42 対決
巨大なドクロの怪物。
人間の頭蓋骨と背骨、肋骨のようなものがそこから幾十本も生えていて、手足の様に動かしている。
その目は、深い暗闇で何も見えない。
そして、中は空洞。
そう、これが人外だ。
「驚いたものだな。国丸ごと結界で囲めるのか? これでは、人外達の贄に出来ないではないか?」
人外を幾百体も引き連れて、後の国の皇帝と自称するデュコ・アウローラ・ステルラが、この化け物達と共に現れた。
かつて私が、黒い騎士様と名付けた、あのお方。
「大神官や神官が、ただの拝み屋や占い師ではないことがわかっていただけましたか?」
私は、少し無理をしながら笑みを浮かべ、答えた。
そして、私は杖をまっすぐに立てながら、私の近くに引き寄せた。
「とうとう、このような手段を取られたのですね。……。とても、残念な事です」
私は、ため息をつきながら、後の国の皇帝デュコへの視線をそらさずに言った。
「残念も何も、最初からこうするつもりだった。我が母上とアクスの為ならば迷うことはない」
険しい表情をしながら、後の国の皇帝デュコは言う。
「全土を人外達が取り囲んでいる。そなたの結界がいつまで持つかな。こいつらは何も食べずに何日も攻め続けられる」
後の国の皇帝デュコは、続ける。
「プレア様。あのデュコの言う通りならば、私達は不利です」
各地の神官達が心配している。
確かに、そうね。
だけれども、私、そんなに長く付き合うつもりは最初からないわ。
「最悪の選択を選んだようですが、ここで引き上げて頂けませんか? まだ、間に合います」
私は、後の国の皇帝デュコに言った。
「これ以上、人外を沢山連れてこようとも、あなた方を通す気はありません」
そして、杖の持ち手の先を皇帝に向けた。
「ここで引けと言うのか? 聞けぬ願いだな。 時間稼ぎのつもりなら、これは意味がないぞ」
時間稼ぎをしているつもりはないんだけれども、やはりデュコ様は受け入れて下さらない。
後の国の皇帝デュコは、右手をゆっくりと上げた。
すると、人外達がけたたましい奇声を、あちこちで上げ始め、ざわめいた。
「プ、プレア様!」
心配する神官達。
後の国の皇帝デュコは、振り上げた右手をサッと振り下ろした。
「ギギッ――!」
人外達が、奇声を上げ、鋭い牙や爪を伸ばし、結界にもう突進してきた。
私には、ものすごい数の人外が、嚙み砕こうと飛び掛かって来た。
その数は、千や万の数ではない。
「ガッガッガッガッガッガッ! ッガッガッガッガッガッ!」
無数の牙や鋭い爪を突き立て、結界を噛み破ろうとうしてくる。
私の張った結界は鉄で出来た盾の様に、この牙をはじき返した。
人外達の鋭い牙も鋭い爪も見事に防いでいてくれている。
それでも、人外達は諦めない。
「うっ、うわぁ!」
「ひ、怯むな! プレア様を、信じろ!」
壮絶な攻撃に、少し怯む神官達。
私は、激しい攻撃様子をを受けている間、デュコ様の周りを見ていた。
後の国の皇帝デュコ様の横に、気になる人外がいた。
少し、灰色で、他の人外達とは毛色が違う。
(あれは? なに? 同じ人外なのに? 色が違う?)
それは、他の人外と同じように結界を食い破る攻撃には加わっていない。
(プレア様、お気づきになられておりますでしょうか? もしかして、あれは、この群れの「親分さん」なのではないでしょうか?)
モイラも気が付いたようだ。
それにしても、お化けより質の悪い怪物達の頭を「親分さん」なんて言うモイラって。
(そうね。モイラの言う通り、「親分さん」だと思うわ。さて、そろそろ、こちらからも打ち返していかないとね。私は、大丈夫でも、皆の心が持たないですからね)
(プレア様。申しあわけありません)
(申し訳ございません)
各地で結界を維持している神官さん達からだ。
正直、怪物を相手に対峙しているだけでも、凄いんですけど、皆様は。
「もう一度、言います。無駄ですから、ここで引いてください。この国を生贄にするのを諦めてください」
「プレア。何度も、同じ事を……」
「いいえ、デュコ様に言ったのではありません! 私は、デュコ様の隣にいる灰色の人外さんに言っているのです!」
「何?」
その言葉を聞いたデュコ様は、驚いた顔をした。
その表情を見て、確信した。
やはり間違いない。
あの灰色の人外が、この全ての元凶、黒幕だ!
「言葉が分からないふりをするのを、お止めなさい。あなたは人と会話が出来るのでしょう?」
しかし、その灰色の人外は、何も答えない。
窪んだ黒い目を向け、何も答えない。
(何なの? こいつ!)
私は、少し腹が立ってきた。
「人をそそのかし、この世の断りを犯そうとするのなら、容赦しません。これは、最後通告ですよ!」
私は、杖を構えなおした。
その灰色の人外は、私を見てニヤリあざ笑っている。
ディコ様は、そのやり取りを黙って見ていた。
私が元凶を簡単に見抜いたことに、驚いているのだろうか?
しかし、その間も、結界を嚙み砕き食い破ろうと、他の人外達は無数に飛び掛かって来ている。
「プレア様」
神官達の声が聞こえてくる。
私は、目をつむり、少しの間無心になった。
他の皆に、葛藤を悟られないようにする為に。
そして、ゆっくりと目を開けた。
「わかりました。これから、あなたを『浄化』します!」
私は、灰色の人外に杖を向けた。
それから、大神官だけに伝えられ、唱える事ができる祈りを、私は唱え始めた。
それは、この世界の誰もが聞いたことのない言葉。
私の、胸の中から出てくる言葉。
それは、約束された言葉。
祈り始めた私の胸からは、光が漏れ出している。
同時に、杖からも光が出始る。
すると、空の上から一筋の光が、私の上に降りて来た。
私は、杖を両手に持ちなおした。
そして、持つ両手を上に上げ、その光を受ける様にする。
光は。
さらに太く光輝いていく。
その光が十分満ちてきたころ、ゆっくりと私は目を開く。
私は、ディコ様の横にいる灰色の人外を、もう一度確認。
そして、杖の先をスッっと灰色の人外に向けて振り下ろした。
その光、人外に向かって一直線に落ちていく。
「ズンッ!」
重く重低音の地鳴りが聞こえた。
恐らく、前の国の人達には、大きな地震が起きたように感じていることだろう。
それほど、物理的にも激しい衝撃!
人外の上に届いた時、それを覆うように太くなり、光は柱の様に太く力強く輝く。
滝の様に降り注ぐ、その光。
灰色の人外は、たまらず地べたに這いつくばった。
「キッ、ギキキキキキ――キ!」
悲鳴を上げる灰色の人外。
ディコ様を含めた他の人は、眩しさで目を覆いながらも、その様子を見ている。
「ガチャ! ガチ、ガチ! ガチャ!」
灰色の人外は、光の柱から逃れようとあがく。
だが、光の柱は、人外を凄い力で押さえつけているので、身動きが取れない。
光の柱は、灰色の人外を逃すまいと押さえつける。
そして、光の柱は灰色の人外の硬い体の外皮を次々と、容赦なく引きはがす。
「な、なんと? あの化け物が、悲鳴を上げて。しかも、固そうな骨のような体が、バラバラと剝がされている」
その光景に、驚く神官達。
気が付くと、周りの人外達もその光景に戸惑っているのか、結界を食い破ることをやめていた。




