48 大神殿に残る最後のもの
転移は、沢山してきた。
その転移の途中で、不思議な夢を見た。
箱の蓋を慌てて閉めようとしている女性がいた。
様々な禍々しい黒いものが、その箱からあぶれ出ていたからだ。
どす黒く、汚い煤のような黒いもの。
全ての悍ましいものが出てしまった箱には、宝石の様にキラキラとしたものが残っているのを見た。
もう少しで、それも外に出そうなのに、何で閉めてしまうのか残念に思った。
何故か、その時の事を、私は思い出した。
その時は、夢でも見ているのかと気にしていなかった。
あれは、夢なのか?
どこかの世界を、垣間見ていたのか?
もう、大神殿に帰ろう。
前の国には、どこにも逃げ場がない。
「では守護団の皆様、大神殿に向かいます」
「はっ!」
私は、転移先となる大神殿の礼拝堂の中をイメージした。
そして、転移の力を使った。
渦巻いていた光と風が静かになっていく時、礼拝堂の中から誰かの声がした。
「あ? 何、あの渦? 綺麗だ!」
「何かの、奇跡かのう?」
私を庇うように、前に立ちはだかる守護団の騎士様。
しかし、礼拝堂を見て、私は驚いた。
そこには、年老いた騎士、女性の騎士。
そして、少年騎士もいた。
「あ、あなた達は、ここで何をしているの? どこから入ったの?」
私は、思わず大きな声を出していた。
「あ、プレア様だ! 良かった、会えた。良かった!」
「良かったじゃありません。あなた達は、何でここにいるのですか?」
「プレア様。我々も、あなたを守りたくて、こうして集まったのです」
「集まったって……」
私は、言葉に詰まった。
「プレア様。彼らの事情を聴きましょう」
私の前に立っていた騎士様は、既に剣を納め、優しい笑顔になっていた。
「そ、そうですね」
「それにしても、そなた達は、何故ここにいる。ここは、閉めていたはずだ。それに、プレア様が今危険な状態にあるのだ。参拝なら後にしろ!」
騎士様が私に代わって、きつめに問いただす。
「はい。私や他の者は、領主様の許可を頂いて、こうしてきております」
「許可を? 誰の?」
一体誰が、そんな無茶な許しを!
「はい。自前の騎士を持たれていない領主様が、私達に言ってよいと許して下さったのです」
「私に組するという事は、領主様にも迷惑が掛かることになりますよ」
「ですが、どうしても、大神官様をお助けしたくて」
「来てしまったものはしかたがありません。今からでも良いですから、お帰りください。命の危険もあるのですよ」
気持ちは有難い。
だけど、私が討たれた後、彼らの親族や領主が、どんな目に会うか予想できない。
「大神官様」
「駄目です。お帰り下さい!」
「プレア様。残念ですが、もう時間が無いようです」
私達が話している途中で、守護団の方が話しかけてきた。
周りを見ると、騎士の方々は全員剣を構え、大神殿の出口へ向かって行く。
「もう、来たのですか?」
遅かった。
鍵は閉めていたのに、こんなことになるなんて。
「プレア様。ここは、彼らに任せましょう。我らは、外で刺客を迎え撃ちます。さすがに、彼らでは死ぬでしょうから」
「そう。そうでしょうね。仕方がありません」
「あなた達は、私の周りでじっとしていなさい。剣を構えたりしないで、相手が攻めて来ても、庇おうなどしなくても大丈夫です。私が何とかしますので」
戦う心得の無い私に、何とか出来るはずがない。
しかし、嘘であっても言うしかなかった。
「では、お前達。プレア様を任せたぞ!」
残りの騎士様も、外に出て行く。
「はい! お任せを!」
外では、騎士様達が戦っている様子が伝わって来た。
大きな掛け声、悲鳴。
しかし、礼拝堂に居た老若男女の守護団の方達は、怯えている表情はしていない。
緊張はしているようだけれども。
剣の柄に手をかけ、カチャカチャと震えている少年騎士の手に触れて声を掛けた。
「落ち着きなさい。私が何とかしますから。ね? その剣は、私が許可するまでは、抜いてはいけませんよ」
「は、はい。大神官様」
少年騎士の笑顔を見た時、アクス様から預かった赤ちゃんの事を思い出した。
(ああ、そう言えば、あの子は男の子だったわね。世が世なら、王子になっていたでしょうに。大きくなったら、この子の様になっていたのかしら)
小さかった争う物音は、段々と入口に近くなってきた。
「騎士様達、もしかして……」
誰かが、呟いた。
(守護団の騎士様達も、騎士としては手練れのはず。その方達が、これほど簡単に。いよいよ私も)
私も、覚悟を決める時が来たようね。
「ダン!」
扉が思いっきり大きな音を立てて開いた。
そこから、血だらけになった剣を手に持った、二人の刺客が入って来た。
「プレア様、こちらに!」
私は、いきなり奥に引っ張り込まれた。
「な、何を?」
「我等が時間を稼ぎます。その間は、身を隠してください」
「え? もう行く当てはありません」
「あるではないですか? あの不思議な術が。あれで、しばらく。お願いいたします」
「で、でも」
「ここに、プレア様がいないと分かれば、奴らも他を探しに行くはずです。我等も移動できます。せめて、その間だけでも」
なるほど。
それならば、良いかもしれない。
「わかりました。決して剣を抜いて戦っては駄目ですよ」
「はい」
私は、転移の力を応用し、一時的に移動の途中に留まるやり方で、身を隠すことにした。
しかし、自分に対して初めて転移を途中で止めるという事をしたので、少し手間取った。
そして、ようやく大神殿の礼拝堂の様子を見た時に、私は後悔した。
私を逃すための偽りだったことに気が付いたのは、その時だった。




