39 国ごと覆う巨大な結界を
「プレア様、ここにいる神官の皆様、全員大神殿に集まりました」
「わかりました。直ぐに向かいます」
モイラの使いで、若い神官の女の子が知らせに来た。
私は、大神官に許された杖と経典を手にして、大神殿に向かおうとした。
「……」
その子は、じっと私の顔を見ている。
「どうしたの? 顔に何かついているかしら?」
すると、ハッと我に返ったのか、顔を赤くして神官の子は俯いた。
「い、いえ。大変な時なのに、落ち着いていらっしゃるなと思いまして」
と、若い神官さん。
「そう、ですか? それは、うれしいですね。私は、あなたと同じぐらいの時、お転婆と言われて落ち着きなかったですから。成長しましたかしら?」
私は褒めて貰えてうれしかった。
お陰で、意気揚々とした気持ちで大神殿に入っていけた。
「皆様、プレア大神官様がお着きになられました」
席に座られていた神官の皆様は立ち上がり、一礼をする。
「皆様、急な招集なのに、良く集まって下さいました。来られなかった方には、直ぐに機会を設けます。今は皆様を先にお伝えします」
皆、何事かと思っている風だった。
「皆様もご存じの通り、この『前の国』は非常に大変な状況になってまいりました。ディコ様は、『前の国』は終わり、ご自分が皇帝となった『後の国』を建国されたという認識の様です。アクス様、クロス様とご尽力下さっていたに関わらず、状況は好転しませんでした。ただ、このまま座していることもできません。少なくとも、ディコ様は、私達を放置のままでいるとは思えないのです。それに備えて、皆様に大神官の力の一部を許そうと思い立ち、こうして集まっていただきました」
これを聞いて、皆が少し騒めいた。
「心配するようなことはありません。皆様は、結界についてはご存じかと思います。今までは、実感がなかったことでしょう。しかし、これからは目に見える形で、備える事が必要になってくると思います」
私は、大神官に許された経典を台の上に広げた。
「これより、その結界の力を授ける儀式を行います。特に凝ったことをするのではないので、皆様はそのままの姿勢で良いです。では、手を合わせて目を閉じ集中してください」
そう言うと、私は杖を持ち、祈りの言葉を唱えた。
「これより、大神官の名において、この場の神官すべてに、大神官に許された結界の力の一部を授けます。その力により、悪しき思いを持つ、この世ならざる者達から守る事が出来ますように」
転移の力の時と同じ様に、金と銀、明るい黄色の光が、風のように靡きながら、私を通して神官の皆様に届いていく。
「おおぉ」
思わず、声を漏らす人。
そして、光と風の流れが終わり、私は再び神官の皆の方に向きなおす。
「これで、儀式は終わりです。ね? 簡単でしたでしょ?」
と私が言った時に、クスッと笑う声。
「本当でございますね。私は、滝にでも打たれないといけないと覚悟してまいりましたのに」
それを聞いて、皆がわっと笑い出した。
「ははは、滝行は嫌だなぁ」
しばらくは、その簡単な儀式の雰囲気について、皆が話をしていた。
「それで、プレア大神官様。これを、どう使えば良いのでしょう?」
「そうですね。皆様が、直接対峙することは無いかと思いますが、その場合は、いつもの様に結界の為の祈りをしてください。それで、強力に遮断出来るはずです。ただ、……」
皆は、私の話を食い入るように聞いている。
「その時、皆様には、一度死んだのと同じ状態になっていただきます」
「え?」
私の言葉に息をのむ皆様。
「まだ、『人外』は、次元の狭間にいるはずです。約束が果たされないので、後の国に出現できないと私は見ています。代わりに前の国の領民を贄にするということで、彼らに顕現する言い訳を与えるつもりなのでしょう。それだけの恐怖を実現して」
「あの、どういう事でしょう? 『次元の狭間』とは? あの世ということなのでしょうか? 私たちは、この身のまま 『次元の狭間』に移動すると?」
