52 おんぼろ街との別れ
「ご無事で、何よりでした」
「ライラさん。私は、私は、……」
「それ以上、何を申されなくても大丈夫です」
「私は、……」
「あの子を少しの間だけ、お世話させて頂きましたが。あの子はきっと大丈夫ですわ。プレア様」
「……。大丈夫なのは、知っているのですが」
「誰と、誰の御子かは存じません。ですがあの子は、プレア様の背負っておられる事を守れる御子になると、私は感じています。こんな街で生まれた女の勘ですけれども」
「おい。こんな街はないだろ?」
おんぼろ街のボスが、笑いながら話に釘を刺した。
「私も、あの子の事を、代々秘密に伝えますわ。もしもの希望に備えて」
「いつ、連れ戻せるかわからないのです。それでも」
「それでも。です」
どうして、こんなに自信をもって答えられるのだろう。
乳母をお願いしたから、私やモイラよりも長くは接していただろうけど。
私を安心させようとする為だろうか、それとも、母としての自信からなのだろうか?
「ライラさん、ありがとう。ございます。肩の荷が下りました」
「そうですか? よかったです」
「ええ」
「プレア様。ご両親には、会いに行かないのですか?」
「……。いいえ、会いに行けません。きっと、賊が待ち構えているでしょうから。私を大神官にしようとした時に、覚悟は出来ていると思います。私、薄情ですかね?」
「いいえ。プレア様の選択がきっと良い方に動きます。ライラは、そう信じております」
「プレア。あまり長い出来ないのだがな」
シャランジェールが言う。
シャランジェール達は、少し離れた場所で待っていた。
「はい。あの騎士様達の埋葬場所は?」
私は、おんぼろ街のボスに尋ねた。
「ああ、あっちだ。連れていこう」
「はい。では、守護団の皆さんも」
私は、最後に残った守護団の皆さんに声を掛けた。
おんぼろ街の少し離れた場所。
この街へ来る時に見かけた、怪しい場所。
そうか、埋葬場所でもあったのか?
しかし、あの時は少し不気味だったのに、今はとても整理されている。
「ここは、街で死んだ奴や、この街の周りで行き倒れになった奴らを捨てる場所だった。綺麗になっているだろう? あの黒い騎士が、ここを綺麗にしておけと金を置いていってな。まさか、この為とは思えんが」
「そう。ですね」
私は、そうと返事をした。
でも、もしかしたら、デュコ様は、この時から覚悟していたのかもしれない。
「ここだ」
複数の遺体が、穴の中に安置されていた。
「後は、埋めるだけだ。お前さん達が別れを言いたいだろうと思って待たせていた」
「ありがとうございます」
私は、弔うために祈りを始めた。
深い夕焼けが、心に染みた。
「プレア様の御祈りは、いつも穏やかで、ポカポカとした感じになりますね」
ライラさんが言う。
「そうですか。良かったです」
「これで騎士様達も、使命が果たせたと安心して下さることでしょう」
「あの。この場所の事をご遺族に伝える事もお願いしたいのですが」
「ええ。様子を見て必ず伝えますわ」
「では、これを預けます。私が祈ったという証拠になるはずです」
私は、自分の腕輪のひとつをライラさんに手渡した。
シャランジェール様の姿を探した。
いくら仕事とはいえ、気まずくなっているのではないかと思ったからだ。
彼は、手を合わせることなく、ジッと私達の様子を見ていたようだ。
その目は、自分のやって来たことを、しっかりと見定めている。
そんな感じがした。
「戻りましょう。シャランジェール様」
私は、皆に続いて、おんぼろ街に向かい歩き出した。
「私に、何も言わないのか? プレアは?」
「何か、言って欲しいのですか? 例えば、人でなしとか?」
少し、意地悪な質問をした。
「クックック。 随分な事をいう」
「安心して下さい。それは、私も同じ事です」
「どうしてだ?」
「私は、あなたのプロポーズを受け入れました。人によっては、潔く死を選ぶべきだ言う方もいらっしゃるでしょう。ですが、私には、それが出来ない。きっと、ずるい女だと見られる事もあるでしょう」
「後悔しているのか?」
「後悔などしていません。私は、あなたに掛けたのです。次の希望を繋ぐために。他の女性なら、違う道を考えたかもしれません。しかし、私は、前の国に数百年ぶりに任命された最後の大神官です。簡単に、諦めるわけにはいきません」
「そうか」
おんぼろ街に着いた頃には、暗くなっていた。
「おい、シャランジェールとやら、用意して置けと言う荷物は、これで良いか?」
「ああ、ボス。十分だ。これは費用だ」
シャランジェール様は、懐からお金をだした。
「いらねぇ。これから、必要になるんだろう」
「そうか? それは助かるが」
「プレアも、この街に縁のあった奴だ。それに必要だろ? これから色々と。それは餞別だ。な、プレア」
急に話題を振られた。
その顔は、何故かニヤニヤと笑顔になっていた。
「え? ええ。沢山あった方が良いのは確かですが、本当に良いのですか? それに、何故ニヤニヤしていらっしゃるのですか?」
「いいよ。さっさと行け! 帝国の連中が来たら、この街の人間は逆らえん。前の国の時とは、勝手がちがう。様子が変だしな」
おんぼろ街のボスさんも、何気に感がするどいのかしら。
「はい。御言葉に甘えさせていただきます。では、シャランジェール様。それは、仕舞って下さい」
「そうか。わかった」
シャランジェール様は、元の袋に入れ懐に戻した。
「ではプレア、次の転移の場所だが」
「あ、はい。で、地図とかで場所を教えて頂けるのでしょうか? 大体のイメージとなりますが」
「それでは、開けた場所にしか移動できないだろう。まあ、どういう原理か良くわかっていないが。一つ考えがある」
「なんでしょう?」
「プレアは、礼拝堂内で声を掛けてきたな」
「はい。結界の中に包み込んでしまうと、口に出さなくても思いが通じるので」
「それで、私の示す場所のイメージを伝えられるかもしれん」
「え? そうなのですか?」
「やってみて損はないだろう。試せるか?」
「はい。では」
「ふむ」
私は、シャランジェール様と私の周りに結界を展開した。
「ほう、目に見える様にも出来るのか?」
「まあ、いろいろと」
「なるほど。では、イメージを伝える。ここは、私が隠れ場所として、普段から探して用意していた場所だ。この場所は、リーゲも知らん」
「あ、はい。とても、静かな御屋敷ですね」
「今日は、そこで休もう。一日、二日は過ごせるだろう」
「はい、わかりました。凄く素敵な御屋敷ですね」
私は、結界を解いて、皆に声を掛けた。
「守護団の皆様! ご用意をお願いします」
「はい。プレア様。皆集まっております」
「はい。では、転移を始めます」
「はい」
「プレア様、お元気で!」
ライラさんが、手を振ってくれている。
「プレア。もう二度と来るな。お前が来ると面倒ばかりだ。最初は、黒い騎士の奴に打たれるし」
と、ボスさん。
「では、皆さん。行ってまいります」
私は、別れの挨拶を、「さようなら」ではなく、「行ってまいります」と言った。
光と風の渦が広がり、転移が始まる。
「お気を付けて! プレア様!」
ライラさんの声に見送られて、私達は、おんぼろ街を後にした。




