50 非常識
二人のどちらが、私に止めを刺しに来るのかしら?
リーゲと言われた人は、少し繊細な感じのする男だった。
もう一人のその人は、彼とは違う、ざっくばらんな感じ。
新しい事になると、興味津々の人の様な気がする。
二人のうちのリーゲの隣のその人が、ゆっくりと歩み寄ってきた。
礼拝堂内にいる守護団の皆は、身構えていた。
もしもの時に備えて、きっと緊張している。
私は心の中で、無駄に命を捨てないでと願った。
そのまま、ジッとして動かないでと。
その人も、私の方を真っすぐに見返して来る。
そのまま、ゆっくり歩いて来る。
入る時に抜いていた剣は、何故か鞘の中に納まっていた。
(死神の顔って、こんな顔なのかな? 少し、カッコよく見えるのが悔しいわね)
私は、何故か冷静だった。
しかし、その人は、私の近くに来ると動きを止めた。
そして、片膝立ちになり、手を伸ばしてきた。
「『大神官プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』殿。私は、シャランジェール・エクセルキトゥスと申します。この私と、結婚して欲しい」
(は? は? 何を言っているの? この人は?)
「『大神官プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルム』殿。あなたは、いずれこの地で死ぬ。他に逃げて生き延びようともする気もないでしょう。ならば、その命、私に預けて頂きたい」
「!」
開いた口が塞がらないとは、この事だわ。
けれども、私を真っすぐに見つめて来る目には、嘘を言っているように思えなかった。
「そんなことをしたら、今度はあなたの方が咎められるのでは? 自ら死を選ぶようなものです。愚かなことはしないでください」
きっと、馬鹿にされているのでしょう。
ここで癇癪をおこしても、大人げない。
窘めておきましょう。
しかし、シャランジェールは、こう言い返してきた。
「あなたに出会った瞬間。暗殺者としての私は死にました。あなたを殺す目的も忘れ、あなたに心を惹かれました。私も死を覚悟して、こうして述べております。血迷って言っているのではない事をご理解いただけますと幸いです」
シャランジェールは、真剣な眼差しを私に向けていた。
そして、少し前に歩み寄って来て、私の手を取ろうとした。
「!」
突然の事ばかりで、どうして良いかわからない私は、その手を払う事はしなかった。
そんな事をしても、この状況はかわらないし。
シャランジェールは、私の手に触れると、口元に近づけて軽くキスをした。
(こ、こ、これは、拒んだ方が良いのかしら? ど、どうすれば? そう言えば、もう一人いたリーゲと言う人は、今何をしているの?)
しかし、その男は、他の守護団の人達と同じように、固まっていた。
(なんで固まっているの? 二人できたのに?)
二人で組むという事は、いずれか一方が失敗したり、裏切ったりした場合に備えての事だと思っていた。
だけど、もう一人のリーゲという刺客は、私達をジッと見ているだけだった。
シャランジェールという人もそうだけど、リーゲと言う人からも、殺意が消えていた。
もう、怖いという感じがしなくなっていた。
リーゲという人からは、慎重だけれども、その分思慮深い感じがした。
人を殺す仕事の人達に、思慮深いなど良い意味では無いのかもしれないけれども。
その慎重な性格のせいで、このお友達?
多分、お友達のシャランジェールと言う人に比べると、判断が少し遅れるのかもしれない。
ただ、シャランジェールという人が、何も考えていなさ過ぎる気もするけれど。
私には、二人がアクス様とクロス様に似ているなと感じ、懐かしく感じてしまった。
私が、この人の申し出を断ったら、リーゲが告白するのだろうか?
それとも、暗殺者としての本分を発揮しようとするだけなのだろうか?
リーゲと言う人も、私の答えを待っているように感じられた。
(こんな風に告白されるのって、他の女の子達は普通に経験することなのかな? いくら恋愛素人の私でも、流石に非常識と思うわ。けど。けど。う――ん。……)
一呼吸おいて、結論を決めた!
(ええぃ。もう、成るようになれ! どのみち、この人達以外が来ていたら、今頃は死んでいるはずなのよ。そして、前の国も終わっているはずだから)
私は、結婚の申し出を受けることにした。
「わかりました。あなたの結婚の申し込み、お受けいたします。シャランジェール殿」
「プ、プレア様?」
「何ということを、人殺しの男と結婚などと……」
守護団皆さんは騒めいている。
当たり前よね。
でも、覚悟の上なの。
シャランジェールは、嬉しそうな顔をしてくれた。
ドキッとしてしまった。
私としては、猛獣に身を投げ出すぐらいの感じだったのに。
すると、シャランジェールは、その場から急に居なくなった。
「!」
(あれ? どこに行ったの?)
「ドスン!」
鈍い音がした。
そして、その音の方を見ると、リーゲと言う人が倒れていた。
「シャランジェール殿! な? 何をして?」
「これで、良いのです」
「何がですか?」
「大神官プレケス殿。あのままであれば、此奴は、私達二人を殺すかどうか、迷う事になるでしょう。そして、此奴のことだから、指令を実行しようとするかもしれない。いや、悩むかな?」
「わからないんですか? お二人は、お友達ではないのですか?」
「はは。そうですな。親友です。私を同じ技量を持つ、背中を預けられる奴です」
「そんな大事なお友達を」
「でも、息があれば、こいつは苦しみながら、私達二人を殺そうとするかもしれない。その方が良いとでも?」
そんな、究極の選択を迫られても。
「そう。ですか」
この二人の関係など、私が知る由もない。
シャランジェール殿が、そう言えば、そうなのだろう。
「さて、大神官プレケス殿。これから、どうされますか?」
「え?」
「このまま、ここで過ごすわけには、いかないでしょう?」
「あ!」
そう言えば、逃げ回っている最中だった。
「それは困りましたわね」
私は悩んだ。
「ふふ。面白い方ですね? 大神官プレケス殿は」
「あ、あの、シャランジェール殿。私はプレアで良いです。名前、長いと思うので。小さいころから、そう呼ばれております」
「そうですか。助かります。で、どうされますか?」
「もう、逃げる場所が無くて。このままでは、あなたと心中することになりそうです。とても不名誉ですわ」
「プレア様ぁ」
流石に守護団の人も呆れている。
「あはは。そうですか? では、あなたの行ったことがあるはずの街に行きましょう。おんぼろ街と、あなたが名付けた街です。まずは、そこで身を隠し、必要な物をそろえて、直ぐに移動。こうしましょう。後の場所は、私が指示します」
「は、はぁ」
私は、色々あり過ぎて気が抜けたのか、力なく返事をした。
流石は暗殺者ね。
おんぼろ街の事も、ちゃんと知っていたのね。
そして、転移をする為の準備を始めた。