「今は、わからなくて大丈夫です。ただ、この方法以外に、対抗する術はないので、選択の余地はありません」
「プレア様がお生まれになっておらず。大神官が、今までの『代理』のままだったら、我らも含めた前の国の全領民の贄に、『人外』 が姿を現し、ディコ様は後の国の皇帝として君臨し、この世界の支配者になっていたという事なのでしょうか?」
「そうですね。ですが、そのような理を認めるわけにはまりません。その出鼻を挫いてしまいたいのです。ただ、対峙するであろう『人外』の姿を見ても、決してひるんではいけません。積極的に戦う手段ではありませんが、相手を浄化する祈りを合わせれば、十分追い払う事は出来ると思います」
さらに、話を続ける。
「私の周りの結界は、前の国の外から入れるように隙間を開けてます。彼らとの、最後の対話をしたいので」
『人外』の言葉を聞いて、皆の表情が少し硬くなった。
アクス様の様子をずっと見てきた神官達ならば、それの大変さを知っている。
特に、クロス様の変わりようを見ていた方達ならば。
「普通なら、耐えるだけでも精いっぱいのはずです。ですが、今ここにいる私は、大神官です。代理でも、代行でもない。それでも、あがらってくるというのならば、私が『人外』を浄化します。私の最終判断において」
それを聞いて、神官の一人言った。
「できれば、そういう状況を招きたくないものですね」
「全くですね」
わたしも、こんな人間離れしたことを話したり、行う羽目になるとは思いも寄らなかった。
ちょっと前までは、お転婆見習神官だったのに。
「皆様には、グループ単位で『前の国』の国境付近に展開してもらいます。移動する時期は、追って伝えます」
「プレア様。移動は、馬や馬車でしょうか? それならば、もう出発しておかないと」
「いいえ、転移の力を使います」
「『転移の力』を?」
「はい。ゆっくりと移動している時間はないと思っています」
「はい。改めてお伺いしますが、本当にプレア様は使えるのでしょうか?」
「ええ。子供の時から使えていましたね」
「ええ? そうなんですか?」
驚く一同。
まあ、無理もないわね。
「これを知っていたのは、聖導会の人間では、アクス様、クロス様。そして、モイラぐらいです」
「そう、なのですか? まあ、知れば大変なことですからね。幼い子が大神官が使えると知れば」
「私は、皆様、普通に使えると思っていたのですがね」
と言い、私はニコリと笑顔になった。
「ははは。いえ、申し訳ございません。未熟者ばかりで。……。すいません」
少し気落ちする神官さん。
「あ、あの、プレア様。私たちは、そこで何をすれば?」
モイラが、気落ちした神官さんの代わりに問うてくれた。
「神殿が近くにあればそこに。なければ、建物を借りて簡易の祭壇を作って下さい。私が皆様に向け、結界を張る力を送ります。それを皆様は展開するだけです。簡単です」
真剣な眼差しで、見つめてくる神官達。
モイラも、真剣な顔をしている。
「互いのやり取りは、頭の中に思いを描いてください。その間は、私と皆様の意識が繋がっています」
「はい。それは、大変なことですね」
「ええ。ですから、日々鍛錬を積んだ聖導会の神官の皆様にしか許すことが出来ないのです。だって、考えていることが筒抜けですからね?」
言い終えると、私はニッコリ微笑んで見せた。
「先ほども言ったように、『人外』の姿に怯んではなりません。恐怖で屈服しようとしてくるでしょうから。こればかりは、どんな強靭な鎧も楯も通用しません。皆様の必ず勝てるという信じる力が鎧となり、楯となるのです」
「はい。畏まりました」
『人外』達が恐れているのは、大神官である私という存在。
私がすべてを追い払ったり、浄化したりすると思っているからだろう。
だから、人の闇に潜んで動かしたりしている。
それがわからず、気が付いた時には詰んでいる。
しかし、大神官が現れるとき、その詰んだ状況はひっくり返される。
どの道、避けることは出来なかったのだ。




