45 絶望の逃避行
その後も、何度か打合せは繰り返した。
本当なら、今でも隠れなければならないはずなのだから。
とりあえず、志願制で守護団を結成することになった。
私を守りながら、状況が安全になるまで各地に移動し身を隠すと言うわけ。
私の暗殺命令が公にされてはいないようだった。
もしかしたら、本当に噂だけなのかもしれない。
しかし、国境を警備している協力者から、「ガラの悪い人達が、正体を偽って入って来ている」と報告を受けた。
「そうですか。兵を動かすと目立つから、国外から暗殺が出来る人達を集めているということなのでしょうかね?」
私は、もう先が長くない事を悟らざるを得なかった。
「モイラを呼んでください」
打合せで忙しく立ち回っているモイラを呼んだ。
「はい、プレア様。何の御用でしょうか?」
連日の緊張で、流石のモイラさんも、少し疲れている感じがする。
「モイラ。これまで良く私に尽くしてくれましたね。転移の練習台にも、沢山突き合わせてしまって」
疲れてしんなりしていたモイラは、目を丸くする。
「あなたに、法の継承のお手伝いをお願いしたいです」
「『法の継承』?」
「はい。聖導会にある重要な経典と書物を、あなたに預けて国外に持って行ってもらいます」
「は、はい」
「国外研修という形を取ろうかと思っています。その時の荷物に紛れさせて、持ち出してもらいます」
「研修ですか? 国外の? かしこまりました」
モイラは、何も尋ねようとしなかった。
「モイラ。今までありがとう。そして、大きな使命を任せてしまう事になって、御免なさい」
私は、自分の不甲斐なさを謝った。
「デュコ様の御子様の事は、知るに相応しい人が現れたら必ず伝えて欲しいのです」
私は御願いした。
アクス様から託された御子だ。
もしかしたら、アクス様の子かもしれないし、少なくとも王位継承の資格のある大事な御子だ。
こうなることが予想されたから、大神官の力で隠してあげたけれども、このままでは死んだも同然になってしまう。
私と同じ事が出来る人間が、現れる保証など無かった。
「はい」
「では、今から準備をして、整い次第出発してください。持っていける聖導会にある重要な経典と書物は、最低限の物だけで良いです。そして、これを、……。この経典も、今預けます」
「はい」
モイラは、目に涙を浮かべながら、短く返事をした。
私は、大神官だけが読み解けると言う経典を、モイラに手渡した。
「モイラ。何か言いたいことは無いの? 何でも良いわよ」
私は尋ねた。
「えっと。いいえ。ありません」
「少し、元気がありませんね」
「プレア様が、元気があり過ぎるのです」
「う――ん。そうなの?」
「はい。そうです」
「プレア様は、いつも元気です。元気なプレア様が、ずっと好きでした」
そう言うと、モイラはお辞儀をし、大神官の執務室から退出していった。
「プレア様、お話があるとの事ですが、何の御用でしょうか?」
モイラと入れ替わりで、幹部の神官が入って来た。
「私が退避している間、他の神官の皆様には、研修という名目で国外に逃げて欲しいのです。私がいなくなれば、人外達は私の代わりに狙ってくる可能性もあると思っています。ですので、私を守るには力不足なので、縁を切られた形を取りたいのです。私の為に守護団が結成されるので、良い口実になるかと思っていますが」
「プレア、様」
「まあ、直ぐにバレると思いますが」
「戦いには勝ったのに。何故、私達が国を離れないといけないとは。……。悔しいです」
その神官は言った。
「モイラには、経典を任せました。運が良ければ、前の国が、無事継承されることでしょう。その一縷の望みを、皆様に託したいのです」
「……。畏まりました」
その神官は、絞り出すように了承の返事をした。
私は、急遽集められた守護団と共に移動できるよう、準備を整えた。
一人残った大神官の執務室を離れ、大神殿の礼拝堂に入った。
そして、祭壇を仰ぎ見た。
「後は、私が、どう動けば良いかだけですね」
モイラを含めた皆が、準備が整ったと礼拝堂に集まって来た。
私は、集まった皆様の前にして宣言した。
「私は、聖導会としての大神官の役を、退任します」
大神殿の礼拝堂に集められた皆は、静かに私の言葉を聞いていた。
「これから、私も『守護団』の皆様と共に、この大神殿を離れます。皆様も準備が整った方から順次出発してください」
ひとりひとり、準備の整った人が、私に挨拶をして退出していく。
私は、「さようなら」とは言わずに、「行ってらっしゃい」と答えていった。
最後にモイラがやって来た。
瞼が少し腫れているような気がした。
「モイラ。元気でね」
「はい」
いつも、ほんわかしているモイラが、いつになく厳しい表情をしている。
きっと泣くまいと我慢しているのかもしれない。
「モイラ。経典とあの子の事。お願いね」
「はい」
モイラは一礼をすると、馬車に振り向きもせずに乗り込んだ。
馬車は、モイラが乗るのを確認すると、私に挨拶をして馬を走らせた。
モイラは、馬車の窓を開けることは無かった。
「私は、嫌われちゃったかな?」
そんな事は無いと思いながらも、愚痴をこぼしてしまった。
優しいモイラは、ここで泣いたら出発することが出来なくなると思って、我慢してくれたのだろう。
「プレア様。我等も」
声を掛けてくれたのは、私と一緒に逃避行の道ずれになってしまった『守護団』の皆様。
「はい。参りましょう。苦労を掛けますね」
私は、大神殿の扉に手を掛けた。
「きっと、きっと、ここに帰ってきます。どんな形になろうとも。きっと」
私は、扉を閉め始める。
「行ってきます」
そう言って、私は大神殿の扉を閉めた。




