41 戦闘開始。終焉(しゅうえん)の大神官の戦い
「大神殿の周りの警備は、仮のものです。強引に侵入してくるようなことがあっても、抵抗せずに案内してください」
「はい、モイラ様」
聖導会大神殿に残った神官達へ、モイラが指示を出す。
「兵を使って攻めてくることは無いはずです。それをすると大ごとになり、皆に気づかれてしまうからです。気づかれて、国外に逃げられたりすれば、意味がないでしょうから」
私は、モイラの指示をフォローする。
しばらく、静寂な時が過ぎていく。
礼拝堂の中は、静かだ。
各地の神殿の神官達からも、周りが騒がしいなどの報告がない。
ディコ様は、外出を制限でもさせているのだろうか?
祝いのための準備と称して。
その知らせも、特に来てはいない。
このまま、杞憂であれば、どれだけ良いか。
それは薄い希望だった。
白い霧のようなものが、大神殿の礼拝堂の中を包みだす。
おそらく、この国全体を包み込もうとしているだろう。
前の国の領民に気づかれないようにと。
「プ、プレア様。神殿の周りが白い霧で覆われています。そして、それを誰も気が付いていないようです。まるで、周り一帯が眠っているようです」
「始まりましたか。覚悟していたとはいえ、本当に国ごと引きずり込むとは。『人外』に、そこまでの知恵があるものがいたのか? それとも、あの方の入れ知恵なのか?」
そして、私は、次の指示を出した。
「主導師の方、結界の力を展開する祈りを初めてください」
「はい、プレア様」
国ごと引きずり込まれたという事は、これに勝たない限り、前の国の領民は生きて帰れない。
彼らに合わせ、私も杖を握り、結界の力を展開すべく、祈り始めた。
すると、……。
「ゴンッ――!」
私が祈り始めると同時に、白い棘の様なものが私を目掛けて突き立てて来た!
甲高い音が、大神殿の礼拝堂に鳴り響く。
まるで、鐘の音のよう。
「?」
「プ、プレア様?」
「プレア様、何がありました?」
皆、白い針の様な棘が、私の前で激しい音を立てて止まっているのを見て驚いている。
この棘は、私の周りの結界を貫こうとしたのだ。
「ゴンッ――!」
「ゴンッ――!」
何度も、その鋭い棘は、私めがけて突いてくる。
祈りを始めるのが一瞬遅かったら、危なかった。
「プレア様! 何の音でしょうか? そちらは、大丈夫なのでしょうか? 誰か? 誰か、返事をしてください!」
「皆様、落ち着いてください。プレア様も、私達も無事です。そのまま結界の維持に専念をお願いします」
モイラが、答える。
この白い針のような棘は、恐らく人外の爪のようなものだろう。
直接私を狙って来たのは、私がいる限り、事の成就が出来ないのを良く理解しているからだろう。
私を、先に潰しにきたのだ。
私達のいる礼拝堂の入り口は、白い靄のようになっていた。
そこに、次第に黒い穴が出来始める。
それが徐々に広がっていく。
黒い黒い、漆黒の闇。
吸い込まれそうな。
光あるものを全て吸い込む、黒い深い穴が。
「ガチャ、ガチャ、ガチャ、カチャ!」
骸骨やら、ゲジゲジのように足の生えた人外が、湧きだしてきた。
「う、うぁっ!」
「キャ――!」
導師の周りを囲っている神官達が驚き、悲鳴を上げる。
「こ、これが『人外』! アクス様やクロス様を、ずっと苦しめ続けてきた奴ら?」
そう、クロス様などは、碌な対抗手段もなく、これと対峙し、恐怖に打ち勝ちながら聖導会を導いてこられた。
「そうです。こうして正体を現してきたということは、彼らにも余裕が無くなっている証拠です。私達が有利に状況を進めておりますよ」
私は、皆を安心させた。
「プレア様、こちらにも現れました。ただ、結界の外からは入って来られないようです。鋭い牙で、かみ砕こうとしているようですが」
ガキガキと鋭い音が、アチコチから聞こえて来る。
「これ、国境全部に出てきているのか?」
「その様ですね。皆様は、そのまま結界の維持を。埒が明かないと分かれば次の動きをして来るはずです」
全員を国境付近に展開させておいて良かった。
「プレア様は、無詠唱でも大丈夫なのですか?」
モイラが驚いている。
「ええ、大丈夫ですよ。これくらいの規模の結界が、この国に必要。そう願ってイメージすれば、それが実現します。それだけの事ですから」
大神官の力の一部を託された神官達は、恐怖に打ち勝ちながら唱えて維持している。
集中するために、周りを守ってもらわねばならない。
私の場合は、彼ら彼女らとは異なり、祈りの仕方が選択できるのだ。
同時にいくつもの祈りを唱えることも出来る。
「大神官となれる者は、それが出来る。だからこそ、彼らは焦っているのでしょう。人外達からすれば、アクス様、クロス様の時に仕掛けたかった事でしょうね。しかし、お二人が、こうならないように守って下さっていた。黒い騎士とも言われたディコ様が、後の国の皇帝とならないように説得し続けていてくれたからこそ、時間が稼げたのです。私が、大神官として目覚めるまでの時間を」
人外達は、鋭い牙や、爪を、私が展開した結界に、何度も何度も突き立て来る。
その度に、「ゴン、ゴン!」と衝撃音がなり、時折「ゴンッ――!」と鐘のような音がする。
こうした膠着状態は少しの間続いた。
彼らも、無駄とわかってきたのだろう。
私の前に居る人外達が左右に退き、私の前に道を作り出した。
「あなたとはいつも、こんな形の出会い方ばかりでしたね。黒い騎士様」
その一筋の道には、見覚えのある姿が、何体かの人外達を伴って現れた。




