5 黒い騎士様
「プレア。神官の家系に生まれれば、皆『大神官』を目指して、修行を続けるものです。プレアは違うのですか?」
アクス様が尋ねてこられた。
「えっと、はい。御覧の性格なので、きっとふさわしくないと思います。神官にすらなれるかどうか」
「そう。では、その話はやめましょう。ですが、『大神官』への意識は、忘れてはいけませんよ。プレアも神官としての仕事は嫌いではないのでしょ?」
嫌いかどうかと聞かれては、答える返事はひとつしかない。
「はい。好きです。多分、他の子と同じような事をしていたら、私はもっと変わり者になってしまっていると思っています」
「私達は、口の悪い人達からは、拝み屋とか、占い師とか言われていますけどね」
それを聞いた時、あの黒い騎士さんの事を思い出した。
(あんにゃろ。あの方が、言いふらしているのかなぁ?)
「いいえ。国や人の未来を正しく知り、それを伝えるのは尊い聖務と思っております。私だって、お祈りする時は、気持ちが安らかになりますから」
それを聞いたアクス様は、嬉しそうに微笑まれた。
「あの。よろしいでしょうか?」
私は、唐突に尋ねた。
「何ですか?」
とアクス様。
「あの、私が”おんぼろ街”と名付けた王都の外れにある汚い街は何でしょうか? 小さいころに見かけて、ずっと気になっていたのですが」
アクス様からも、その街の事についても尋ねると良いと言われていた。
「そうね。話しておかなければね。クロスも言っていたかと思いますが、もう少し大きくなってから話したかったのですが……。これも、運命なのでしょうかね」
そういうと、アクス様は寂しそうな眼をされた。
「ごめんなさい。あのスラム街が出来てしまった理由は話せません」
「でも、クロス様が……」
「プレア。……。話せません」
アクス様は、私の言葉を遮られた。
「……。はい」
まだ早いから話してくださらないだけではないのだろうか?
他に、何か理由があるのであろうか?
街中の噂程度なら、私も直ぐ知ることになるだろう。
しかし、もしかしたら意図的に……。
だからと言って、これで大人しくなる私ではない。
「あ、あの……」
「何ですか?」
と、アクス様。
「おんぼろ街で、私とモイラが危険な目に会ったと申し上げた件ですが」
「はい」
「その時、黒い騎士様に助けて頂きました」
「黒い……、騎士様?」
「はい。髪が赤く、瞳も赤く、黒い鎧の騎士様でした。 赤い髪と目が、とても素敵な方でした」
「……」
アクス様は、表情を硬くされていた。
入った時は、あんなににこやかで饒舌だったのに。
「あの街に居た黒い騎士様は、誰なのか御存じでしょうか? クロス様に尋ねたら、アクス様に聞きなさいと仰られたので。私は、どこかの貴族の方だと思ったのですが」
さて、アクス様は、答えて下さるだろうか?
「!」
アクス様は、目に涙を浮かべておられた。
「え? アクス様? あの……」
私とモイラはびっくりした。
「そう。黒い騎士様と。お会いしたのね。あの街で。そうですか」
「……」
お優しいアクス様が、涙を浮かべる相手。
あの黒い騎士様は、そういうお方なのだろうか?
私は、少し駆け足で、答えに辿り着こうとしてしまったのかなぁ?
「あなたが、もう少し早く。生まれて来てくれていたのなら」
目に涙を浮かべられ、アクス様は言われた。
そんな事を私に言われても。
「御免なさい。今日は、ここまでにしましょう。少し疲れました」
と、アクス様。
「は、はい」
お偉い方に涙を浮かべて話をされたのでは、流石の私でも何も言えない。
「プレア、モイラ。大事な話をしようと思いましたが、御免なさいね」
「いえ、私も余計な事を言い過ぎた見たいですので」
少し、反省した。
アクス様は、クスッとお笑いになられた。
「まあ、プレアが反省してますよ。モイラさん」
「はい、アクス様。プレア様も、少し大人になられたみたいです」
(ちょっと、そこの二人!)
私は、機嫌が少し悪くなった。
でも、アクス様に笑顔が戻った。
まあ、いいか。
「プレア。私は、あなたにとても期待しています。あなたに何か制約を求めたりとかは言いません。ですが、あなたの使命が、あなたの進むべき道へ連れていくことになるでしょう。あなたが望む、望まないに関わらず。そして、あなたは、それを乗り切るだけの何かを持っている」
「『何か』、ですか?」
「そうです。その何かが、ハッキリとわからなくて御免なさい」
「いえ」
「そしてモイラ。あなたは、従者神官として、プレアを助けてあげてね。あなたの存在が、プレアに取ってはとても心強いものになっているはずだから」
アクス様は、モイラにも期待されている事を話された。
振り向くと、モイラはキョトンとしていた。
ただの補佐として、同じクラスメイトとして。ルームメイトとして。
それだけのつもりだったのだろう。
しかし、モイラも、アクス様やクロス様も捌ききれない大変なことに関わって行くのだと、伝えられたのだ。
私は、モイラの手をギュッと握った。
ハッとするモイラ。
大丈夫よモイラ。
今までだって、無事だったじゃない。
そうよ、これからも、きっと大丈夫。
私は、そう自分に言い聞かせて、モイラと一緒に神官代理執務室を退出した。




