43 その人外の正体
光の柱を跳ねのけて逃げようと、もがき、あがき、苦しむ灰色の人外。
しかし、光の柱は、逃すまいと人外を、ぐわしと押さえつける。
「キッ、キキキキキキ――キ! ギ――!」
人外は、恨めしそうに、こちらを睨む。
しかし、私が、祈りをやめることはない!
「ギ――! ぎぃ――! ぐぅ――!」
その叫び声は、次第に女性の声に変っていく。
「ぐぁ――! や、やめ、て――! やめ、ろ――! ぐぅぅぅ――!」
「お、女の人の声? プレア様、あの人外、女の子なのですか?」
と、モイラ。
「え? モイラ、何だって? 人外が女? どういうことだ?」
「いや、人外が女の人じゃなくて、プレア様の前にいる灰色の人外の事でしょう? モイラ、状況を説明してくれないか?」
各地の神官の皆さんは、声だけなので、こちらの様子まではわからない。
灰色の人外への浄化を始めた時から、国境全域にいた人外達は、攻撃することをやめて、「ギ――、ギ――!」と泣きわめいているだけになっていた。
「あ、すいません。プレア様が浄化を始めた灰色の人外さんから、女の声が聞こえたのです」
モイラが、こちらの様子を伝えた。
「私の近くにいる方は良く見ておきなさい。これが、あの『人外』の正体です」
私は、さらに杖を強く握りしめる。
骸骨のような姿を、光の柱が容赦なく引きはがし、分厚い殻の中に閉じこもっていた者を引きずり出す。
かつて人だった怪物の。
「あ、やっぱり、女の人です。見たことの無い服を着ています。姫様のような。そんな感じがします。体を丸くし、うずくまっています」
体を丸くし、人外の中に埋まっていた女性が、ぼんやりと見えてくる。
「モイラ、ありがとう。私から、この者の過去について、見えてきたことを皆様に伝えます」
その分厚い人外の外皮は、積み重ねてきた罪のひとつひとつなのだ。
それを、無理やり引き剥がし、人であった時の心の姿を、世にさらそうとしている。
「それは、数万年も前の過去の話。その灰色の人外は、とある国の姫だったようです。その頃、その国の祭事を司る若い司祭に、その異国の姫は恋焦がれていました」
元人外だった女性は、血涙を流しながら、過去をさらされることに苦しんでいる。
しかし、わたしはさらに続ける。
「その姫様は、その司祭様と結婚しようとしていました。しかし、その司祭は神に仕えるものとして、それを断っていたのです。しかし、異国の姫様は、強引に叶えようと考えました」
「業を煮やした異国の姫は、我が意のままにしようと司祭を捉えました。そして、司祭をやめて自分の愛を受け入れて結婚するように迫りました。しかし、それは拒否されました。異国の姫のの願いを拒み続けた司祭は、そのまま獄中で亡くなりました」
「それは、哀れな。誰も、止める人がいなかったのか?」
異国の姫の過去世の話を聞いた神官が、思わず溜め息を漏らした。
「思いのかなわなかった異国の姫は、嘆き悲しみました。ここまでは、いつの時代にもある、良くある愚かな話です」
私は、話を続けた。
「悲しむ異国に姫は、あろうことか国を領民全てを生贄にし、司祭を生き返らせようと考えました。その国でも禁忌とされた、死者再生の儀式を行おうと考えたのです。そして、実行してしまいました」
「なんと、過去に同じことをしていたのですか?」
さすがのモイラも驚く。
「念願が叶い、死んだ司祭は蘇らせる事が出来ました。しかし、蘇った司祭は、前と同じではなく傀儡の様な状態でした。この惨事に恐怖した近隣諸国は、この異国の姫を討伐しようと、軍を送り込んできたのです。兵どころ人もいない国ですから、反撃などできません。異国の姫は捕らえられ、処刑が決定されました」
「これを不服とした異国の姫は、自らに人外となる呪術を掛け、彼らを打ち払おうとしたのです」
「姫が、人外となる呪術を行い始めた時、傀儡の様だった司祭が、姫の呪術を阻止したのです。呪術は中途半端な状態で失敗し、そのまま姫は闇に引きずり込まれて、最深部に落ちて行きました」
「哀れな姫に涙を流していた傀儡の司祭は、やがて体が崩れて土に返っていきました」
「以上が、この灰色の人外の過去世の姿です」
私は、一通り話し終えた。
元灰色の人外だった、その女性は、座り込んだまま私の話を黙って聞いていた。
光の柱は、さらに浄化を進めている。
しかし、最初の時に比べたら、光は優しい柱になっていた。
「これが、あなたの過去してきたことですね。これからあなたは、最初からやり直すのです。全てを忘れて、最初からです。しかし、あなたが愛した司祭様の事も忘れることになります。それは諦めてください。覚悟が出来たら、頷いてください」
私は、その異国の姫に最後の審判を伝えた。
異国の姫は涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。
「まぁ」
それを見たモイラ達も、涙を流していた。
私は、杖を胸元に引き戻し、ゆっくりと下へ下ろし床に立てた。
すると、浄化がさらに進み、異国の姫様は赤ん坊の姿になった。
光の柱が、静かに引き上げられていくと同時に、その赤ん坊も天に昇って消えていった。
「……」
ディコ様も、モイラも、神官達も言葉がなかった。
他の人外達は、さっきから固まったまま動かない。
だが、直ぐに、カチカチカチと歯音を立て、一匹づつ闇の奥に消えていく。
無数の人外達は、あっという間に消えていった。
「ディコ様、私は言いましたよね。簡単に片が付くと。この国の領民を生贄にして、母上様とアクス様を蘇らせようとすることは、諦めてください」
後の国の皇帝デュコ様も、人外達が作った闇の中に消えて去っていった。
その目は、私をずっと見据えていた。
「お、終わった。のですか?」
「や、やった――!」
皆、ホッとして、感嘆の声を上げていた。
「皆様、ご苦労様でした。そちらの片づけが終わり次第、皆様戻って頂きます。よく、頑張りましたね。ありがとう」
私は、感謝の言葉を述べた。
私一人ででも、結界は貼れただろう。
しかし、私の心の中は、彼らの存在で守られていた。
一人で戦っていないと言うことが、何よりも心強かった。
そして、残務整理が終わり、転移の力で次々と大神殿に神官達を連れ戻した。
「これで、この国の危機は終わったのでしょうか?」
と尋ねられる。
「いいえ、これからが本番です。人外達は、まだ諦めていません」
「プレア様」
悲しい顔をする私を、モイラが心配してくれた。
「あのような形で、引導を渡すこともあるのですね?」
モイラの近くにいた神官が。私に尋ねた。
「瘡蓋を無理やり剥がす様なやり方なのです。本当は、やりたくなかったのです」
「確かに、無理やり心の中を、丸裸にされるようなことでしょうからね」
「この件で、人外達は、ますます大神官の私の存在を許さないことになるでしょうね」
これは、まだ、前哨戦であること。
私だけでは、解決することが出来ない戦いが、始まっていくのです。




