4 アクス大神官代理
「これで、本日の教学は終わります」
最後の授業はクロス様だった。
そう、クロスローズ大神官代理代行様は、私達見習い神官の先生でもある。
「起立! 礼! 先生、本日も、ありがとうございました」
「はい。では、ごきげんよう」
やっと今日の退屈な退屈な教学が終わった。
いつもなら、ここから羽を伸ばすつもりで、モイラとあちこち探索に向かうところなのに。
今日は、呼び出しが……。
「じゃ、行くわよ。モイラ」
「はい――」
何気に元気がないモイラ。
二人してアクス様の大神官執務室に向かった。
アクス様は、とてもお偉い方なのだけれども、クロス様の様に堅苦しくない。
直接会って話をしたことは、最初の頃の1回だけで、時々ご挨拶をすることがあるくらい。
何故か、気にかけて下さってはいるみたい。
基本的に教学については、クロス様に任せられている。
時折、様子を見にこられて、皆の前で挨拶をすることもある。
コン! コン!
少し身だしなみを整えて、ドアをノックする。
先ほどまでしょげていたモイラも、シャキッとした顔をしている。
アクス様って、やっぱり凄いなぁ。
あのモイラをシャキッとさせるなんて。
「はい、どなたですか?」
「プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルムとモイラ・フルロスです。クロスローズ大神官代理補佐様から、こちらに来るようにと申しつけられ参りました」
アクス様が部屋の中から尋ねられたので、私が答えた。
「……」
「?」
あれ? 返事がない?
「あの、入ってもよろしいのでしょうか?」
「あ、はい。御免なさい。どうぞ、お入りください」
許可が出たのでドアを開けて、私とモイラは入室した。
そこには口を手を当てて、笑いを堪えていらっしゃらるアクス様の姿があった。
「?」
キョトンとする、私とモイラ。
「ご、御免なさい。いえ、プレアが、あんな畏まった感じで御挨拶してくれるとは思わなかったの。長い名前を頑張って、噛まずに良く言えましたね」
「はぁ。自分の名前ですので……」
何か、釈然としないものを感じる私。
「あらあら。そんなに畏まらなくても良いのよ。クロスは、そんなに厳しいかしら?」
「いえ、そんなことは。先生ですので当然かと」
私は答えた。
「あら、良い回答です。そうですね。先生はビシッとしていないといけませんからね?」
「はい」
「モイラも硬くならないで、叱られるとか思っているのかしら?」
他所行きの顔をして座っているモイラは、カチコチだった。
「はい!」
と勢い良く答えるモイラ。
モイラ、ここは軍隊では無くてよ。
それにモイラ、叱られる前提って失礼な。
「ふふふ。まあ、あなたは巻き添えですからね。どちらかというと、ご苦労様と労う気持ちが多いですよ」
アクス様は、モイラを労ってくれた。
「あ、アクス様ぁ」
嬉しかったのか、モイラが涙声になる。
酷いわ、モイラ。
「さて、プレア。これから、何を話すと思います?」
と、アクス様が尋ねて来た。
「はい? わ、わかりません」
そんな事、わかるわけがない。
「あなたは、『大神官』というお役については、どう思っていますか?」
「はい。とても、大事なお役目と認識しています。過去に御二人しか、いらっしゃらなかったと学んでおります」
「はい。正解です」
「はぁ」
「気のない返事ですね?」
アクス様がニコリと笑う。
「まだ見習いの私には、あまり関係ないので」
「そう? モイラも同じかしら?」
アクス様が尋ねた。
「はい」
そらそうよね。
私以上に知っていたら、この子何なのって思う。
「プレア。あなたがここに来た経緯。覚えているかしら? まだ、小さかったから覚えていないかしら?」
「なんとなくは、覚えております。アクス様が御屋敷で、お話をしてくださいました」
「その話をしてごらんなさい」
「はい。小さいころ、『鬼ごっこ』や『かくれんぼ』をしていて、勝ちたいと思っていたら、『転移の力』を使って勝ちまくっていました。そしたら、周りの大人たちがビックリして。『これは大変なことだ』と言っていました。そして、両親に呼び出されました」
「プレア様は、その時もお転婆だったのですか?」
と、モイラ。
ちょっと失礼な。
「失礼ねモイラ。話が反れるから、変な事言わないで。……。えっと、……」
「フフ。落ち着いて。慌てて思い出さなくて良いのよ」
と優しいアクス様。
「はい。えっと、叱られると思ったのですが、お父様、お母様が言うには、『力』について、ちゃんと聖導会で学んできなさいと言われました。それで、こちらで学ぶ事になりました」
「はい。そうですね。寂しい思いをさせましたね」
「いいえ。寂しいとは思っておりません。私的には、自然に、その時が来たのかという感じでしたので」
「そう。良かった」
「こちらに来た時に、アクス様に面談して頂きましたのを覚えております。とても、嬉しそうな顔をされていた事を、今でも覚えております」
「ええ、そうでしたね」
「あの。以上なのですが」
「はい」
そして、アクス様は、出会った頃の私を思い出したのか、とても嬉しそうな顔をされた。
「プレア、私はね。ようやく、ようやく、長らく席の空いていた『大神官』に付ける人が、生まれて来てくれたと思っていたのですよ」
私とモイラは、「え?」という顔をした。
「あの、私が『大神官』ですか? それは、『転移の力』を使えるからですか? あんなの聖導会の授業で練習すれば、神官なら誰でも使えるようになりますよね?」
と、私は答えた。
「つ、使えませんよ!」
とモイラ。
「え? 使えないの? 何で?」
「何でって言われましても」
困惑するモイラ。
「フフフ。そうね。モイラが正しいわ。プレア、『転移の力』は、大神官のみが使える『力』なのですよ。代理である私も使えません。他にも色々ありますが。『転移の力』は、そのひとつなのです」
そう説明されて、今度は私が驚いた。
「え? そうなんですか?」
「ええ。そうね」
そうかぁ。
だから、周りの大人達がビックリしていたのか。
「失敗したかな……」
と、私は、ぼそりと呟いた。
「やんちゃが出来なくなってしまったからですか?」
モイラが呆れた顔で言ってきた。
「何よ。盗み聞きしないで」
私は、モイラに言い返した。
「その頃は、遊びで使っていましたが、今はどうですか?」
と、アクス様が尋ねる。
「え……っと。その、……。すいません」
探求の為ではあるが、あまり変わらない気もしてきた。
「はい。理解して貰えてうれしいです。でも、良い練習にはなっているようですね。危ない目に最近あったみたいですが」
「あ、はい。すいません。モイラも、危ない目に会わせてしまいました」
私は、二人に謝った。
「モイラさん、良かったですね」
と、モイラに言うアクス様。
「はいぅ!」
涙目になって喜ぶモイラ。
(ちょっと酷くない?)
「では、本題に入ります。これには、従者神官になる予定のモイラも関わって行くことになるので、一緒に来てもらいました」
アクス様は、優しい笑顔で私達を見つめながら話された。
その目は優しく、慈愛に満ちた目をしていた。
しかし、どこか少し寂しそうな感じもした。




