、お前ひとりが重い荷を背負う必要はないだろう。その『あなた達』の中に、俺達がいる」
「はい」
「アクスの言った『あなた達』には、リリィも入っているだろう。この子が、親の力不足を解決してくれるかもしれん。俺達の娘を信じよう」
「はい」
「それに、この世界の人間だけでは無理そうなら、他から連れて来るのも良いかも知れんな」
「……。他から?」
「ああ、適当に言っただけだ。俺達は、後の国に雇われてやってきた。似たような手段を取るしかないかも知れん。そう思っただけだ」
目から、鱗が落ちる思いがした。
「他から? 他から?」
「ん? どうした? 俺には、当てはないぞ」
シャランジェールが、少し焦っている。
「ありがとう。あなた。少し、光が見えた気がします」
「そ、そうか。それは、良かったな」
「あのシャランジェール!」
「な、何だ?」
「リリィの為に、もう少し、あがいてみようと思います」
「お、そうか」
「大神殿に寄った時、何か良い仕掛けをしておきたいと思います」
「……。笑顔が戻ったな。何か良い案が浮かんだか?」
「はい」
そして、私は、満面の笑みで答えた。
「この世界の人間だけでは救いきれないのなら、他の世界から来てもらってでも、守りたい」
私は、リリィを強く抱きしめていた。
「自分の命ひとつ守り切れないのに。私に資格があるのでしょうか?」
そう言うと、シャランジェールが答えた。
「それは、……」
そう言った切り、後は何も言わない。
「な、何です? その先は?」
「いや、知らん。もう寝る」
「ちょっと!」
その後、シャランジェールは寝たふりをしたまま、眠ってしまった。




